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2章
2.1
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――ヴァンパイアの卑劣な吸血行為が横行、共存社会に影響か……。
スマートフォンに表示されたニュースの見出しを眺めながら、トウリは学食のカレーをスプーンで掬って口へと運んだ。屋外のテラス席は混雑しているが、それでも食堂に比べれば開放的だった。
トウリが秋から通い始めたばかりのエクレシア共和国立大学は、エクレシアで最難関と言われている権威ある大学である。人間とヴァンパイアの共学化は最近でこそ当たり前になりつつあるが、そういった制度を率先して取り入れたことでも有名だ。
校舎は深紅のレンガで覆われており、足元には石畳が敷き詰められている。塔のようにそびえ立つ尖塔には時を刻む大時計が設置されており、毎日決まった時間に鐘の音を響かせた。威厳と洗練が融合した大学の佇まいは、入学して間もないトウリにとって、未だ新鮮に感じられる。
ヴァンパイアによる連続吸血窃盗事件、その犯人の逮捕を共和国の執政官であるゼノン卿から依頼されたトウリは、午前中の講義を受けながら、ずっと事件のことを考えていた。
発端とされている事件が起こったのは、三ヶ月ほど前のことだ。
現場は中央都市アトランジェの北西部の市街。被害者は役者の女性で、ヴァンパイアと思われる人物に吸血された後、宝石数点を窃盗された。
その次に事件が起こったのは、一か月ほど前。
現場はアトランジェの北西部の市街。被害者は資産家の男性で、ヴァンパイアと思われる人物に吸血された後、時計を窃盗された。
次の事件は、それから一週間後に起こっている。
現場は同じくアトランジェの北西部の市街。被害者は元スポーツ選手の男性で、ヴァンパイアと思われる人物に吸血された後、鞄を窃盗された。
犯行は全て夜の闇に紛れて行われており、ここまで犯人の情報はほとんど明らかになっていない。
この時点で、三つの事件は発生現場や犯行手口に類似性が認められ、連続事件として認定された。そして、ゼノン卿よりミカド家に調査協力の依頼がもたらされることとなる。
そして、ゼノン卿の要請に応じてトウリが現場に急行することになった四件目の事件が、アトランジェの北西部で発生したのが、昨日未明。そして同日中、四件目の現場のほど近くで、五件目の事件が発生した……。
周囲を行き交う学生たちを眺めながら、トウリは黙々とカレーを食べ進める。
この日に受講を予定している午後の講義が全て終了したら、四件目と五件目の被害者と面会する予定になっていた。そのあとは、先日桟橋で遭遇したあのヴァンパイアを探しに、アトランジェの西部をもう一度調べようか……。
「ミカド」
顔を上げると、ハニーブロンドの髪の男子学生が、トウリを見下ろしていた。名前は確か、トラドール――リュシオン・トラドールだ。同じ高校の出身で、クラスメイトになったこともあるが、話をしたことは殆どなかったので、トウリは少なからず驚いてしまった。
「彼、君を探しているそうなのだが……」
リュシオンの後ろからヒョコッと顔を出したのは、エミリオだった。腰まで伸びた白銀の髪を、今日はハーフアップにしている。
「トーリッ!」
トウリはげんなりとスプーンを皿に投げ出して言った。
「何で君がここに……」
「僕もここの学生! ……昨日のシルバーナイトガーデンでも、そう話したよ!」
ヴァンパイアは、日の光を厭う。しかしながら、人間とヴァンパイアが共存する平和な理想郷を掲げるエクレシアでは、昼間でも人間に交じって活動を行うヴァンパイアが少なくない。
ヴァンパイアはコートや帽子を身に着けたり、日焼け止めを塗ったり、はたまた日光を遮る効果のある魔法薬を服用したりと、様々な手段で日差しを避けている。エミリオも、恐らくはそうした方法で日中に学校へ通っているのだろう。
