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妻のソフィアと出会ったのは王宮だった。
出会いを求めて頻繁に夜会へ足を運んでいたメイソンは初めて彼女を見かけた。
金髪碧眼に幼さを残した容貌はどの令嬢よりも輝いていた。
しかし、パートナーを共わず、時代遅れのドレスを着て、いつも壁の花になっていた。
その横顔はいつも憂いを帯び、何が彼女を悲しませているのか気になった。
メイソンにとって貴族令嬢一人ぐらい調べるのは造作もなかった。
情報通の貴族や、噂好きの女性、彼らに褒美をちらつかせれば簡単に手に入る。
彼女は元伯爵令嬢だったが、両親を流行病で亡くし、十歳の頃に親戚にあたる子爵家に引き取られることになった。だが、そこにはすでに四人の子供がおり、子爵家自体裕福ではなかった。
だから、あまり見掛けなかったのか。
十六歳のデビュータントの後、着ていくドレスがなかったソフィアは社交界に姿を現すことはなかった。
だが、いつまでも独り身でいさせるわけにもいかず、子爵家は十八歳になったソフィアを夜会に出席させ、結婚相手を見つめるように言いつけているようだ。
メイソンは調べれば調べるほどソフィアのことが頭から離れられなくなった。
これまで多くの女性と付き合ってきたのに、ソフィアだけはどうやって声を掛けてダンスに誘うか悩んだ程だ。
でも、他の男性の手を取ってほしくなかった。
地味なドレスを着ていても、煌びやかなシャンデリアに照らされたソフィアは誰よりも美しく、そして誰よりも光って見えた。
メイソンは覚悟を決め、今日も寂しそうな顔で佇んでいるソフィアに手を差し伸べた。
彼女は戸惑っていたが、口元を僅かに緩ませてメイソンの掌に小さな手を乗せてきた。
瞬間、歓喜で全身が震えた。
彼女を自分だけのものにしたい──。
メイソンは抱き締めたら折れてしまいそうな細い腰を抱き寄せ、初々しいソフィアの反応に胸を踊らせた。
周囲はまた遊びだろうと呆れていたが、メイソンの心はすでに決まっていた。
後日、子爵家に訪問の頼りを送り、自ら足を運んでソフィアと婚約したい意思を伝えた。
子爵家からすれば侯爵直々の頼みに断るどころか、一人でも食い扶持を減らしたかった彼らにとって都合が良かった。おまけに支度金や結婚式の費用まで侯爵家が用意すると言えば泣いて喜んだ。
そうしてソフィアは半年の婚約期間を経てメイソンの元に嫁いできた。
婚約中は二人で様々な場所に足を運んだ。
これまでソフィアが見ずに過ごしてきた美しい景色や光景を、一緒に楽しんだ。
あれほど一人に執着しないと誓ったのに、ソフィアだけは彼女の全てが欲しいと思った。渇望に似たそれは、メイソンの心に侵食して蝕んでいった。
結婚してようやく夫婦になった二人は、誓いを立てて初めての口付けを交わした。
柔らかな唇が押し当てられ、胸がいっぱいになる。
彼女と過ごす初夜はきっと素晴らしいだろうと期待した。
しかし、ベッドで組み敷いた彼女の怯えた顔に、サー…っと熱が冷えていくのを感じた。
メイソンは抱くのをやめ、小刻みに震えるソフィアを宥めた。
経験豊富な自分に比べて彼女は初めてなのだ。
今頃になって、他の女性と思い思いに過ごしてきた自分が恥ずかしくなる。
こんな穢れた手で愛するソフィアを抱こうとしたのか。
メイソンは何度もソフィアに謝り、その日から彼女に触れることを極力控えるようになった。
けれど、ソフィアに対する愛が消えたわけじゃない。
むしろ日に日に愛情は深くなり、ソフィアに露出の少ないドレスを着るように命じ、外に連れ出すのも減らした。
自分以外の誰かが純潔の彼女に近づき、傷つけられることを恐れたのだ。
だが、夫婦として成り立っていなかった関係が悪かったのか、メイソンの思いとは裏腹に、ソフィアは夫を裏切った。
「ソフィア…?」
それは侍女長の報告だった。
ソフィアが二月に一度、平民のような服装で街に出掛け、見知らぬ男性と会っていると知らされた。
もちろん最初は信じなかった。
この目で見るまでは。
彼女が浮気などする筈がない──と、思いたかったのに、旅装束の格好をした青年と会っているソフィアがいた。
尾行をして彼女の疑いを晴らそうとしたのに、更に疑惑を深めることになった。
その日の夕食時、メイソンはソフィアに訊ねた。
今日はどこに出掛けて、誰と会っていたのかと。
すると、ソフィアは宝石店と服飾店に行って誰とも出会わなかったと答えた。
彼女は明らかに嘘をついた。
メイソンは言い様のない怒りが込み上げ、ソフィアに再び問いただした。
街で君を見掛け、男と会っていた姿を見たと。
ソフィアは顔色を悪くしたが、決して青年の素性を明かそうとはしなかった。
……嘘をついても良かったんだ。
青年は弟だったとか、昔の友人だったとか。
それなのに、ソフィアは己の軽率な行動だけ謝罪し、青年に対してだけは弁解しなかった。
彼女の心も全部自分だけのものだと思っていたのに。
