【完結】幻想に酔い痴れる蝶の檻

暮田呉子

文字の大きさ
1 / 5

01

しおりを挟む
「……なん、だと?」

 王宮での仕事を終えて邸宅に帰ってきたメイソンは、青い顔で出迎えた執事より受けた報告に呆然とした。

 ──妻が、死んだ?

 思いもよらない知らせに頭の中が白くなる。ガタガタと震えたメイド長が「ほ、本日の夕食をお持ちした時に…っ」と怯えながら口にした。
 メイソンは唐草色の髪をくしゃりと握り、金色の瞳を閉じた。
 なぜだ。
 どうして、妻は死んだ。
 持病もなく、風邪を引いて寝込んだ以外、病気一つしてこなかった妻が。
 
 なぜ彼女は、別れの言葉すら言わず急死してしまったのか。
 メイソンはふらふらと歩き出し、妻のいる部屋へと向かった。

 
 玄関ホールから遠く離れた彼女の部屋は、頑丈な扉で閉じられている。鍵は自分と執事、それからメイド長が所持し、決して中から開ける事はできない。
 扉を過ぎて続いている廊下を歩けば、目の前に鉄格子が現れる。鉄の棒は壁際から半円を描くように囲まれ、囚人を入れる牢屋というより、大きな鳥籠のようだった。
 窓にも鉄格子がはめられ、ここから逃げ出すことは到底できない。
 メイソンは恐る恐る鉄格子の出入口を開き、月明かりに照らされたベッドに近づいた。

「ソフィア…」

 最後に会った時は変わりなかったのに。
 メイソンはベッドに横たわる妻を見下ろした。胸元で両手を組み、眠っている妻はとても死んでいるようには思えなかった。
 宝石のような青い瞳は閉じられているものの、波打つ金髪は美しいまま保たれている。
 そっと指先を伸ばして妻の頬に触れた。

「…………っ」

 どのぐらい前に息を引き取ったのだろうか。妻の体はすでに冷たくなって死後硬直が進んでいた。
 妻は誰かに看取られることなく、孤独に旅立ったのだ。
 メイソンはその場に跪き、妻の組まれた両手に自らの右手を乗せた。

 ──こんなことなら、迷わずお前の肌に触れておくべきだった。

 三年前に夫婦の誓いを交わした後、メイソンは妻と閨を共にすることはなかった。
 それがいけなかったのだろう。妻の気持ちが他に向いてしまったのは。
 彼女の裏切りは許せるものではなかったが、こんなに早く逝ってしまうと分かっていたら…。
 メイソンは立ち上がり、上着を脱いで妻の体に覆い被さった。
 
「嗚呼、ソフィア。お前まで私を置き去りにするのか…」

 死んでも尚、美しい妻。
 メイソンは乾いた唇にそっと己の唇を重ねた。
 結婚式以来、二度目のそれが別れの口づけになるとは思いもしなかった。
 メイソンは妻の衣類に指を掛け、露になった素肌に触れていきながら、死体となった妻に嗚咽を漏らした。



 子供の頃、屋敷の中庭で綺麗な蝶を見つけた。
 黒に羽根に黄色の模様が入った蝶は、黒髪に黄金色の瞳をした母親を思わせた。
 それを見せたら喜んでくれるかもしれない。
 メイソンは蝶を捕まえて母親の元に持って行った。
 しかし、母親の姿はどこにもいなかった。

 ──今まで一度も屋敷の外へ出たことはないのに。

 仕方なく蝶はクローゼットの中に放ち、母親が帰ってくるまで待つことにした。
 だが、母親は二度とメイソンの前に現れることはなかった。
 父親が帰ってくると、妻がいなくなっていることに酷く取り乱し、手当り次第飾っていた美術品や骨董品を壊して回った。
 今になって思えば、母親は逃げたのだろう。
 あの、鳥籠のような部屋から。
 母親に見せる為に用意していた蝶はクローゼットの中で息絶えて死んでいた。
 メイソンは心の中で、父親のようにはなるまいと誓った。
 一人の女性に執着するから我が身を滅ぼすのだと理解し、大人に成長してからは様々な女性と浮名を流した。 
 まるで、自分が蝶にでもなったように、甘い匂いを漂わせる花の蜜を吸いに転々と渡り歩いた。
 それでも、父親から侯爵の爵位を譲り受けてからは避けて通れないものがあった。
 ──結婚だ。
 あまり乗り気はしなかったが、貴族の義務を果たすためにも条件に合いそうな女性を探すことにした。
 婚姻して一緒になっても、愛を求めてこないような女性を。
 だが、彼は忘れていたのだ。
 自分にもまた、父親と同じ呪われた血が流れているということに…。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

妻の遺品を整理していたら

家紋武範
恋愛
妻の遺品整理。 片づけていくとそこには彼女の名前が記入済みの離婚届があった。

裏切り者

詩織
恋愛
付き合って3年の目の彼に裏切り者扱い。全く理由がわからない。 それでも話はどんどんと進み、私はここから逃げるしかなかった。

結婚前夜、花嫁は静かに笑う

矢野りと
恋愛
番との愛は神聖なもの。何人たりともそれを侵すことなど許されない。 ――美しくも尊い、永遠の愛。 番との愛を優先するのは暗黙の了解。幼子さえ知っている、その不文律を破ろうとする愚か者はいない。 ――というのなら、その愛に従って幸せになってもらいましょう。 ※明るい話ではありませんので、苦手な方はお気をつけください(._.)

〈完結〉遅効性の毒

ごろごろみかん。
ファンタジー
「結婚されても、私は傍にいます。彼が、望むなら」 悲恋に酔う彼女に私は笑った。 そんなに私の立場が欲しいなら譲ってあげる。

婿入り条件はちゃんと確認してください。

もふっとしたクリームパン
恋愛
<あらすじ>ある高位貴族の婚約関係に問題が起きた。両家の話し合いの場で、貴族令嬢は選択を迫ることになり、貴族令息は愛と未来を天秤に懸けられ悩む。答えは出ないまま、時間だけが過ぎていく……そんな話です。*令嬢視点で始まります。*すっきりざまぁではないです。ざまぁになるかは相手の選択次第なのでそこまで話はいきません。その手前で終わります。*突発的に思いついたのを書いたので設定はふんわりです。*カクヨム様にも投稿しています。*本編二話+登場人物紹介+おまけ、で完結。

ミュリエル・ブランシャールはそれでも彼を愛していた

玉菜きゃべつ
恋愛
 確かに愛し合っていた筈なのに、彼は学園を卒業してから私に冷たく当たるようになった。  なんでも、学園で私の悪行が噂されているのだという。勿論心当たりなど無い。 噂などを頭から信じ込むような人では無かったのに、何が彼を変えてしまったのだろう。 私を愛さない人なんか、嫌いになれたら良いのに。何度そう思っても、彼を愛することを辞められなかった。 ある時、遂に彼に婚約解消を迫られた私は、愛する彼に強く抵抗することも出来ずに言われるがまま書類に署名してしまう。私は貴方を愛することを辞められない。でも、もうこの苦しみには耐えられない。 なら、貴方が私の世界からいなくなればいい。◆全6話

【完結】ハーレム構成員とその婚約者

里音
恋愛
わたくしには見目麗しい人気者の婚約者がいます。 彼は婚約者のわたくしに素っ気ない態度です。 そんな彼が途中編入の令嬢を生徒会としてお世話することになりました。 異例の事でその彼女のお世話をしている生徒会は彼女の美貌もあいまって見るからに彼女のハーレム構成員のようだと噂されています。 わたくしの婚約者様も彼女に惹かれているのかもしれません。最近お二人で行動する事も多いのですから。 婚約者が彼女のハーレム構成員だと言われたり、彼は彼女に夢中だと噂されたり、2人っきりなのを遠くから見て嫉妬はするし傷つきはします。でもわたくしは彼が大好きなのです。彼をこんな醜い感情で煩わせたくありません。 なのでわたくしはいつものように笑顔で「お会いできて嬉しいです。」と伝えています。 周りには憐れな、ハーレム構成員の婚約者だと思われていようとも。 ⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎ 話の一コマを切り取るような形にしたかったのですが、終わりがモヤモヤと…力不足です。 コメントは賛否両論受け付けますがメンタル弱いのでお返事はできないかもしれません。

不倫の味

麻実
恋愛
夫に裏切られた妻。彼女は家族を大事にしていて見失っていたものに気付く・・・。

処理中です...