鬼を討つ〜徳川十六将・渡辺守綱記〜

八ケ代大輔

文字の大きさ
73 / 90
第十三章「小牧・長久手の戦い」

第六十八話「桧ヶ根」

しおりを挟む

天正十二年四月九日卯の刻 尾張国 桧ヶ根

「退けぇ、退くのだ!」
榊原小平太が馬上で全軍に下知を出す。

白山林での敗北の報を聞きつけた羽柴軍の第三陣・堀秀政は急ぎ軍を引き返す。そして、敗走した兵たちを収容すると桧ヶ根に陣を敷き徳川軍を待ち伏せる。勢いに乗る徳川軍であったが、『名人久太郎』の異名を持つ堀秀政の巧みな采配の前にあえなく敗北。今度は我々が敗走する事となりました。拙者も必死で馬を駆け、羽柴軍の姿が見えない所まで兵を退くのでありました。

「お頭~待って下さいよ~」
拙者の数間後ろから情けない声が聞こえて来る。
拙者は首だけ振り返りその声に答える。
「早う来んとやられるぞ~」
「お頭は馬だからいいものの、歩く我々の身にもなって下さいよ」
息を切らし、体を大きく揺らす恰幅のいい弓足軽―大岡大蔵の姿に拙者は仕方なく馬を止める。
「致し方ない。ほだら、ここらで一度休むとするか」
拙者が周囲を見渡すと、ちょうどいい所に池を見つける。
「あそこがよいな」
池に近づき拙者が馬を下りて槍に付いた血を池の水で洗っておると、そこへ一人の鉄砲足軽がやって来る。先ほどの足軽と似た顔をしているが、こちらの方が少し歳を取り精悍な顔つきをしております。先ほどの足軽の兄・大岡伝蔵。
「お頭」
「ん?」
拙者は槍を洗いながら答える。
「急いで逃げた為、皆と別の方向に来ちまったようです」
「あぁ?」
拙者は周囲を見渡す。確かに先ほど攻めて来たところとは違った様相である。
「このままだと敵の池田・森勢と鉢合わせる事になりますぜ」
「ん~」
伝蔵の意見に拙者が頭を悩ませておると、突如弟の大蔵が声を上げる。
「あ、あれは!」
「何じゃ?」
拙者が大蔵の視線の先に目をやると、そこには金の団扇の馬印がありました。
「お、殿の本隊か」
拙者は嬉々とした表情を見せる。
「行き先は決まったな」
隣にいる伝蔵も頷く。
「よし、皆の者行くぞ」
「へい」
拙者は急ぎ馬に飛び乗ると、金の団扇の馬印を目指し駆ける。そして、ほどなくすると前方より二騎の騎馬武者がこちらに向かってやって来る。
「あれは・・・」
拙者は前方に目をそばだてる。
・・・内藤四郎左衛門正成殿と本多弥八郎正信か。
先頭を行く内藤四郎左殿が拙者に声をかける。
「半蔵!」
お互い馬を止めると、拙者は四郎左殿に問いかける。
「物見でござるか?」
「いかにも」
四郎左殿は即答すると言葉を繋げる。
「半蔵、戦場の様子は如何に?」
四郎左殿の問いに拙者は落ち着いた口調で答える。
「味方の先手はことごとく敗走致したが敵は味方を追い討ちし軍勢を散らしております。軍がまとまらないうちに殿の本隊で敵を叩けば勝つ事ができるはず」
拙者の発言に対し弥八郎が反論する。
「殿の本隊と言ってもそんなに多くはない。寡兵で大軍を相手にするのは上策ではないな。思慮を欠く事この上ない」
弥八郎の皮肉めいた言い方が拙者の癇に障る。
「おい、弥八郎。お主は座敷の上での御託や算盤は得意だろうが、戦場での駆け引きは違う。お主は黙っておれ」
拙者が鋭い眼差しで弥八郎を睨みつけると、弥八郎も負けじとこちらを睨みつけて来る。険悪な空気が辺りを包み込む中、四郎左殿が仲介に入る。
「二人とも落ち着け。今は仲違いしておる時ではなかろう」
四郎左殿の冷静な物言いに両者は視線を外す。
「ここは我らの判断ではどうにもならん。今の話を殿(しんがり)にいらっしゃる殿に伝え、殿にご判断を願う」
四郎左殿の意見に拙者は納得する。
「かしこまった。では、早々に旗本の軍勢をおよこしになるようお願い致す」
「うむ」
四郎左殿が頷く一方で、弥八郎の方は不満な表情を浮かべるが、拙者は気にもせず二人を見送る。
「では、お気をつけて」
そして、二騎の騎馬武者は馬を返し今来た道を颯爽と戻って行く。
その後ろ姿眺めながら伝蔵が拙者に声をかけてくる。
「さて、お頭。儂らはどういたしやす?」
伝蔵の質問に拙者はにやりと笑う。
「決まっとるじゃろ。殿が出て来るまで待ってられるか?」
拙者の言葉に伝蔵も笑みを浮かべる。
「ですよな~」
「ほだら、早速参ろうか」
拙者が意気込んで馬を進めようとした矢先、近くで大勢の兵たちの掛け声が聞こえて来ました。
「どこだ!?」
拙者が四方を見渡しておると伝蔵が声を上げる。
「あそこです!」
伝蔵が指を指した方に目を向けると、そこには全身赤一色の軍勢が勢い良く羽柴軍に突撃をしかけておりました。
「あれは・・・」
「井伊万千代の軍勢か」
武田滅亡後、山県昌景殿の赤備を引き継いだ井伊万千代直政。実は、この長久手の戦が『井伊の赤備』の初陣でありました。
怒濤のごとく迫り来る赤備に羽柴の軍は恐れおののく。
その光景を目の当たりにし、拙者は武者震いを起こす。
「儂らも負けてられんな」
「へい!」
そして、拙者は大声で自身の足軽たちに号令をかける。
「皆の者、行くぞ!」
「おう!」
数丁先の戦場を目指し、勢い良く駆け出す一同。
すでに戦場の方では激闘が繰り広げられておりました。
拙者は羽柴軍が掲げる馬印を眺める・・・白地に黒の鶴紋。
「鬼武蔵」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

