3 / 4
手記
消失と対立
しおりを挟む
翌朝目が覚めた時は疲労があからさまに残っていた。
重い足取りで監視室へ向かうと、夜番の隊員らが揃いも揃って険しい顔をしていた。
何があったのか尋ねてみた。
すると同僚の一人が答えた。
「なにもないんだ。国からの通信も、救援に向かった奴らからの報告も、全て」
これは大きな謎だった。国の全通信装置に強力なジャミングが使われているか、通信衛星が全て破壊されたか、通信を行える者が一人も居なくなったか。
簡単に考えられる理由はこの三つだが、どれも考え難いものだ。人間相手ではまず有り得ない。
しかし人間相手でない現状ではどれも可能性があると思うと、途端に不安が心臓を掴んだ。
もしかすると家族も友人も皆既に殺されているのかもしれない。
ぼくを形作るものの一部がなんの実感も得られない形で既に崩壊しているのかもしれない。
そう考えた時、色の無い小さな塊が胸の内に現れた気がした。
その塊はぼくに苦しさと焦りをもたらし、それを誤魔化すために業務の引き継ぎを急いだ。
国や救援部隊からの通信が無い以上、こちらで出来ることはとても限られていた。
戦時配置として警備部隊全員が索敵、交信に従事していたが前述の通り成果は皆無。
とりあえずの作業として数日前まで遡ってレーダーや通信記録に異常が無いか、未確認生命体と思しき兆候が無いかを調査することになった。
勿論これまで確認したことのない敵なのだからどれがその兆候なのかなどわかるはずもなく、ただエラーやバグと見分けのつかない表示異常やノイズを虱潰しに確認することになる。
全く以て不毛な作業に感じられたが、胸の内に現れた何かを忘れるにはちょうど良かった。
午前十二時丁度、糧食班が昼食を運んできた。
加工肉を挟んだ簡素なハンバーガーを胃に入れる間、いつもやかましい仲間たちの誰も声を出さなかった。
皆、ただ黙々と栄養を補給しながら耳や目に流れ込む情報を精査し続けている。
きっと誰一人として何かを見つけられるとは思っていないのだが、この正体のわからない何かを調べることで胸の内に現れた負の感覚を抑え込んでいたのだろう。
この時のぼくらには不毛であろうとやれることが必要だった。
しかし、皆が皆そんなもので心を欺き続けられるわけはない。
作業を始めて二日後の朝のことだった。
誰かの心から蓋をしていたはずの不安が溢れ出した。
それは瞬く間に伝播し嵩を増して、多くの者を飲み込んで溺れさせた。
結果として要塞の中で一蓮托生の身であったぼくたちは二分されることとなった。
不安に溺れた者たちは、連絡が取れない状況において我が国が優勢であるはずがないのだから、自分たちも修復した予備装備で国に帰り加勢するべきだと主張した。
一方でまだ不安を抑え込んでいたい者たちは、連絡も取れない現状では無策に動くことは危険であると主張した。
ぼくは後者の集団にいた。それは前者の意見があまりに無謀に思えたからだ。
国どころか救援に向かった部隊とも連絡が取れない状況で何を頼りにどこへ戦力を向わせるのか、作戦の立てようがない。
乗用車なんかとは比べ物にならないほど巨大な船舶や航空機が間もなく修理を完了するが、通信という手段を失えばレーダーの外側を攻撃する手段は存在しない。
そうなってしまえば兵器の効果などはあまりにも矮小で、国土の大きさを考えれば沿岸部だけを支援の対象にしてもまともに対応できないのは明白だ。
たしかに家族や友人を失ったのかもしれない。だがもしそれが事実と確定しても、ほぼ一〇〇パーセント死ぬであろう戦闘で仇を討とうとは思えなかった。
この対立がより明確になったのがそれぞれの主導者が決まった時だ。
前者帰還派はこの要塞の司令官が旗を持った。
後者残留派はぼくら警備部隊の部隊長が旗を持った。
どちらが優勢になるかは考えるまでもなく、当然上官である司令官側に就くものが多数派となった。
しかし残留派も簡単に切り捨てられるほど少数ではなく、互いに勢いを持ってぶつかり合った。
「祖国が絶体絶命の危機にあるにも関わらず出撃を拒むなど愛国心も無ければ軍人としての誇りも無い。そんなことが許されると思うのか貴様ら!」
司令官が怒気の篭った荒々しい声でぼくらを屈服させようとしていた。
「今は国だなんだと言えないほどの未曾有の事態でしょう。事実他国の船舶、航空機共にあの日を境に全く現れていない。奇跡的に攻撃を受けていないここから出てしまえば我が国のみならず地球上どこに行ったとしても死ぬ可能性が高まるだけだ」
部隊長は冷静に答えていた。
双方の態度は対極と言えたがお互いに引く気は全く無かった。
この要塞に残された者たちが取れる行動は二者択一であり、互いに確固たる意思がある。
命が掛かった選択であるために数日に渡って意見がぶつかり合ったが、平行線が交わるはずはない。
長い話し合いは浮動票を消滅させ、より対立を明確化した。
そして彼らは行動を起こした。
