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プロローグ
絶海の孤独と白紙の衝動
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重苦しい鋼鉄の天井は陽を隠して、橙色の巨大な円柱に支えられている。眼下に広がるのは燦々と波を煌めかせる無限の海。
北太平洋に浮かぶ鋼鉄の巨城に残されているものは最早ぼくと無駄に巨大な延命装置だけだった。
「異常無し」
あるはずもない。この要塞はもう終わっているし、恐らく世界も終わっただろうから。
世界有数の軍事大国だったぼくの祖国は壊滅したようだった。
そのような知らせがあったわけではないが、他のどのような知らせも届かない現状を説明できる仮定は他に無い。
最後にあった連絡は、未確認生物と交戦中、応援求む、という内容だった。
おかげさまでこの要塞の戦力は全て祖国を目指し出撃、そのまま消息を絶った。
それからここで起こったことは、あまり思い出したくない。
今は日頃行なっていた警備のルートを回ることで、何かを為した気になって心を紛らわせている。
甲板が頭上を覆い薄暗く陰るぼくに、太陽に照らされ煌めく海面は眩しすぎる。
潮風に背中を押されて、ぼくは海に八つ当たりした。
鉄柵から少し身を乗り出し、小銃を構える。
引鉄をそっと引いてやると、右肩から衝撃が全身に流れた。
着弾地点は見えない。
なんだか自分の存在の小ささを強調されたようで嫌な気分になった。
小さく溜息を吐いて、また警備のルートに戻る。
この円柱同士を繋ぐ連絡橋の警備がぼくのルーティーンとなっている。
仕事だったはずなのに。
家族に金の心配をさせないように嫌々やっていた仕事のはずだった。
軍人なんていうのはぼくの性格にはまるっきり合っていないのだから。
それが今や家族もどうなっているのかわからない。
ーーーいや、これ以上思い出すのはやめよう。
ぼくは円柱と甲板の接続部に設けられた東監視室へ入った。
いつも通りに。
要塞の四隅を支える巨大な円柱にはそれぞれ、甲板との接続部に監視室がある。
電波塔の展望フロアよりもうんと広いこの監視室が機能していた時は、それぞれ配置された部隊の色が出ていたが、今はそのどれもが見る影も無く荒れ果てている。
ぐるりと室内を見渡してみる。
「本当に、なにもない」
割れた双眼鏡、誰かの写真、拳銃、弾丸。
色々なものがそこかしこに散らばっている。
でも、なにもない。
当然だ。全てが終わっているのだから。
強烈な空白が押し寄せてくる。
それは止まることを許さない。
ぼくはただぼんやりと水平線を眺めながら監視室をうろついた。
警備の仕事はずっと退屈だったが、同時に緊張感もあった。
海上では一般の人が思うよりもずっと多くの出来事が起きていた。
その最前線とも言えるこの要塞の警備はテレビ局のガードマンとは訳が違った。
常に細心の注意を払い、家族や国を守っているのだと、嫌な仕事だと思いながらも責任を持ってやっていた。
それが今はどうだろう。
守るべき家族も国も、まだあるのかどうかわからない。
いや、この言い方も随分希望的な観測だ。
恐らくは、もう無い。
責任も何もかも無くなった無意味な日課だけが残った。
そしてぼくはそれにしがみついている。
ただ歩くしかなかった。
東監視室も三分の二を回ったあたりで何かが脚にぶつかった。
バコっと音を立てて倒れたそれは段ボール箱で、倒れて開いた口から数冊のノートが溢れていた。
「……航海日誌のストックか」
黒い合皮のカバーがされたA4サイズのノートを一冊拾い上げ、ページの端を弾くように中身を確認する。
やはりストックのようで中身は真っ白だった。
白紙を確認したその刹那、ぼくの胸に衝動が走った。
この白紙に何か書き込みたい。
どうしてなにもなくなってしまったのか。