if 大坂夏の陣 〜勝ってはならぬ闘い〜

かまぼこのもと
歴史・時代
1615年5月。 徳川家康の天下統一は最終局面に入っていた。 堅固な大坂城を無力化させ、内部崩壊を煽り、ほぼ勝利を手中に入れる…… 豊臣家に味方する者はいない。 西国無双と呼ばれた立花宗茂も徳川家康の配下となった。 しかし、ほんの少しの違いにより戦局は全く違うものとなっていくのであった。 全5話……と思ってましたが、終わりそうにないので10話ほどになりそうなので、マルチバース豊臣家と別に連載することにしました。

もし石田三成が島津義弘の意見に耳を傾けていたら

俣彦
歴史・時代
慶長5年9月14日。 赤坂に到着した徳川家康を狙うべく夜襲を提案する宇喜多秀家と島津義弘。 史実では、これを退けた石田三成でありましたが……。 もしここで彼らの意見に耳を傾けていたら……。

四代目 豊臣秀勝

克全
歴史・時代
アルファポリス第5回歴史時代小説大賞参加作です。 読者賞を狙っていますので、アルファポリスで投票とお気に入り登録してくださると助かります。 史実で三木城合戦前後で夭折した木下与一郎が生き延びた。 秀吉の最年長の甥であり、秀長の嫡男・与一郎が生き延びた豊臣家が辿る歴史はどう言うモノになるのか。 小牧長久手で秀吉は勝てるのか? 朝日姫は徳川家康の嫁ぐのか? 朝鮮征伐は行われるのか? 秀頼は生まれるのか。 秀次が後継者に指名され切腹させられるのか?

