触れる唇(短編詰め合わせ)

イツキカズラ

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付き合うなら誰と (本編前日譚)

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 大学3年、春学期最後の授業を終えた帰り道、久、一平、井口と4人で打ち上げに来ていた。ガヤガヤと賑わう店内で阿川一平が一際デカい声を発する。

「俺さー!こないだ言ってた連絡交換した子にいつの間にかブロックされてた!やっぱ彼女できないわー!なあ、どうしたらモテんの?ダーツとか始めるべき?!」

「お前は女子と話す練習から始めれば」

 間違いない。勢いよく身を乗り出した阿川を刺す久の言葉に密かに頷いた。阿川は毎日のように「彼女が欲しい」と話す割に、いざ女の子を前にすると緊張して如何にも気まずい態度を取る。連絡交換したというのもグループでの飲みの時に流れに乗じて2人とようやく、といった経緯だった。同性の前では見ての通り、まるで別人だ。

「うるせぇ!わかってんだよぉお!もうさ、こうなったら寡黙キャラで行こうかな、寡黙な男、モテるだろ」

「寡黙キャラなんてできんの一平」

「お前寡黙な顔してないだろ。てかお前、緊張して寡黙な感じになってるし結果モテてないぞ、現実見ろー?」

「うっせばーか!!なんでお前に彼女できて俺にできないんだよ!」

思わず口を挟むとそれに続けて井口がニヤニヤと一平を煽る。いつもどおり軽口をたたきあう光景だ。

「余裕の差で~す。まあ?俺の方が?かっけぇしな~?」

「くっそこいつ!俺のがカッケーだろ!」

「どんぐりの背くらべやめろよ」

「久!お前だって彼女いないくせに、お前もどんぐりだろ!」

 久はどんぐりではない。特別派手な容姿ではないが、キリリとした眉に切れ長の目、上品にスッと伸びた鼻筋、薄い唇、スタイルも良い。スンとした雰囲気を持っている分、笑ったときにふわりと雰囲気が緩むのが特段可愛い。贔屓目を抜きにしたって整っていると思う。

「そもそも俺は欲しいと思ってないし」

「ふーん?じゃあ久の好きなタイプの女の子ってどんなん?喋ってるところほぼ見ないし、見当つかないんだけど」

「タイプって言われてもな…。…年上?」 

 井口の問いかけに久が「うーん?」と首をひねって答える。年上、穏やかな雰囲気に真面目そうな風貌、それでいてなんだか冴えない奴。俺は痛いほどに知っている。『お前にしかできない話』に出てきた奴らの特徴だ。

「えー!お前年上好きなん!なんか意外。他は?綺麗系とか可愛い系とかさぁ!…ほら、デカいとか小さいとか…あるじゃん?!」

 品のない笑みを浮かべた一平と対照的に久は眉を少し動かすだけだった。

「知らねーよ」

「おっまえ純情ぶるなよぉ!」

「ぶってねーし」

「久にそういう話はご法度でーす」

 ひとりでに好みを語りだした井口を横目に久と一平の間に腕を伸ばして遮る。しかし、一度久に向いた一平の好奇心は簡単には止まらないらしい。

「わかった。じゃあこの中なら!?強いて言えばこいつみたいのあるだろ!ちな俺は葉大!いやー、やっぱ顔って大事だよな…、性格良くて顔も可愛くて「一平くん♡」って呼んでくれる子と付き合いてぇ~!葉大が女だったら付き合いてぇよ俺」