トウリは溜め息を付いて言った。
「気難しい君の家族が、よく共学のここへ昼間に通う許可を出してくれたものだな」
「それは……、……」
エミリオは斜め上に視線を泳がせながら、
「僕は……家族から可愛がられてるから……」
トウリはまったく覚えていないが、昨晩はそんな話もされていたのかもしれない。しかしながら、あのときはエミリオがあまりにもうるさく喋り続けるものだから、トウリは話を早々に左から右に聞き流してしまっていたのだった。
エミリオは話題を変えるようにコホンと咳払いをすると、リュシオンに言った。
「僕はヴァンパイアだというのに、案内をありがとう。リュシオンは親切な人間だな」
リュシオンは静かに顎を引いた。見たところ、彼はエミリオに声を掛けられて、こちらを探すのを手伝っていたようだ。表情が乏しい男だとは思っていたが、どうやら機嫌が悪い訳ではなさそうだった。
人間とヴァンパイアには、外見上の違いはほとんどない。魔力を帯びたヴァンパイアの瞳は、闇夜の中でも光り輝くが、太陽の下では人間のそれと変わらなく見える。
そこで、昼間であっても人間かヴァンパイアかを判別出来るよう、人間の多くは銀製の道具を持ち歩いている。
銀にはヴァンパイアを退ける神聖な力が宿っていると言われており、鏡などを始めとする銀製の道具には、ヴァンパイアの姿が映り込まない。その性質を利用して、人間かヴァンパイアかを簡単に判別することが出来る。
ヴァンパイアは銀によって傷付けられると激しい損傷を受けることから、ハンターの多くは銀で出来た武器を扱う。トウリは普段から銀製の刀を持ち歩いているため、以前クロエと初めて会ったときは、その正体を確かめるべく、不躾とは承知で彼に刀の刀身を向け、そこに姿が映るかどうかを確かめたのだった。
リュシオンは腕に銀のブレスレットを付けており、恐らくはそれでエミリオがヴァンパイアであることを確認しているはずだ。それでもエミリオの手助けをしていたということは、ヴァンパイアに対する差別意識はないようだった。
「トーリ、ここ、座ってもいい?」
スマートフォンに表示されたニュースの見出しを眺めながら、トウリは学食のカレーをスプーンで掬って口へと運んだ。屋外のテラス席は混雑しているが、それでも食堂に比べれば開放的だった。
トウリが秋から通い始めたばかりのエクレシア共和国立大学は、エクレシアで最難関と言われている権威ある大学である。人間とヴァンパイアの共学化は最近でこそ当たり前になりつつあるが、そういった制度を率先して取り入れたことでも有名だ。
校舎は深紅のレンガで覆われており、足元には石畳が敷き詰められている。塔のようにそびえ立つ尖塔には時を刻む大時計が設置されており、毎日決まった時間に鐘の音を響かせた。威厳と洗練が融合した大学の佇まいは、入学して間もないトウリにとって、未だ新鮮に感じられる。
ヴァンパイアによる連続吸血窃盗事件、その犯人の逮捕を共和国の執政官であるゼノン卿から依頼されたトウリは、午前中の講義を受けながら、ずっと事件のことを考えていた。
発端とされている事件が起こったのは、三ヶ月ほど前のことだ。
現場は中央都市アトランジェの北西部の市街。被害者は役者の女性で、ヴァンパイアと思われる人物に吸血された後、宝石数点を窃盗された。
その次に事件が起こったのは、一か月ほど前。
現場はアトランジェの北西部の市街。被害者は資産家の男性で、ヴァンパイアと思われる人物に吸血された後、時計を窃盗された。
次の事件は、それから一週間後に起こっている。
現場は同じくアトランジェの北西部の市街。被害者は元スポーツ選手の男性で、ヴァンパイアと思われる人物に吸血された後、鞄を窃盗された。
犯行は全て夜の闇に紛れて行われており、ここまで犯人の情報はほとんど明らかになっていない。
この時点で、三つの事件は発生現場や犯行手口に類似性が認められ、連続事件として認定された。そして、ゼノン卿よりミカド家に調査協力の依頼がもたらされることとなる。
