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第十三章「小牧・長久手の戦い」
第六十六話「羽黒」
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天正十二年三月十七日早朝 尾張国 羽黒
「いや~長篠での奇襲といい、左衛門殿は奇襲の達人でござるな」
林の中、拙者は馬を並べて走る酒井左衛門殿に声をかけるも、左衛門殿は顔を顰(しか)めて答える。
「半蔵。お主には緊張感というものがないのか?ようやく足軽頭になったというのに・・・」
「足軽頭になったのと、緊張感がないのは関係ないでござろう」
「関係ある。上に立つ者は下の者の見本になるが如く、しっかりしなければならぬ」
「へいへい」
拙者のあっけらかんとした態度に左衛門殿は苦笑いを浮かべる。
「まったくお主という奴は」
そして、左衛門殿は馬を止め真剣な表情で拙者を見据える。
「儂は迂回して奴らの退路を断つ。正面の敵はお主らに任せるぞ」
左衛門殿の言葉に拙者は笑顔で答える。
「御意」
その後、左衛門殿の隊は我々とは別の方向に進んで行きました。
本能寺の変の後、甲斐・信濃を手に入れ五カ国の大名となった徳川家康公。
一方、織田家はというと、明智光秀殿を討伐し仇討ちを成功させた羽柴秀吉殿が台頭。織田家筆頭家老の柴田勝家殿まで破り、天下の趨勢は秀吉殿に傾きつつありました・・・しかし、そんな中、秀吉殿と関係の悪化した織田信長殿の次男・信雄殿から家康公に救援の要請が入りました。そして、我ら徳川は信雄殿と共に打倒羽柴秀吉の兵を起こしたのでありまする。
当初、織田家家臣・池田恒興殿も我らと共に兵を挙げる予定でしたが、突如羽柴軍に寝返り尾張国・犬山城を占拠。これに対し我らは小牧山城に布陣し相対すると、池田恒興殿の娘婿で『鬼武蔵』の異名を持つ森長可(ながよし)殿が小牧山城を攻めるため羽黒に出陣。この森隊目掛け我ら徳川軍は五千の兵で奇襲を行うのでありました。
「よし、かかれ!」
榊原小平太の掛け声と共に徳川の兵達が羽柴軍に襲いかかる。
不意を突かれた羽柴軍は瞬く間に統制が乱れ出す。
「渡辺隊も遅れをとるな!」
拙者は家来の兵達に檄を飛ばす。
「おおう!」
拙者の声に応じ、大声を上げ敵陣に向かって行く兵たち。その後ろ姿を眺めながら拙者も動き始める。
さて、儂も行くか。
馬上で槍を振り回しながら拙者は羽柴軍に突っ込んで行く。
「そらそらそら~!」
拙者の槍に怯え道をあける羽柴の兵たち。そんな中、一人の騎馬武者が拙者の前に立ちはだかる。背が高く、龍が頭に巻き付いた様相の異様な兜をつけた騎馬武者。歳は拙者よりも少し下であろうか。手には大きな十文字の槍を持っている。その騎馬武者を拙者は睨みつける。
「何じゃ、お主は?」
騎馬武者は拙者の持つ朱槍を見て鼻で笑う。
「三河では大声を上げ、槍を振り回すだけのもんが朱槍をもらえるのか?」
騎馬武者の言葉に拙者は眉を吊り上げる。
「それだけのもんかどうか、なんならやってみるか?」
騎馬武者は、にらりと笑うと槍を構える。それに対しこちらも身構える。
「徳川軍足軽頭・渡辺半蔵守綱」
「羽柴軍・森武蔵守長可」
!