「そりゃどーも、一平くん」

「待てよ阿川!顔が良くても浮気すんぞこいつ!遊び歩いてる奴はだめだ。いくら顔が可愛くったってなぁ!由美ちゃんみたいになぁ!!!」

 元カノのことを思い出して熱くなった井口が一平の口を塞ぐ。井口の言葉に「そうか…」という顔をする一平に向かって首を横に振りつつ、井口を止める。

「いや浮気しないし。誰とも付き合ってないから浮気じゃない。向こうも全員割り切ってるって」

 白けた視線が痛い。セックスが好きなわけでも性欲が強いわけでもない。どちらかといえば、久の情事を想像してしまえば吐き気すら催す人間だ。その相手は俺ではない。…その光景を目にできる「誰か」を想像してしまうから。それを掻き消すのにも、価値観を捻じ曲げるのにも、嫌でも溜まる欲を発散するのにも、複数人と関係を持つのは都合が良かった。
 しかし、いつの間にやら知れ渡っていた事実に言える俺が言葉は少ない。

「はあ…。お前みたいなやつはいいよな…。肩書的には俺と同じ彼女無しのくせに…はぁ…」

 わざとらしく落胆する一平の肩に肘を置いてふっと井口が笑う。

「俺、阿川が遊びだしたらなんかショックだけどな」
「お前はそのままでいろよ」

 井口と久の言葉に悔しそうに唇を噛んだ一平が
「葉大にモテたら実質俺もモテてるってことじゃね??!葉大が選ぶとしたら誰!?俺って言え!」

「俺は久がいい」

「俺って言えよおおおお!」

 スパッと言い切った俺の言葉にポテトを食べていた久が渋い表情をしてこちらに視線を向ける。

「俺はお前ヤダ。そういうんじゃない」

 同じようにスパッと言い切られた久の言葉が頭の中に反響してじわじわと脳に吸収されていく。そんなことはずっと前から知っているのだ。それなのに無意識に僅かでも期待していたらしい自分が恨めしかった。この3人の中からすらも選ばれないのかと浮かんだ言葉をコップに残ったハイボールと共に飲み干した。

「阿川はうるさいし井口かな」

 如何にも消去法で選んだ久の言葉を受けて、井口が自分は誰かと考えを巡らせる。

「俺は阿川かなー、こいつ馬鹿だしうるさいけど、女の子だってフィルターかければこういう馬鹿が一番可愛いと思う。嘘つけなそうじゃん」

 俺たちの意見は、俺→久→井口→阿川→(俺)と見事にすれ違っていた。これが恋愛バラエティーなら俺たちの相関図は見事に四角を描き、全員片想いだ。

「まーな!馬鹿は余計だけど俺嘘つけねーよ!なんかすぐバレるんだよな。なんでだろうな」

「顔に全部出るからなお前。良いわー」

「俺が井口くん♡を幸せにしてやんよ!」

「もう今彼女と幸せなので間に合ってまーす。…てか、お前最初葉大がいいっつってたよな?浮気じゃんっ!やっぱコロッと他いきそうで無理」

 決めポーズをしてウインクを放った一平を井口が手を払って断る。

「無理ってなんだよおいー!!」

 再び言い合いを始めたふたりのやりとりを聞きながら久のほうに視線をやると、静かに酒に口をつけているところだった。その顔は既に赤らんで、視線が少し落ちている。

「久。飲みすぎないで」

「んー…うん」

 先ほどよりとろりとした気分の良さそうな顔で頷く。久は酒が弱い上に酔うと楽しくなる性質らしく、距離が普段より近くなるしご機嫌な笑みを浮かべるから気が気でない。そんなことを考えているとちらりと視線だけが俺に向く。

「そんなに飲む気ないし…お前がいるから大丈夫だろ」

「…俺がいたら家まで肩貸せるもんね」

「そっ」

 いたずらに笑った顔に密かに鼓動が跳ねる。俺はこうして懸命に築き上げてきた信用にしばしば振り回されることがある。

 だが、この幼馴染という座を、最も親しい存在という座を誰にも譲る気はない。もし久が誰かを振り回したいとかんがえているとしたら、振り回されるのは俺がいい。選んでもらえたなら喜んでいくらでも振り回される。もし悩みや愚痴があるのならそれも俺を選んでほしい。どんな内容だっていい、朝までだって付き合う。俺だけに見せる顔が好きだ。俺だけにそうしてほしい。

 俺だけが久の「特別」であればいい
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