そして、ゼノン卿の要請に応じてトウリが現場に急行することになった四件目の事件が、アトランジェの北西部で発生したのが、昨日未明。そして同日中、四件目の現場のほど近くで、五件目の事件が発生した……。
周囲を行き交う学生たちを眺めながら、トウリは黙々とカレーを食べ進める。
この日に受講を予定している午後の講義が全て終了したら、四件目と五件目の被害者と面会する予定になっていた。そのあとは、先日桟橋で遭遇したあのヴァンパイアを探しに、アトランジェの西部をもう一度調べようか……。
「ミカド」
顔を上げると、ハニーブロンドの髪の男子学生が、トウリを見下ろしていた。名前は確か、トラドール――リュシオン・トラドールだ。同じ高校の出身で、クラスメイトになったこともあるが、話をしたことは殆どなかったので、トウリは少なからず驚いてしまった。
「彼、君を探しているそうなのだが……」
リュシオンの後ろからヒョコッと顔を出したのは、エミリオだった。腰まで伸びた白銀の髪を、今日はハーフアップにしている。
「トーリッ!」
トウリはげんなりとスプーンを皿に投げ出して言った。
「何で君がここに……」
「僕もここの学生! ……昨日のシルバーナイトガーデンでも、そう話したよ!」
ヴァンパイアは、日の光を厭う。しかしながら、人間とヴァンパイアが共存する平和な理想郷を掲げるエクレシアでは、昼間でも人間に交じって活動を行うヴァンパイアが少なくない。
ヴァンパイアはコートや帽子を身に着けたり、日焼け止めを塗ったり、はたまた日光を遮る効果のある魔法薬を服用したりと、様々な手段で日差しを避けている。エミリオも、恐らくはそうした方法で日中に学校へ通っているのだろう。
トウリは溜め息を付いて言った。
「気難しい君の家族が、よく共学のここへ昼間に通う許可を出してくれたものだな」
「それは……、……」
エミリオは斜め上に視線を泳がせながら、
「僕は……家族から可愛がられてるから……」
トウリはまったく覚えていないが、昨晩はそんな話もされていたのかもしれない。しかしながら、あのときはエミリオがあまりにもうるさく喋り続けるものだから、トウリは話を早々に左から右に聞き流してしまっていたのだった。
エミリオは話題を変えるようにコホンと咳払いをすると、リュシオンに言った。
「僕はヴァンパイアだというのに、案内をありがとう。リュシオンは親切な人間だな」
リュシオンは静かに顎を引いた。見たところ、彼はエミリオに声を掛けられて、こちらを探すのを手伝っていたようだ。表情が乏しい男だとは思っていたが、どうやら機嫌が悪い訳ではなさそうだった。
人間とヴァンパイアには、外見上の違いはほとんどない。魔力を帯びたヴァンパイアの瞳は、闇夜の中でも光り輝くが、太陽の下では人間のそれと変わらなく見える。
そこで、昼間であっても人間かヴァンパイアかを判別出来るよう、人間の多くは銀製の道具を持ち歩いている。
銀にはヴァンパイアを退ける神聖な力が宿っていると言われており、鏡などを始めとする銀製の道具には、ヴァンパイアの姿が映り込まない。その性質を利用して、人間かヴァンパイアかを簡単に判別することが出来る。
ヴァンパイアは銀によって傷付けられると激しい損傷を受けることから、ハンターの多くは銀で出来た武器を扱う。トウリは普段から銀製の刀を持ち歩いているため、以前クロエと初めて会ったときは、その正体を確かめるべく、不躾とは承知で彼に刀の刀身を向け、そこに姿が映るかどうかを確かめたのだった。
リュシオンは腕に銀のブレスレットを付けており、恐らくはそれでエミリオがヴァンパイアであることを確認しているはずだ。それでもエミリオの手助けをしていたということは、ヴァンパイアに対する差別意識はないようだった。
「トーリ、ここ、座ってもいい?」
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