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第36話 剣聖は真意を知る
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俺は最後の切り札にして、最も長い時間をかけて鍛え上げてきた技を繰り出した。
剣聖流、居合い斬り。
俺が憧れ続けた、こんな風になりたいと想い続けた、剣聖バルト・バルカスと同じ技だ。
親父もまた、俺と同時に居合い斬りを繰り出してきた。
剣聖と剣聖による居合い斬りの打ち合いは、空間そのものが裂けるのではないかと思うほどの激しい衝突を生んだ。
俺の黒刃と親父の白刃がぶつかり合う。
大地にはバルカス家の広い前庭をはみ出すほどの大きな切れ目が出来た。大空の雲は割れて、陽の光が俺と親父に降り注ぐ。
勝敗は一瞬でついた。
弾き飛ばされて宙を舞ったのは、親父の白刃だった。
俺は振り抜いた右手に持ったサーベルをゆっくりと鞘に収めた。同時に、キラキラと陽の光を反射させながら落ちてきた仕込み杖が、親父の後方に突き立った。
勝ったのは、俺の方だった。
「す、すごいです! すごいですよ、レオンさん!」
「ん。これは見事」
リディアとユーナは驚きつつも俺の勝利を喜んでくれていた。
「少しはカッコいいとこ見せられたかな」
俺は得意になって言った。だって親父に勝てたんだもの。こんなのうれしいに決まってるし、得意にだってなる。せっかくなので二人にはもっと褒めて欲しかった。
だが、
「あ、それはよくわからないです。お義父さまの動きもレオンさんの動きも速すぎて全然見えなかったので」
「え?」
リディアの言葉に間抜けな声が出た。
「私も同じ。レオンの抜刀術もじいちゃんの抜刀術もきれいさっぱりまったく見えなかった」
ユーナもまた、胸を張ってそう言っていた。
「そ、そうか……」
俺も親父も剣を極めた身だし、本気出したらこうなるのは仕方ないと言えば仕方ない。
「でも、レオンさんが勝ったことは分かりますよ。すごいです、お義父さまに勝つだなんて。全然見えませんでしたが」
「ん。実にブラボー。なんにも見えなかったが」
リディアとユーナは俺のことを褒めてくれてはいた。でもなあ、出来ることならちゃんと見た上で褒めて欲しかったなあ……。
「バ、バカな……こんなことが……。レオンが、居合いを使うなどと……。しかもワシを上回って見せただと……信じられん……」
剣聖バルト・バルカスが左手に持っていた仕込み杖の鞘が落ちた。
「なぜじゃ……なぜお前が居合いを……あれほど毛嫌いしていたではないか……それがどうして……」
親父は俺が居合い斬りを使えたことに愕然としていた。
「父さん、兄さんは居合いを毛嫌いなんかしてないですよ。むしろ一番熱心に練習してましたから」
「レオンが、居合いを嫌ってはいなかったというのか……」
ルークが笑って言うと、親父は目を瞠った。
俺は親父に向き直った。
ここまで来たんだ。もういい加減、はっきり言わないとダメだろう。
「俺は居合いを嫌ったりなんかしてないよ。ルークが言ったとおり、俺が一番真剣に取り組んでいたのが、この技だった」
「本当に居合いの鍛錬をしていたというのか……だが、どうして……」
「そんなの、親父がやってたからに決まってるだろ。小さい頃からずっと、俺は剣聖バルト・バルカスに憧れてたんだよ」
「このワシに憧れていた……? お前が……?」
俺の言葉に親父は大層戸惑っていた。
ここまで驚かなくてもいいような気がするんだがなー。
どう説明したもんかと思っていると、ルークが笑って口を開いた。
「兄さんの言っていることは本当ですよ。兄さんは昔からことあるごとに父さんはカッコいい、あんな風になりたい、って言ってましたから」
「な、なんだと! ほ、本当なのか!」
親父が驚いた顔で俺を見た。
「ま、まあ、一応はな……」
こうして正面切って聞かれるとやっぱり恥ずかしい。なので俺は曖昧にうなずいた。
「なんということじゃ……ワシはレオンには嫌われておるんだとばかり……」
「ルークよ、これは子の心親知らずというやつか」
「ははは、上手いこと言うね」
ユーナが俺たちを見て言うとルークは笑った。
