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手記
実感の無い開戦
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二週間ほど前のことだ。
その日は珍しく甲板の上で警備をしていた。
雲一つない青空が水平線から海と混じり合い、視界のほとんどが無限の青に占領されていたのをよく覚えている。
ぼくの所属していた警備部隊はレーダーが探知した所属不明の航空機や船舶、また急激な気象変化の目視確認という仕事もあるが、一番の目的は要塞の秩序を保つことだった。
早い話が要塞内における警察官という役割だ。
水平線に浮かぶ島が一つもない孤立した環境と、要塞の戦術的重要性を鑑みて創設された。
世界一の軍事力を誇る祖国から最前線の基地を任された部隊が統率を欠くことはまず無いが、個人を見ていけば当たり前に個性があるわけで、危険な思想を隠している者があるかもしれないし、孤独な要塞で精神を崩してしまう者もあるかもしれない。
それらが暴走することを防ぐのが、ぼくや仲間たちに与えられた一つの使命だった。
実戦部隊からは暇人などと揶揄されることもあったが、内と外両面を常に警戒しているというのは気疲れするものだ。
そして先に異変が起きたのは外側の方だった。
「パトロール、こちらHQ。南東方面、巨大な雷雲の反応アリ。目視確認求む」
無線からそんな指令が聞こえたのは太陽が頂点に登り切るより前だった。
すぐさま南東方面へ双眼鏡を向けると、水平線の付近に黒い雲が広がっていた。
ぼくからの距離では水平線が黒く太くなったように見えるが、実際には相当な嵩もあるだろう。
雲の下は大雨が降っているようで、灰色のカーテンのようになってその先の景色を閉ざしている。
巨大さや雨量は完全に異常気象といえるだろう。
要塞からの角度で黒く見えるのも謎である。
ぼくはそれらの情報を無線で返した。
するとただ、了解とだけ返ってきた。
国へ帰ったらあの雲を気象衛星から捉えた写真が見たい。
そう思うほどのおかしな雲だった。
考えてみればあの雲も奴らの兵器だったのかもしれない。
雨雲を観測してから五分後、今度は要塞全体に警報と共に司令官の声が響き渡った。
「出撃要請。全員直ちに甲板上戦闘機リフトA前に集合せよ」
ぼくを含め全員が異様な事態に緊張するのがわかった。駆け足でリフトに向かう。
今まであった警報は基本的にスクランブルだった。
所属不明の航空機がほとんどの場合の対象で一触即発の緊張感はあるが、お互いに攻撃する意思は無い場合が大半を占める。
しかし出撃要請があって全員を集めるということは一〇〇パーセント攻撃の意思があるということだ。
現在どの国とも戦争をしていない祖国に。
そんな状況だからか、滑走路を突っ切るリフトへの最短ルートも嫌に長く感じられた。
集合場所には既に多くの隊員が揃っていた。
待機場が近い航空部隊は全員が揃っているようだった。
ぼくは警備部隊の定位置に並び、既に到着していた同僚に話しかけた。
「なぁ、お前今日監視室担当だったろ。何があったんだ」
ぼくの問いに同僚は青白い顔をしながら答えた。
「おれは今が夢なのか現実なのかよくわからない。いや、夢であってほしい」
それ以上は何も話してくれなかった。
仕方なくぼくは全員が揃うのを待つことにした。
巨大な要塞なだけあって、全員が揃うのには七、八分掛かった。
無線や内線を使わずわざわざ数千人全員を揃えるのだから何か理由があると思っていたが、司令官の口から聞かされたのは荒唐無稽な救援要請だった。
「我が国は未確認生命体による攻撃を受け、先程対応可能な全ての戦力を以て応戦することが決定された」
その場に居た誰もが亜然とした。
そんな映画みたいな話があるわけない。
そう思ったが、司令官は額に汗が光り眉を吊り上げ困惑と焦りと緊張がぐちゃぐちゃに混ざった表情で状況を伝えていた。
嘘をついているようにはとても思えなかった。
「……そのため現在停泊中の艦隊全艦に加え、当基地に配備されている対潜、対艦を含む全ての運用可能な航空機を発進させる。
目標は広範囲に分布しているため、空母及び各警戒管制機を中心に複数の大隊を編成する。
各部隊長は編成を確認し……」
映画のような理由で具体的な作戦が展開されていった。
まるで実感が湧かなかった。
だが全ての伝達が終了して数分、航空部隊が一斉に離陸を開始した。甲板上の三本の滑走路がカタパルトから蒸気を吐き出しながら続々と軍用機を打ち出していく。
空母やその他艦艇は出航準備に忙しそうだ。
一方でぼくたち警備部隊や整備、糧食、医療担当は艦隊付きの者以外この要塞に残ることになった。
どんな戦いになるのか誰にもわからない現状であるために、稼働していない装備も出来るだけ修繕して前線に送りたいらしく、整備部隊は明らかに平時よりも忙しくしていた。
ぼくら警備部隊は国からの続報を待ちながら敵の情報を集めようとしていた。
しかし未確認生命体というだけあってほとんど情報は無く、レーダーに何かが映ることも無かった。
姿形も戦力も武器も正確な位置すらもわからない全く未知の敵。
襲われたという情報だけが今ぼくらを動かしている。そんなことは今まで一度も無かった。
政治や宗教の対立ならば調査も予測も想像もできただろうが、どちらでもないどころか人間ですらない。
不明なことがあまりにも多すぎて訓練の方がまだ現実味があった。