拙者は騎馬武者の名乗りに目を見張る。
ほう、こやつが。
そして、拙者は呟く。
「鬼武蔵か」
「いかにも。どうする、止めておくか?」
不敵な笑みを浮かべる鬼武蔵に拙者は笑い返す。
「笑止。鬼を討つのが、儂が家系の宿命でな」
「?」
首を傾げる鬼武蔵。しかし、すぐに事を理解する。
「渡辺。そうか、渡辺綱の末裔と言う事か・・・しかし」
そして、馬を進め突撃して来る鬼武蔵。
「所詮は鬼の片腕を斬り落としただけであろう!」
拙者は鬼武蔵を迎え撃つべく槍を構える。
「ほだら、お主の腕も斬り落としたるわ!」
拙者は鬼武蔵の腕を狙い下から槍をすくい上げるが、鬼武蔵はそれを槍で弾き返す。その後、馬を返し槍を重ねる事数度、お互い一進一退の攻防を続ける。
「さすが鬼と呼ばれるだけのことはある!」
「お主こそ、歳を取っておる割に腕はたつな」
「言うてくれるな!」
拙者は鬼武蔵に向かって槍を振り下ろす。
しかし、見事に躱され今度は鬼武蔵の突きが拙者を襲う。
避けた・・・はずだったが、拙者の篭手の鎖がいくつか地面に落ちる。
「どうだ。これが我が槍・人間無骨よ!」
人間無骨・・・中々の切れ味じゃ。こりゃあ、長丁場になるかもしれんな。
拙者がそう思った矢先、羽柴軍の後方が乱れ始める。
「何じゃ?」
拙者が視線を向けると、そこには白地に朱の丸の旗印の隊がございました。そう、酒井左衛門殿の隊でござる。同じく羽柴軍の後方を眺めていた鬼武蔵も苦い顔をする。
「搦め手も取られたか」
鬼武蔵はそう呟くと、拙者の方に向き直る。
「此度は我らの負けじゃ。しかし・・・次は勝つ」
凄まじい気迫で拙者を睨みつける鬼武蔵に、さすがの拙者も気圧されそうになりました。そして、鬼武蔵は配下の兵に指示を与えながら勢い良く馬を走らせ撤退を開始する。これにより羽黒での戦いは我が徳川方の勝利に終わりました。しかし、羽柴軍との本当の戦いはここから始まるのでありました。
「いや~長篠での奇襲といい、左衛門殿は奇襲の達人でござるな」
林の中、拙者は馬を並べて走る酒井左衛門殿に声をかけるも、左衛門殿は顔を顰(しか)めて答える。
「半蔵。お主には緊張感というものがないのか?ようやく足軽頭になったというのに・・・」
「足軽頭になったのと、緊張感がないのは関係ないでござろう」
「関係ある。上に立つ者は下の者の見本になるが如く、しっかりしなければならぬ」
「へいへい」
拙者のあっけらかんとした態度に左衛門殿は苦笑いを浮かべる。
「まったくお主という奴は」
そして、左衛門殿は馬を止め真剣な表情で拙者を見据える。
「儂は迂回して奴らの退路を断つ。正面の敵はお主らに任せるぞ」
左衛門殿の言葉に拙者は笑顔で答える。
「御意」
その後、左衛門殿の隊は我々とは別の方向に進んで行きました。
本能寺の変の後、甲斐・信濃を手に入れ五カ国の大名となった徳川家康公。
一方、織田家はというと、明智光秀殿を討伐し仇討ちを成功させた羽柴秀吉殿が台頭。織田家筆頭家老の柴田勝家殿まで破り、天下の趨勢は秀吉殿に傾きつつありました・・・しかし、そんな中、秀吉殿と関係の悪化した織田信長殿の次男・信雄殿から家康公に救援の要請が入りました。そして、我ら徳川は信雄殿と共に打倒羽柴秀吉の兵を起こしたのでありまする。