重い足取りで監視室へ向かうと、夜番の隊員らが揃いも揃って険しい顔をしていた。
何があったのか尋ねてみた。
すると同僚の一人が答えた。
「なにもないんだ。国からの通信も、救援に向かった奴らからの報告も、全て」
これは大きな謎だった。国の全通信装置に強力なジャミングが使われているか、通信衛星が全て破壊されたか、通信を行える者が一人も居なくなったか。
簡単に考えられる理由はこの三つだが、どれも考え難いものだ。人間相手ではまず有り得ない。
しかし人間相手でない現状ではどれも可能性があると思うと、途端に不安が心臓を掴んだ。
もしかすると家族も友人も皆既に殺されているのかもしれない。
ぼくを形作るものの一部がなんの実感も得られない形で既に崩壊しているのかもしれない。
そう考えた時、色の無い小さな塊が胸の内に現れた気がした。
その塊はぼくに苦しさと焦りをもたらし、それを誤魔化すために業務の引き継ぎを急いだ。
国や救援部隊からの通信が無い以上、こちらで出来ることはとても限られていた。
戦時配置として警備部隊全員が索敵、交信に従事していたが前述の通り成果は皆無。
とりあえずの作業として数日前まで遡ってレーダーや通信記録に異常が無いか、未確認生命体と思しき兆候が無いかを調査することになった。
勿論これまで確認したことのない敵なのだからどれがその兆候なのかなどわかるはずもなく、ただエラーやバグと見分けのつかない表示異常やノイズを虱潰しに確認することになる。
全く以て不毛な作業に感じられたが、胸の内に現れた何かを忘れるにはちょうど良かった。
午前十二時丁度、糧食班が昼食を運んできた。
加工肉を挟んだ簡素なハンバーガーを胃に入れる間、いつもやかましい仲間たちの誰も声を出さなかった。
皆、ただ黙々と栄養を補給しながら耳や目に流れ込む情報を精査し続けている。
きっと誰一人として何かを見つけられるとは思っていないのだが、この正体のわからない何かを調べることで胸の内に現れた負の感覚を抑え込んでいたのだろう。
この時のぼくらには不毛であろうとやれることが必要だった。
しかし、皆が皆そんなもので心を欺き続けられるわけはない。
作業を始めて二日後の朝のことだった。
誰かの心から蓋をしていたはずの不安が溢れ出した。
それは瞬く間に伝播し嵩を増して、多くの者を飲み込んで溺れさせた。
結果として要塞の中で一蓮托生の身であったぼくたちは二分されることとなった。
不安に溺れた者たちは、連絡が取れない状況において我が国が優勢であるはずがないのだから、自分たちも修復した予備装備で国に帰り加勢するべきだと主張した。
一方でまだ不安を抑え込んでいたい者たちは、連絡も取れない現状では無策に動くことは危険であると主張した。
ぼくは後者の集団にいた。それは前者の意見があまりに無謀に思えたからだ。
国どころか救援に向かった部隊とも連絡が取れない状況で何を頼りにどこへ戦力を向わせるのか、作戦の立てようがない。
乗用車なんかとは比べ物にならないほど巨大な船舶や航空機が間もなく修理を完了するが、通信という手段を失えばレーダーの外側を攻撃する手段は存在しない。
そうなってしまえば兵器の効果などはあまりにも矮小で、国土の大きさを考えれば沿岸部だけを支援の対象にしてもまともに対応できないのは明白だ。
たしかに家族や友人を失ったのかもしれない。だがもしそれが事実と確定しても、ほぼ一〇〇パーセント死ぬであろう戦闘で仇を討とうとは思えなかった。
この対立がより明確になったのがそれぞれの主導者が決まった時だ。
前者帰還派はこの要塞の司令官が旗を持った。
後者残留派はぼくら警備部隊の部隊長が旗を持った。
どちらが優勢になるかは考えるまでもなく、当然上官である司令官側に就くものが多数派となった。
しかし残留派も簡単に切り捨てられるほど少数ではなく、互いに勢いを持ってぶつかり合った。
「祖国が絶体絶命の危機にあるにも関わらず出撃を拒むなど愛国心も無ければ軍人としての誇りも無い。そんなことが許されると思うのか貴様ら!」
司令官が怒気の篭った荒々しい声でぼくらを屈服させようとしていた。
「今は国だなんだと言えないほどの未曾有の事態でしょう。事実他国の船舶、航空機共にあの日を境に全く現れていない。奇跡的に攻撃を受けていないここから出てしまえば我が国のみならず地球上どこに行ったとしても死ぬ可能性が高まるだけだ」
部隊長は冷静に答えていた。
双方の態度は対極と言えたがお互いに引く気は全く無かった。
この要塞に残された者たちが取れる行動は二者択一であり、互いに確固たる意思がある。
命が掛かった選択であるために数日に渡って意見がぶつかり合ったが、平行線が交わるはずはない。
長い話し合いは浮動票を消滅させ、より対立を明確化した。
そして彼らは行動を起こした。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる