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『リアーナ、君はぼくの婚約者になるんだ』
十歳の頃だ。
リアーナとの婚約が決まったと伝えられた時、父親から「彼女にはお前から伝えてあげなさい」と背中を押された。
面識のあった彼女に、いざ婚約したことを話すのは照れくさかったが、エルドは気恥ずかしさを押し殺してリアーナに手を差し述べた。
あの時はまだ子供で、女性の外見や中身を細かく気にしたことはなかった。ただ、いつも穏やかな笑みを浮かべて、後ろをとことこ付いてくるリアーナのことは好ましく思っていた。
『婚約者になったら君はぼくを愛するんだ。そしたら、ぼくも……』
すると、リアーナは顔を真っ赤に染め、嬉しそうに頷いてくれた。
その熱がこちらまで移ってしまい、頭がボーッとして彼女の手を握りしめていることに気づいたのはしばらく経ってからだ。
けれど、成長していくにつれ、子供の頃の純粋さがだんだん薄れていった。
多くの人間と付き合うようになり、また社交界にも顔を出すようになってから、エルドはリアーナが貴族令嬢の中でもとくに劣っていることに気づいた。
素朴で良いと思っていた栗色の髪や同色の瞳は国の中でもとくに多い色で、大きくもなく細くもない目に、少し潰れた鼻は美人には程遠かった。
仲良くなかった友人からも「なんであんな女と婚約したんだ?」と、散々からかわれたものだ。
その度に親が決めたと答えるしかなかった。事実、その通りだ。
そうやって周囲から突っつかれる度に、エルドのリアーナに対する態度は変わっていった。
リアーナがこれ以上何も言われないように『慎ましい女に』、そして『愛想を振りまく女になるな』と厳しく言いつけた。
それだけじゃない。
いつも微笑みを絶やさずエルドの隣に立っていたリアーナは、婚約者がいても隙だらけに見えた。
現に、彼女の体目当てで声をかけてきた輩は沢山いた。美人でなく平凡だからこそ、そういう男を引き付けてしまうのだろう。
エルドはリアーナに笑うことを禁じ、自分が呼んだらすぐに来るように伝えた。もちろん他の男と喋ることも駄目だと叱った。
なぜここまでして彼女を守らなければいけないのか。
リアーナが自分と釣り合う女性だったら、そこまで面倒を見てやる必要もなかったんだ。
動きが鈍い上、反応も遅く、彼女を押し付けられたエルドは苛立ちを隠せなかった。
なのに、いくら怒鳴っても、リアーナは一向に変わる様子がなかった。
そして、昨日の出来事が起きた。
父親から婚約の解消を伝えられた後、エルドはふらふらした足取りで部屋に戻ってきた。
これは一体どういうことだ?
当事者を置き去りにして、話がどんどん先に進んでしまっている気がする。
ソファーに腰を下ろすと、読んでいなかったリアーナの手紙がテーブルに置いてあった。
この婚約解消は彼女が望んだことなのか。
手紙を鷲掴みしたエルドは、ペーパーナイフも使わず乱暴に開いた。
……謝罪の手紙だと思っていた。
リアーナは毎回謝ってきては、相応しい女性になると誓いの言葉を記す。
婚約の撤回を誰よりも恐れていたのはリアーナなのだ。
その彼女が自ら婚約の白紙を求めるわけがない。
二つに折られた手紙を開くと、とても貴族令嬢が書いたとは思えない汚い字が現れた。
まるで、文字を習ったばかりの平民のようだ。エルドは何度か直すように注意したが、教育係から書き方を学んでも上達しなかった。
読みにくい手紙を解読するように目を通すと、やはり昨日の謝罪が書かれていた。
『私のせいでエルド様に恥をかかせてしまい、申し訳ありませんでした。今までご迷惑をかけてしまい、お詫びのしようもございません。それでもエルド様の婚約者としてお傍にいられた日々は、私にとってかけがえのない時間でした。ずっとお慕いしておりました。婚約が白紙になってからも、この気持ちに変わりはありません。どうか、お幸せになって下さい。リアーナ』
──幸せになって下さい、だと?
何を言っているんだ、リアーナ。
いつもだったら『これからも貴方の婚約者として、精一杯励みます』と締め括るのに、どうして急に心変わりしたんだ。
──二度と顔を見せるなと言ったからか……?
たったそんなことで、自分の元から離れるというのか。
エルドは手紙を握り締め、むしゃくしゃして悪態をついた。
激しい怒りと虚しさが同時に襲ってくる。
エルドはすぐに手紙を書いて伯爵家に届けさせた。
自分たちは話す必要がある、と。
だが、一週間、一ヶ月……と過ぎてもエルドはリアーナに会うことができなかった。
手紙すら送られてこなかった。
直接伯爵家に足を運んでもリアーナの体調不良を理由に、屋敷に入ることも許されなかった。
婚約者なのに、なぜ会うことができないんだ。
苛立ちを募らせていると、二人の婚約解消が受理されたと報告を受けた。
なぜ、本人が同意していないのに通ったのか。
その時になってようやく、この婚約解消は最初から決まっていたのだと知った。
いつでも白紙にできる契約の元に成り立った婚約なのだと、気づいた時にはもう遅かった。
十歳の頃だ。
リアーナとの婚約が決まったと伝えられた時、父親から「彼女にはお前から伝えてあげなさい」と背中を押された。
面識のあった彼女に、いざ婚約したことを話すのは照れくさかったが、エルドは気恥ずかしさを押し殺してリアーナに手を差し述べた。
あの時はまだ子供で、女性の外見や中身を細かく気にしたことはなかった。ただ、いつも穏やかな笑みを浮かべて、後ろをとことこ付いてくるリアーナのことは好ましく思っていた。
『婚約者になったら君はぼくを愛するんだ。そしたら、ぼくも……』
すると、リアーナは顔を真っ赤に染め、嬉しそうに頷いてくれた。
その熱がこちらまで移ってしまい、頭がボーッとして彼女の手を握りしめていることに気づいたのはしばらく経ってからだ。
けれど、成長していくにつれ、子供の頃の純粋さがだんだん薄れていった。
多くの人間と付き合うようになり、また社交界にも顔を出すようになってから、エルドはリアーナが貴族令嬢の中でもとくに劣っていることに気づいた。
素朴で良いと思っていた栗色の髪や同色の瞳は国の中でもとくに多い色で、大きくもなく細くもない目に、少し潰れた鼻は美人には程遠かった。
仲良くなかった友人からも「なんであんな女と婚約したんだ?」と、散々からかわれたものだ。
その度に親が決めたと答えるしかなかった。事実、その通りだ。
そうやって周囲から突っつかれる度に、エルドのリアーナに対する態度は変わっていった。
リアーナがこれ以上何も言われないように『慎ましい女に』、そして『愛想を振りまく女になるな』と厳しく言いつけた。
それだけじゃない。
いつも微笑みを絶やさずエルドの隣に立っていたリアーナは、婚約者がいても隙だらけに見えた。
現に、彼女の体目当てで声をかけてきた輩は沢山いた。美人でなく平凡だからこそ、そういう男を引き付けてしまうのだろう。
エルドはリアーナに笑うことを禁じ、自分が呼んだらすぐに来るように伝えた。もちろん他の男と喋ることも駄目だと叱った。
なぜここまでして彼女を守らなければいけないのか。
リアーナが自分と釣り合う女性だったら、そこまで面倒を見てやる必要もなかったんだ。
動きが鈍い上、反応も遅く、彼女を押し付けられたエルドは苛立ちを隠せなかった。
なのに、いくら怒鳴っても、リアーナは一向に変わる様子がなかった。
そして、昨日の出来事が起きた。
父親から婚約の解消を伝えられた後、エルドはふらふらした足取りで部屋に戻ってきた。
これは一体どういうことだ?
当事者を置き去りにして、話がどんどん先に進んでしまっている気がする。
ソファーに腰を下ろすと、読んでいなかったリアーナの手紙がテーブルに置いてあった。
この婚約解消は彼女が望んだことなのか。
手紙を鷲掴みしたエルドは、ペーパーナイフも使わず乱暴に開いた。
……謝罪の手紙だと思っていた。
リアーナは毎回謝ってきては、相応しい女性になると誓いの言葉を記す。
婚約の撤回を誰よりも恐れていたのはリアーナなのだ。
その彼女が自ら婚約の白紙を求めるわけがない。
二つに折られた手紙を開くと、とても貴族令嬢が書いたとは思えない汚い字が現れた。
まるで、文字を習ったばかりの平民のようだ。エルドは何度か直すように注意したが、教育係から書き方を学んでも上達しなかった。
読みにくい手紙を解読するように目を通すと、やはり昨日の謝罪が書かれていた。
『私のせいでエルド様に恥をかかせてしまい、申し訳ありませんでした。今までご迷惑をかけてしまい、お詫びのしようもございません。それでもエルド様の婚約者としてお傍にいられた日々は、私にとってかけがえのない時間でした。ずっとお慕いしておりました。婚約が白紙になってからも、この気持ちに変わりはありません。どうか、お幸せになって下さい。リアーナ』
──幸せになって下さい、だと?
何を言っているんだ、リアーナ。
いつもだったら『これからも貴方の婚約者として、精一杯励みます』と締め括るのに、どうして急に心変わりしたんだ。
──二度と顔を見せるなと言ったからか……?
たったそんなことで、自分の元から離れるというのか。
エルドは手紙を握り締め、むしゃくしゃして悪態をついた。
激しい怒りと虚しさが同時に襲ってくる。
エルドはすぐに手紙を書いて伯爵家に届けさせた。
自分たちは話す必要がある、と。
だが、一週間、一ヶ月……と過ぎてもエルドはリアーナに会うことができなかった。
手紙すら送られてこなかった。
直接伯爵家に足を運んでもリアーナの体調不良を理由に、屋敷に入ることも許されなかった。
婚約者なのに、なぜ会うことができないんだ。
苛立ちを募らせていると、二人の婚約解消が受理されたと報告を受けた。
なぜ、本人が同意していないのに通ったのか。
その時になってようやく、この婚約解消は最初から決まっていたのだと知った。
いつでも白紙にできる契約の元に成り立った婚約なのだと、気づいた時にはもう遅かった。
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