当初、織田家家臣・池田恒興殿も我らと共に兵を挙げる予定でしたが、突如羽柴軍に寝返り尾張国・犬山城を占拠。これに対し我らは小牧山城に布陣し相対すると、池田恒興殿の娘婿で『鬼武蔵』の異名を持つ森長可(ながよし)殿が小牧山城を攻めるため羽黒に出陣。この森隊目掛け我ら徳川軍は五千の兵で奇襲を行うのでありました。
「よし、かかれ!」
榊原小平太の掛け声と共に徳川の兵達が羽柴軍に襲いかかる。
不意を突かれた羽柴軍は瞬く間に統制が乱れ出す。
「渡辺隊も遅れをとるな!」
拙者は家来の兵達に檄を飛ばす。
「おおう!」
拙者の声に応じ、大声を上げ敵陣に向かって行く兵たち。その後ろ姿を眺めながら拙者も動き始める。
さて、儂も行くか。
馬上で槍を振り回しながら拙者は羽柴軍に突っ込んで行く。
「そらそらそら~!」
拙者の槍に怯え道をあける羽柴の兵たち。そんな中、一人の騎馬武者が拙者の前に立ちはだかる。背が高く、龍が頭に巻き付いた様相の異様な兜をつけた騎馬武者。歳は拙者よりも少し下であろうか。手には大きな十文字の槍を持っている。その騎馬武者を拙者は睨みつける。
「何じゃ、お主は?」
騎馬武者は拙者の持つ朱槍を見て鼻で笑う。
「三河では大声を上げ、槍を振り回すだけのもんが朱槍をもらえるのか?」
騎馬武者の言葉に拙者は眉を吊り上げる。
「それだけのもんかどうか、なんならやってみるか?」
騎馬武者は、にらりと笑うと槍を構える。それに対しこちらも身構える。
「徳川軍足軽頭・渡辺半蔵守綱」
「羽柴軍・森武蔵守長可」
!
拙者は騎馬武者の名乗りに目を見張る。
ほう、こやつが。
そして、拙者は呟く。
「鬼武蔵か」
「いかにも。どうする、止めておくか?」
不敵な笑みを浮かべる鬼武蔵に拙者は笑い返す。
「笑止。鬼を討つのが、儂が家系の宿命でな」
「?」
首を傾げる鬼武蔵。しかし、すぐに事を理解する。
「渡辺。そうか、渡辺綱の末裔と言う事か・・・しかし」
そして、馬を進め突撃して来る鬼武蔵。
「所詮は鬼の片腕を斬り落としただけであろう!」
拙者は鬼武蔵を迎え撃つべく槍を構える。
「ほだら、お主の腕も斬り落としたるわ!」
拙者は鬼武蔵の腕を狙い下から槍をすくい上げるが、鬼武蔵はそれを槍で弾き返す。その後、馬を返し槍を重ねる事数度、お互い一進一退の攻防を続ける。
「さすが鬼と呼ばれるだけのことはある!」
「お主こそ、歳を取っておる割に腕はたつな」
「言うてくれるな!」
拙者は鬼武蔵に向かって槍を振り下ろす。
しかし、見事に躱され今度は鬼武蔵の突きが拙者を襲う。
避けた・・・はずだったが、拙者の篭手の鎖がいくつか地面に落ちる。
「どうだ。これが我が槍・人間無骨よ!」
人間無骨・・・中々の切れ味じゃ。こりゃあ、長丁場になるかもしれんな。
拙者がそう思った矢先、羽柴軍の後方が乱れ始める。
「何じゃ?」
拙者が視線を向けると、そこには白地に朱の丸の旗印の隊がございました。そう、酒井左衛門殿の隊でござる。同じく羽柴軍の後方を眺めていた鬼武蔵も苦い顔をする。
「搦め手も取られたか」
鬼武蔵はそう呟くと、拙者の方に向き直る。
「此度は我らの負けじゃ。しかし・・・次は勝つ」
凄まじい気迫で拙者を睨みつける鬼武蔵に、さすがの拙者も気圧されそうになりました。そして、鬼武蔵は配下の兵に指示を与えながら勢い良く馬を走らせ撤退を開始する。これにより羽黒での戦いは我が徳川方の勝利に終わりました。しかし、羽柴軍との本当の戦いはここから始まるのでありました。
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