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第十二章「本能寺の変(表)」
六十五話「本多弥八郎」
しおりを挟む慶長二十年五月 大坂
「その後、天正十年六月十四日。我ら徳川は形上、織田信長殿の仇討ちの軍を上げました。しかし案の定、その途中、尾張国鳴海にて羽柴殿の使者が来られ、山崎にて明智殿を討伐したとの知らせをもたらしました。これにより事は弥八郎の思惑通りに進みました」
老将の話を興味深く聞いていた若武者は、そこで言葉を発する。
「しかし意外じゃな。父上の元、権勢を振るっておる本多佐渡守は、ずっと昔から父上に仕えておると思っておったが、そうでもないのだな」
「ええ。しかし、徳川に戻ってからの弥八郎は、奉行として大御所様の政(まつりごと)を支え、十数年間いなかったなど嘘のように親密な間柄となって行きました」
そして、老将は大坂城の方に目を向ける。
「徳川家の天下統一。あやつの数十年来の悲願が、ついに今成そうとしているのでありまする」
感傷に浸る老将を余所に、若武者はつまらなさそうな態度を取る。
「しかし、その悲願というのは無理難題を押し付けてまで成し遂げなければならないものなのか?それにこの戦、数の上でも勝敗は端から決まっておろう」
若武者の言葉に老将は苦笑いを浮かべる。
「若はこの戦、納得がいきませぬか?」
「いかんな。勝敗の決まった戦など、やるだけ無駄じゃ」
「勝敗が決まった戦などありませぬ。戦の趨勢を決めるのは数ではございませぬ。我ら徳川ですら信濃の上田合戦では、二度も寡兵の真田勢に敗れておりますからな」
そして、老将は再び冷厳な表情で大坂城を見据える。
「それに此度も、徳川を二度も破ったその真田がまだ大坂城におりますしな」
「真田信繁か」
「ええ」
老将は頷いた直後、ふと何かを思い出す。
「お、そういえば・・・我ら徳川も寡兵で大軍に挑んだ事がありましたな」
「ほほう」
若武者は興味津々で老将に目を向ける。
「して、その戦とは?」
「大御所様と天下人・豊臣秀吉殿との一戦でございます」
「おお。というと・・・」
「ええ、小牧・長久手の役でございます」
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