部隊の皆が何が起きているのか知ろうと忙しなく動き回っていたが、結局その日新しい情報が入ることは無かった。
その日は珍しく甲板の上で警備をしていた。
雲一つない青空が水平線から海と混じり合い、視界のほとんどが無限の青に占領されていたのをよく覚えている。
ぼくの所属していた警備部隊はレーダーが探知した所属不明の航空機や船舶、また急激な気象変化の目視確認という仕事もあるが、一番の目的は要塞の秩序を保つことだった。
早い話が要塞内における警察官という役割だ。
水平線に浮かぶ島が一つもない孤立した環境と、要塞の戦術的重要性を鑑みて創設された。
世界一の軍事力を誇る祖国から最前線の基地を任された部隊が統率を欠くことはまず無いが、個人を見ていけば当たり前に個性があるわけで、危険な思想を隠している者があるかもしれないし、孤独な要塞で精神を崩してしまう者もあるかもしれない。
それらが暴走することを防ぐのが、ぼくや仲間たちに与えられた一つの使命だった。
実戦部隊からは暇人などと揶揄されることもあったが、内と外両面を常に警戒しているというのは気疲れするものだ。
そして先に異変が起きたのは外側の方だった。
「パトロール、こちらHQ。南東方面、巨大な雷雲の反応アリ。目視確認求む」
無線からそんな指令が聞こえたのは太陽が頂点に登り切るより前だった。
すぐさま南東方面へ双眼鏡を向けると、水平線の付近に黒い雲が広がっていた。
ぼくからの距離では水平線が黒く太くなったように見えるが、実際には相当な嵩もあるだろう。
雲の下は大雨が降っているようで、灰色のカーテンのようになってその先の景色を閉ざしている。
巨大さや雨量は完全に異常気象といえるだろう。
要塞からの角度で黒く見えるのも謎である。
ぼくはそれらの情報を無線で返した。
するとただ、了解とだけ返ってきた。
国へ帰ったらあの雲を気象衛星から捉えた写真が見たい。
そう思うほどのおかしな雲だった。
考えてみればあの雲も奴らの兵器だったのかもしれない。
雨雲を観測してから五分後、今度は要塞全体に警報と共に司令官の声が響き渡った。
「出撃要請。全員直ちに甲板上戦闘機リフトA前に集合せよ」
ぼくを含め全員が異様な事態に緊張するのがわかった。駆け足でリフトに向かう。
今まであった警報は基本的にスクランブルだった。
所属不明の航空機がほとんどの場合の対象で一触即発の緊張感はあるが、お互いに攻撃する意思は無い場合が大半を占める。
しかし出撃要請があって全員を集めるということは一〇〇パーセント攻撃の意思があるということだ。
現在どの国とも戦争をしていない祖国に。
そんな状況だからか、滑走路を突っ切るリフトへの最短ルートも嫌に長く感じられた。
集合場所には既に多くの隊員が揃っていた。
待機場が近い航空部隊は全員が揃っているようだった。
ぼくは警備部隊の定位置に並び、既に到着していた同僚に話しかけた。
「なぁ、お前今日監視室担当だったろ。何があったんだ」
ぼくの問いに同僚は青白い顔をしながら答えた。
「おれは今が夢なのか現実なのかよくわからない。いや、夢であってほしい」
それ以上は何も話してくれなかった。
仕方なくぼくは全員が揃うのを待つことにした。
巨大な要塞なだけあって、全員が揃うのには七、八分掛かった。
無線や内線を使わずわざわざ数千人全員を揃えるのだから何か理由があると思っていたが、司令官の口から聞かされたのは荒唐無稽な救援要請だった。
「我が国は未確認生命体による攻撃を受け、先程対応可能な全ての戦力を以て応戦することが決定された」
その場に居た誰もが亜然とした。
そんな映画みたいな話があるわけない。
そう思ったが、司令官は額に汗が光り眉を吊り上げ困惑と焦りと緊張がぐちゃぐちゃに混ざった表情で状況を伝えていた。
嘘をついているようにはとても思えなかった。
「……そのため現在停泊中の艦隊全艦に加え、当基地に配備されている対潜、対艦を含む全ての運用可能な航空機を発進させる。
目標は広範囲に分布しているため、空母及び各警戒管制機を中心に複数の大隊を編成する。
各部隊長は編成を確認し……」
映画のような理由で具体的な作戦が展開されていった。
まるで実感が湧かなかった。
だが全ての伝達が終了して数分、航空部隊が一斉に離陸を開始した。甲板上の三本の滑走路がカタパルトから蒸気を吐き出しながら続々と軍用機を打ち出していく。
空母やその他艦艇は出航準備に忙しそうだ。
一方でぼくたち警備部隊や整備、糧食、医療担当は艦隊付きの者以外この要塞に残ることになった。
どんな戦いになるのか誰にもわからない現状であるために、稼働していない装備も出来るだけ修繕して前線に送りたいらしく、整備部隊は明らかに平時よりも忙しくしていた。
ぼくら警備部隊は国からの続報を待ちながら敵の情報を集めようとしていた。
しかし未確認生命体というだけあってほとんど情報は無く、レーダーに何かが映ることも無かった。
姿形も戦力も武器も正確な位置すらもわからない全く未知の敵。
襲われたという情報だけが今ぼくらを動かしている。そんなことは今まで一度も無かった。
政治や宗教の対立ならば調査も予測も想像もできただろうが、どちらでもないどころか人間ですらない。
不明なことがあまりにも多すぎて訓練の方がまだ現実味があった。
部隊の皆が何が起きているのか知ろうと忙しなく動き回っていたが、結局その日新しい情報が入ることは無かった。
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