織田信長 -尾州払暁-

藪から犬
歴史・時代
織田信長は、戦国の世における天下統一の先駆者として一般に強くイメージされますが、当然ながら、生まれついてそうであるわけはありません。 守護代・織田大和守家の家来(傍流)である弾正忠家の家督を継承してから、およそ14年間を尾張(現・愛知県西部)の平定に費やしています。そして、そのほとんどが一族間での骨肉の争いであり、一歩踏み外せば死に直結するような、四面楚歌の道のりでした。 織田信長という人間を考えるとき、この彼の青春時代というのは非常に色濃く映ります。 そこで、本作では、天文16年(1547年)~永禄3年(1560年)までの13年間の織田信長の足跡を小説としてじっくりとなぞってみようと思いたった次第です。 毎週の月曜日00:00に次話公開を目指しています。 スローペースの拙稿ではありますが、お付き合いいただければ嬉しいです。 (2022.04.04) ※信長公記を下地としていますが諸出来事の年次比定を含め随所に著者の創作および定説ではない解釈等がありますのでご承知置きください。 ※アルファポリスの仕様上、「HOTランキング用ジャンル選択」欄を「男性向け」に設定していますが、区別する意図はとくにありません。

甲斐ノ副将、八幡原ニテ散……ラズ

朽縄咲良
歴史・時代
【第8回歴史時代小説大賞奨励賞受賞作品】  戦国の雄武田信玄の次弟にして、“稀代の副将”として、同時代の戦国武将たちはもちろん、後代の歴史家の間でも評価の高い武将、武田典厩信繁。  永禄四年、武田信玄と強敵上杉輝虎とが雌雄を決する“第四次川中島合戦”に於いて討ち死にするはずだった彼は、家臣の必死の奮闘により、その命を拾う。  信繁の生存によって、甲斐武田家と日本が辿るべき歴史の流れは徐々にずれてゆく――。  この作品は、武田信繁というひとりの武将の生存によって、史実とは異なっていく戦国時代を書いた、大河if戦記である。 *ノベルアッププラス・小説家になろうにも、同内容の作品を掲載しております(一部差異あり)。

セーラー服美人女子高生 ライバル同士の一騎討ち

ヒロワークス
ライト文芸
女子高の2年生まで校内一の美女でスポーツも万能だった立花美帆。しかし、3年生になってすぐ、同じ学年に、美帆と並ぶほどの美女でスポーツも万能な逢沢真凛が転校してきた。 クラスは、隣りだったが、春のスポーツ大会と夏の水泳大会でライバル関係が芽生える。 それに加えて、美帆と真凛は、隣りの男子校の俊介に恋をし、どちらが俊介と付き合えるかを競う恋敵でもあった。 そして、秋の体育祭では、美帆と真凛が走り高跳びや100メートル走、騎馬戦で対決! その結果、放課後の体育館で一騎討ちをすることに。

世界はあるべき姿へ戻される 第二次世界大戦if戦記

颯野秋乃
歴史・時代
1929年に起きた、世界を巻き込んだ大恐慌。世界の大国たちはそれからの脱却を目指し、躍起になっていた。第一次世界大戦の敗戦国となったドイツ第三帝国は多額の賠償金に加えて襲いかかる恐慌に国の存続の危機に陥っていた。援助の約束をしたアメリカは恐慌を理由に賠償金の支援を破棄。フランスは、自らを救うために支払いの延期は認めない姿勢を貫く。 ドイツ第三帝国は自らの存続のために、世界に隠しながら軍備の拡張に奔走することになる。 また、極東の国大日本帝国。関係の悪化の一途を辿る日米関係によって受ける経済的打撃に苦しんでいた。 その解決法として提案された大東亜共栄圏。東南アジア諸国及び中国を含めた大経済圏、生存圏の構築に力を注ごうとしていた。 この小説は、ドイツ第三帝国と大日本帝国の2視点で進んでいく。現代では有り得なかった様々なイフが含まれる。それを楽しんで貰えたらと思う。 またこの小説はいかなる思想を賛美、賞賛するものでは無い。 この小説は現代とは似て非なるもの。登場人物は史実には沿わないので悪しからず… 大日本帝国視点は都合上休止中です。気分により再開するらもしれません。 【重要】 不定期更新。超絶不定期更新です。

処理中です...