終わるときには

白紙 虚無太郎

文字の大きさ
上 下
4 / 4
手記

決別

しおりを挟む
 ぼくらが孤立して一週間が経った日のことだった。
朝八時、業務引き継ぎの作業中に集合の合図が掛かった。
監視室から階段を駆け上り甲板へ向かう。
すると集合場所では司令官と部隊長が対面する形で立っていた。
既に集まっていた者たちも帰還派と残留派それぞれの主導者の背後に整列し、互いに睨みを利かせていた。
数日前からは陣営が完全に二分されただけでなく口論に発展する様子が多々見られ、互いに敵意を抱き始めていた為に息の詰まるような緊迫した雰囲気が辺りを包み込んでいた。

 重苦しい空気の中司令官が沈黙を破った。

「我々は軍人である。
その本質は祖国を守る為のであり、個々人はその一部であるに過ぎない。
今、我らが祖国は未曾有の危機に晒されている。
この危機に際して出撃を拒むということは祖国への背信行為であり、到底許されるものではない」

声色は冷たく、目には蔑みの心が映っている。
ぼくらの心臓を冷たい手で握るような態度で司令官は話を続けた。

「我々は本日一五〇〇を以てこの要塞より最後の救援部隊として出撃する。
それに際して修復が完了した全ての艦船、航空機を使用する。
つまり残留を希望する者はここからの脱出が非常に困難になる。
我々と共に来るのであれば今が最後の機会である。
五分間の猶予を与える。
考えを改める者は私の後ろに並び直すように。
ここ数日で我々はいがみあう立場になってしまったが、国のために戦う覚悟を決めた者があれば我々は何の偏見も持たず仲間として歓迎する」

それからの五分間は異様な長さだった。
皆がこの正解の見えない現状を深く考え、どちらの立場を取るのかを最終決定しようとしている。
張り詰めた沈黙の中、残留派の中から離れていく者が少しずつ現れ、最終的に七人が帰還派の陣営へ移動した。
その七人の決定を責める者も止める者も居なかった。
覚悟を持った決断を止められようはずもない。
また帰還派の者たちも同じように悩んだのだろう。
司令官の宣言通り、七人の加入に反対し攻撃する者は現れなかった。

「〇八三〇、現時刻を以て帰還部隊を確定する。
部隊員は直ちに出撃準備を開始せよ。
残留を希望する者は準備含め一切の参加を禁ずる」

司令官が宣言すると帰還派が一斉に作業に取り掛かった。
ぼくら残留派は部隊長に連れられ西監視室へと場所を移した。
そして部隊長が徐ろに語り出した。

「大変なことになってしまったな。
これまでに聞いた者もいるかと思うが、おれはもう国が無くなったものだと考えている。
大国を一夜にして滅ぼすような連中に今の戦力で戦いを挑むのは自殺と同じだ。
全ての所属先が消滅した今、生命の安全を求めるのは至極当然のことだ。
司令官は軍人としての矜持を語っていたが、おれたちは最早軍人ではない。
抗えない力でとても原始的なレベルまで社会の規模を小さくされた、ただの人間だ」

 絶望的な話だがこの場にいる誰もがそれを理解し、既に冷静に事を捉えていた。

「これから先、おれたちはこの要塞の上で一生を過ごし世代を交代していくのかもしれない。
そしてそれは人類史の最後に残されるものなのかもしれない。
そう考えたら悩んでいる暇は無いよな。
さあ、これからのことを考えよう」

部隊長の言葉は絶望の中にあって皆を前向きにさせた。
この先に希望があるのかはわからない。それでも生きていく為に行動しよう。
皆がその意識を共有することで、どこか柔らかい雰囲気が出来上がっていた。

「では、具体的な話をしていこう。これから起こりうる問題を挙げていくんだ」

 食料はこの要塞において最も大きな問題だった。残留派としてこの場に集まった者は百名弱。元々要塞に勤めていた人数からすれば一パーセント程の人数でしかないが、それでも備蓄の食料だけで一生を過ごせるわけがないのは明白だ。

「食料は試験的に導入されていたアーコロジーシステムを本格的に運用しよう。それで植物性の栄養は担保できる」

元々糧食班に居た者が提案した。
そのシステムを用いれば資源循環を要塞内で完結させることができる。
 その後の議論も殆どが食料絡みの問題だった。
食べることができれば生きていけるのだから当たり前ではある。
それに誰もサバイバル訓練以上のことを体験していない。
何が問題になるかすらまだ誰にもわからなかった。
しおりを挟む

この作品の感想を投稿する


処理中です...