逢魔伝(おうまでん)

当麻あい

文字の大きさ
11 / 45
第一章

1-11

しおりを挟む
   十一
 
 母さんはどこにいるのか聞くと、台所で葬式の馳走の準備をしていると、言った。
 父さんの顔はどこか安らかで、穏やかな目をしていた。黒いネクタイを少しゆるめながら、向かいあって正座している僕を見つめ、微笑をこぼした。父さんのこんな笑顔は、はじめて見た。
 「お母さんは、お前に力を残したそうだね」
 そう言って、渡された手紙は、ばあさんの残した遺言書だった。
 そこには、坂島の家守を僕、坂島赤也に引き継いでゆくことと、ばあさんの家守としての力を、僕に残してゆくことが書いてあった。
 そして、財産らしい財産など、じいさんの借金でつぶれてしまっているから、なにも期待するな、とはっきり書いてあった。それを読みながら、ちらり、と父さんを見ると、父さんも苦笑をもらしていた。「財産分与で、兄弟がみなもめなくてすむが、まったく、お母さんらしいよ」と、その時だけは、坂島登紀子の息子の顔をして、笑っていた。
 たしかに、遺品の整理をしていた時も、金になりそうなものは無かった。強いて上げるとしたら、この古い家と、古い着物と、護符の山と、古い和綴じ本の山、ぐらいじゃないだろうか。
 その蔵書は、じいさんの物らしいが、書庫に入るのも、この家では父さんだけだ。あまり手入れのされていない古書は、虫に食われ、埃にまみれ、表紙さえも変色している。
 手紙をたたんで、それを父さんに返そうとしたが、それはお前が保管しなさい、と僕に押し返してきた。
 「お母さんから聞かなくても、わたしは、はじめから知っていたよ。赤也」
 「僕がおかしいことを、ですか」
 父さんの顔をまっすぐに見つめると、父さんはめずらしく表情を崩して、すぐに大きな声で笑い出した。
 「おかしい、か。そうか。いや、すまん。わたしは、何も見えないし、そういう力を持たないが、お母さんの周りで、そうしたおかしなことは確かによく起こっていたよ。だからね、お前が生まれた時、ああ、そうか。と、思った。お前は、お母さんにそっくりだったからね。若い頃の写真を見れば、わかるよ」
 「もう見ました」僕は、苦笑を浮かべた。それに父さんはうなずいた。
 「うん。だから、お前がこの家のことを継ぐだろうと、思っていた。わたしにも、そういう力があれば、お前に妙な苦労を、かけることも無かったんだがね」
 この時、はじめて父さんが何を言おうとしているのか、わかった。そうして、同時になんだか気恥しくなり、居心地が悪くなる。八枯れに「鬼」呼ばわりされているほうが、ずっとマシだった。
 僕はつい、もじもじと膝の上で、指をいじった。父さんはそれに気づいたのか、先を口にすることなく、「ああ、喉が渇いた」とだけ、言った。僕はそれにホッと胸をなで下ろして、じゃあ、台所でお茶でももらって来ましょうか、と立ち上がった。「うん、頼む」と、父さんはいつものように、真面目な表情でうなずいた。
 部屋を出る時、僕は襖の前で立ち止まった。ふり返ると、父さんもまっすぐに僕を見返してきた。
 「平気ですよ」
 「何がだい」
 「僕は、大丈夫です」
 「うん」
 父さんはそれ以上、何も言わなかった。僕も黙って、部屋を出た。廊下を歩いていると、いつの間にか、八枯れが僕の後ろをついて歩いていた。鼻を鳴らして、「お前、ちと強くなったと思うとったが、登紀子と力を分けたのか」と、つぶやいた。
 「猫が、人の話を立ち聞きするもんじゃないよ」
 「毛づくろいをしていただけだ」
 そう言って、尻尾を振りながら、僕を追い越した八枯れを見て、ため息をついた。
 「いいよなあ、お前は」
 「何がじゃ」
 「畜生だから」
 「貴様、わしを馬鹿にしとるな」
 じとりと、僕を睨みつけてきた八枯れを見下ろして、もう一度、深いため息をついた。何か言い返す気力もわいてこない。のろのろと、台所に向かった。
 「どうして書き残したりしたんだろう。ばあさん」と、独り言をもらすと、八枯れは怪訝そうな顔をした。
 「嫌なのか?」
 「別に」
 「別に、と言う顔ではないぞ」
 不思議そうに首をかしげていた黒猫と共に、台所に入ると、母さんが僕を見て、にっこりと微笑んだ。
 「丁度いいわ。お父さんに、麦茶を持って行って」と、手渡された盆には、麦茶の入ったグラスが二つ、乗っていた。僕はそれを受け取り、また廊下に出る。
 シュワシュワとうるさく鳴く蝉の声を聞きながら、「どうにか、うやむやにならないものかな」と、ひとり愚痴る。ばあさんが、決めたことだ。おそらく、無駄だろうと言うことがわかっているので、これは軽い抵抗にすぎない。
 頬を伝って落ちた汗に、よく冷えた麦茶を一口飲んで、どちらともつかないため息を吐いた。縁側を歩きながら、庭の木々を見ると、晩夏を迎えた雑木の葉が、繁茂している。夏の強い日差しをあびて、青々としたその身は、まぶしく照り返っていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

冤罪で辺境に幽閉された第4王子

satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。 「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。 辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。

第5皇子に転生した俺は前世の医学と知識や魔法を使い世界を変える。

黒ハット
ファンタジー
 前世は予防医学の専門の医者が飛行機事故で結婚したばかりの妻と亡くなり異世界の帝国の皇帝の5番目の子供に転生する。子供の生存率50%という文明の遅れた世界に転生した主人公が前世の知識と魔法を使い乱世の世界を戦いながら前世の奥さんと巡り合い世界を変えて行く。  

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

処理中です...