どうしてぼくが延々とこの要塞を歩き続けているのか。
それを書き記すことだけが、ぼくに唯一残された使命のように思えた。
北太平洋に浮かぶ鋼鉄の巨城に残されているものは最早ぼくと無駄に巨大な延命装置だけだった。
「異常無し」
あるはずもない。この要塞はもう終わっているし、恐らく世界も終わっただろうから。
世界有数の軍事大国だったぼくの祖国は壊滅したようだった。
そのような知らせがあったわけではないが、他のどのような知らせも届かない現状を説明できる仮定は他に無い。
最後にあった連絡は、未確認生物と交戦中、応援求む、という内容だった。
おかげさまでこの要塞の戦力は全て祖国を目指し出撃、そのまま消息を絶った。
それからここで起こったことは、あまり思い出したくない。
今は日頃行なっていた警備のルートを回ることで、何かを為した気になって心を紛らわせている。
甲板が頭上を覆い薄暗く陰るぼくに、太陽に照らされ煌めく海面は眩しすぎる。
潮風に背中を押されて、ぼくは海に八つ当たりした。
鉄柵から少し身を乗り出し、小銃を構える。
引鉄をそっと引いてやると、右肩から衝撃が全身に流れた。
着弾地点は見えない。
なんだか自分の存在の小ささを強調されたようで嫌な気分になった。
小さく溜息を吐いて、また警備のルートに戻る。
この円柱同士を繋ぐ連絡橋の警備がぼくのルーティーンとなっている。
仕事だったはずなのに。
家族に金の心配をさせないように嫌々やっていた仕事のはずだった。
軍人なんていうのはぼくの性格にはまるっきり合っていないのだから。
それが今や家族もどうなっているのかわからない。
ーーーいや、これ以上思い出すのはやめよう。
ぼくは円柱と甲板の接続部に設けられた東監視室へ入った。
いつも通りに。
要塞の四隅を支える巨大な円柱にはそれぞれ、甲板との接続部に監視室がある。
電波塔の展望フロアよりもうんと広いこの監視室が機能していた時は、それぞれ配置された部隊の色が出ていたが、今はそのどれもが見る影も無く荒れ果てている。
ぐるりと室内を見渡してみる。
「本当に、なにもない」
割れた双眼鏡、誰かの写真、拳銃、弾丸。
色々なものがそこかしこに散らばっている。
でも、なにもない。
当然だ。全てが終わっているのだから。
強烈な空白が押し寄せてくる。
それは止まることを許さない。
ぼくはただぼんやりと水平線を眺めながら監視室をうろついた。
警備の仕事はずっと退屈だったが、同時に緊張感もあった。
海上では一般の人が思うよりもずっと多くの出来事が起きていた。
その最前線とも言えるこの要塞の警備はテレビ局のガードマンとは訳が違った。
常に細心の注意を払い、家族や国を守っているのだと、嫌な仕事だと思いながらも責任を持ってやっていた。
それが今はどうだろう。
守るべき家族も国も、まだあるのかどうかわからない。
いや、この言い方も随分希望的な観測だ。
恐らくは、もう無い。
責任も何もかも無くなった無意味な日課だけが残った。
そしてぼくはそれにしがみついている。
ただ歩くしかなかった。
東監視室も三分の二を回ったあたりで何かが脚にぶつかった。
バコっと音を立てて倒れたそれは段ボール箱で、倒れて開いた口から数冊のノートが溢れていた。
「……航海日誌のストックか」
黒い合皮のカバーがされたA4サイズのノートを一冊拾い上げ、ページの端を弾くように中身を確認する。
やはりストックのようで中身は真っ白だった。
白紙を確認したその刹那、ぼくの胸に衝動が走った。
この白紙に何か書き込みたい。
どうしてなにもなくなってしまったのか。
どうしてぼくが延々とこの要塞を歩き続けているのか。
それを書き記すことだけが、ぼくに唯一残された使命のように思えた。
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