「レオンさん、本当はずっとお義父さまに憧れてたんですね」
リディアがくすりと笑う。俺を見る目はなんだか優しげだ。
どうにもこうにも居心地が悪いので、俺は咳払いをして言った。
「と、ともかく、俺は親父に憧れてたんだよ。子供の頃からずっとな。だから、孫と嫁を手元に置いておきたいから決闘するなんてみっともないこと言わないでくれよ」
「……ワシがそばにいて欲しいのはユーナちゃんとリディアさんだけではないわ。レオン、ワシはな、お前にもここにいて欲しいんじゃよ」
親父はおもむろにそう言った。
「俺? 俺なんかどうでもいいだろ。ルークだっているんだし」
「馬鹿を言うな。お前は一人しかおらんだろうが」
「親父……」
「母さんはワシが家を留守にしているときに亡くなってしまった」
「……ああ、そうだな……」
親父の言葉に、俺はうなずいた。
そうだ。母上は十年前に親父が不在の時に病にかかり、あっけなく亡くなってしまったのだ。だが、あのときのことを親父が口にするのは初めてだった。俺もルークも母上の死については、なんとなく、触れてはいけないことだと感じていた。
「ワシはあのときのことはいくら悔やんでも悔やみきれん。どうして家を空けたりしたのかとずっとずっと己を責め続けてきた」
「そうだったのか……」
正直なところ、俺はかなり驚いていた。あのとき、親父は俺たちに涙を見せはしなかった。母上の死を悲しんではいてもきちんと受け止めているのだと思っていた。だが、そうではなかったらしい。
「兄さん、父さんは兄さんのことをずっと心配していたんだよ。武者修行の時だって、兄さんが帰ってくるまでの間、心配で心配で気が気じゃなかったんだ」
ルークがそう言うのを聞いて、俺は耳を疑った。
「冗談だろ? あのときは豪快に送り出してたじゃないか」
「父さんはああでもしないと決心がつかなかったんだよ」
ルークに言われて俺はまじまじと親父を見た。
「……息子がかわいくてなにが悪い」
親父はフンと鼻を鳴らして言った。
そうか。そうだったのか。親父は、リディアとユーナだけじゃなくて、俺にもそばにいて欲しかったのか……。
俺は初めて親父の真意を知った。
そっか。俺は、愛されてたんだな……。
そう思うと、胸に迫ってくるものがあった。
剣聖流、居合い斬り。
俺が憧れ続けた、こんな風になりたいと想い続けた、剣聖バルト・バルカスと同じ技だ。
親父もまた、俺と同時に居合い斬りを繰り出してきた。
剣聖と剣聖による居合い斬りの打ち合いは、空間そのものが裂けるのではないかと思うほどの激しい衝突を生んだ。
俺の黒刃と親父の白刃がぶつかり合う。
大地にはバルカス家の広い前庭をはみ出すほどの大きな切れ目が出来た。大空の雲は割れて、陽の光が俺と親父に降り注ぐ。
勝敗は一瞬でついた。
弾き飛ばされて宙を舞ったのは、親父の白刃だった。
俺は振り抜いた右手に持ったサーベルをゆっくりと鞘に収めた。同時に、キラキラと陽の光を反射させながら落ちてきた仕込み杖が、親父の後方に突き立った。
勝ったのは、俺の方だった。
「す、すごいです! すごいですよ、レオンさん!」
「ん。これは見事」
リディアとユーナは驚きつつも俺の勝利を喜んでくれていた。
「少しはカッコいいとこ見せられたかな」
俺は得意になって言った。だって親父に勝てたんだもの。こんなのうれしいに決まってるし、得意にだってなる。せっかくなので二人にはもっと褒めて欲しかった。
だが、
「あ、それはよくわからないです。お義父さまの動きもレオンさんの動きも速すぎて全然見えなかったので」
「え?」
リディアの言葉に間抜けな声が出た。
「私も同じ。レオンの抜刀術もじいちゃんの抜刀術もきれいさっぱりまったく見えなかった」
ユーナもまた、胸を張ってそう言っていた。
「そ、そうか……」
俺も親父も剣を極めた身だし、本気出したらこうなるのは仕方ないと言えば仕方ない。
「でも、レオンさんが勝ったことは分かりますよ。すごいです、お義父さまに勝つだなんて。全然見えませんでしたが」
「ん。実にブラボー。なんにも見えなかったが」
リディアとユーナは俺のことを褒めてくれてはいた。でもなあ、出来ることならちゃんと見た上で褒めて欲しかったなあ……。
「バ、バカな……こんなことが……。レオンが、居合いを使うなどと……。しかもワシを上回って見せただと……信じられん……」
剣聖バルト・バルカスが左手に持っていた仕込み杖の鞘が落ちた。
「なぜじゃ……なぜお前が居合いを……あれほど毛嫌いしていたではないか……それがどうして……」
親父は俺が居合い斬りを使えたことに愕然としていた。
「父さん、兄さんは居合いを毛嫌いなんかしてないですよ。むしろ一番熱心に練習してましたから」
「レオンが、居合いを嫌ってはいなかったというのか……」
ルークが笑って言うと、親父は目を瞠った。
俺は親父に向き直った。
ここまで来たんだ。もういい加減、はっきり言わないとダメだろう。
「俺は居合いを嫌ったりなんかしてないよ。ルークが言ったとおり、俺が一番真剣に取り組んでいたのが、この技だった」
「本当に居合いの鍛錬をしていたというのか……だが、どうして……」
「そんなの、親父がやってたからに決まってるだろ。小さい頃からずっと、俺は剣聖バルト・バルカスに憧れてたんだよ」
「このワシに憧れていた……? お前が……?」
俺の言葉に親父は大層戸惑っていた。
ここまで驚かなくてもいいような気がするんだがなー。
どう説明したもんかと思っていると、ルークが笑って口を開いた。
「兄さんの言っていることは本当ですよ。兄さんは昔からことあるごとに父さんはカッコいい、あんな風になりたい、って言ってましたから」
「な、なんだと! ほ、本当なのか!」
親父が驚いた顔で俺を見た。
「ま、まあ、一応はな……」
こうして正面切って聞かれるとやっぱり恥ずかしい。なので俺は曖昧にうなずいた。
「なんということじゃ……ワシはレオンには嫌われておるんだとばかり……」
「ルークよ、これは子の心親知らずというやつか」
「ははは、上手いこと言うね」
ユーナが俺たちを見て言うとルークは笑った。
「レオンさん、本当はずっとお義父さまに憧れてたんですね」
リディアがくすりと笑う。俺を見る目はなんだか優しげだ。
どうにもこうにも居心地が悪いので、俺は咳払いをして言った。
「と、ともかく、俺は親父に憧れてたんだよ。子供の頃からずっとな。だから、孫と嫁を手元に置いておきたいから決闘するなんてみっともないこと言わないでくれよ」
「……ワシがそばにいて欲しいのはユーナちゃんとリディアさんだけではないわ。レオン、ワシはな、お前にもここにいて欲しいんじゃよ」
親父はおもむろにそう言った。
「俺? 俺なんかどうでもいいだろ。ルークだっているんだし」
「馬鹿を言うな。お前は一人しかおらんだろうが」
「親父……」
「母さんはワシが家を留守にしているときに亡くなってしまった」
「……ああ、そうだな……」
親父の言葉に、俺はうなずいた。
そうだ。母上は十年前に親父が不在の時に病にかかり、あっけなく亡くなってしまったのだ。だが、あのときのことを親父が口にするのは初めてだった。俺もルークも母上の死については、なんとなく、触れてはいけないことだと感じていた。
「ワシはあのときのことはいくら悔やんでも悔やみきれん。どうして家を空けたりしたのかとずっとずっと己を責め続けてきた」
「そうだったのか……」
正直なところ、俺はかなり驚いていた。あのとき、親父は俺たちに涙を見せはしなかった。母上の死を悲しんではいてもきちんと受け止めているのだと思っていた。だが、そうではなかったらしい。
「兄さん、父さんは兄さんのことをずっと心配していたんだよ。武者修行の時だって、兄さんが帰ってくるまでの間、心配で心配で気が気じゃなかったんだ」
ルークがそう言うのを聞いて、俺は耳を疑った。
「冗談だろ? あのときは豪快に送り出してたじゃないか」
「父さんはああでもしないと決心がつかなかったんだよ」
ルークに言われて俺はまじまじと親父を見た。
「……息子がかわいくてなにが悪い」
親父はフンと鼻を鳴らして言った。
そうか。そうだったのか。親父は、リディアとユーナだけじゃなくて、俺にもそばにいて欲しかったのか……。
俺は初めて親父の真意を知った。
そっか。俺は、愛されてたんだな……。
そう思うと、胸に迫ってくるものがあった。
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