メイソンはソフィアの手を掴み、侯爵家で最も奥にある部屋へと連れて行った。
「…旦那様、これは…」
彼女は足を踏み入れた部屋に声を震わせた。
メイソンは鉄格子を開いて、ソフィアをその中に突き飛ばした。
「私の全ては君のものだ。そして君も、私のものになるまでここで過ごすといい」
「そ、そんな…! 旦那様、お待ち下さい! こんな仕打ち…っ」
床に倒れ込んだソフィアは鉄格子を挟んで見下ろしてくるメイソンに必死で訴えた。
だが、メイソンは出入口を閉じてソフィアを閉じ込めた。
泣きながら助けを求めてくるソフィアの声は、これまでの中で一番切なく、そして一番興奮を覚えた。
嗚呼、だから父親は母親を同じように閉じ込めたのか。
今なら父親の気持ちが分かった気がした。
出会いを求めて頻繁に夜会へ足を運んでいたメイソンは初めて彼女を見かけた。
金髪碧眼に幼さを残した容貌はどの令嬢よりも輝いていた。
しかし、パートナーを共わず、時代遅れのドレスを着て、いつも壁の花になっていた。
その横顔はいつも憂いを帯び、何が彼女を悲しませているのか気になった。
メイソンにとって貴族令嬢一人ぐらい調べるのは造作もなかった。
情報通の貴族や、噂好きの女性、彼らに褒美をちらつかせれば簡単に手に入る。
彼女は元伯爵令嬢だったが、両親を流行病で亡くし、十歳の頃に親戚にあたる子爵家に引き取られることになった。だが、そこにはすでに四人の子供がおり、子爵家自体裕福ではなかった。
だから、あまり見掛けなかったのか。
十六歳のデビュータントの後、着ていくドレスがなかったソフィアは社交界に姿を現すことはなかった。
だが、いつまでも独り身でいさせるわけにもいかず、子爵家は十八歳になったソフィアを夜会に出席させ、結婚相手を見つめるように言いつけているようだ。
メイソンは調べれば調べるほどソフィアのことが頭から離れられなくなった。
これまで多くの女性と付き合ってきたのに、ソフィアだけはどうやって声を掛けてダンスに誘うか悩んだ程だ。
でも、他の男性の手を取ってほしくなかった。
地味なドレスを着ていても、煌びやかなシャンデリアに照らされたソフィアは誰よりも美しく、そして誰よりも光って見えた。
メイソンは覚悟を決め、今日も寂しそうな顔で佇んでいるソフィアに手を差し伸べた。
彼女は戸惑っていたが、口元を僅かに緩ませてメイソンの掌に小さな手を乗せてきた。
瞬間、歓喜で全身が震えた。
彼女を自分だけのものにしたい──。
メイソンは抱き締めたら折れてしまいそうな細い腰を抱き寄せ、初々しいソフィアの反応に胸を踊らせた。
周囲はまた遊びだろうと呆れていたが、メイソンの心はすでに決まっていた。
後日、子爵家に訪問の頼りを送り、自ら足を運んでソフィアと婚約したい意思を伝えた。
子爵家からすれば侯爵直々の頼みに断るどころか、一人でも食い扶持を減らしたかった彼らにとって都合が良かった。おまけに支度金や結婚式の費用まで侯爵家が用意すると言えば泣いて喜んだ。
そうしてソフィアは半年の婚約期間を経てメイソンの元に嫁いできた。
婚約中は二人で様々な場所に足を運んだ。
これまでソフィアが見ずに過ごしてきた美しい景色や光景を、一緒に楽しんだ。
あれほど一人に執着しないと誓ったのに、ソフィアだけは彼女の全てが欲しいと思った。渇望に似たそれは、メイソンの心に侵食して蝕んでいった。
結婚してようやく夫婦になった二人は、誓いを立てて初めての口付けを交わした。
柔らかな唇が押し当てられ、胸がいっぱいになる。
彼女と過ごす初夜はきっと素晴らしいだろうと期待した。
しかし、ベッドで組み敷いた彼女の怯えた顔に、サー…っと熱が冷えていくのを感じた。
メイソンは抱くのをやめ、小刻みに震えるソフィアを宥めた。
経験豊富な自分に比べて彼女は初めてなのだ。
今頃になって、他の女性と思い思いに過ごしてきた自分が恥ずかしくなる。
こんな穢れた手で愛するソフィアを抱こうとしたのか。
メイソンは何度もソフィアに謝り、その日から彼女に触れることを極力控えるようになった。
けれど、ソフィアに対する愛が消えたわけじゃない。
むしろ日に日に愛情は深くなり、ソフィアに露出の少ないドレスを着るように命じ、外に連れ出すのも減らした。
自分以外の誰かが純潔の彼女に近づき、傷つけられることを恐れたのだ。
だが、夫婦として成り立っていなかった関係が悪かったのか、メイソンの思いとは裏腹に、ソフィアは夫を裏切った。
「ソフィア…?」
それは侍女長の報告だった。
ソフィアが二月に一度、平民のような服装で街に出掛け、見知らぬ男性と会っていると知らされた。
もちろん最初は信じなかった。
この目で見るまでは。
彼女が浮気などする筈がない──と、思いたかったのに、旅装束の格好をした青年と会っているソフィアがいた。
尾行をして彼女の疑いを晴らそうとしたのに、更に疑惑を深めることになった。
その日の夕食時、メイソンはソフィアに訊ねた。
今日はどこに出掛けて、誰と会っていたのかと。
すると、ソフィアは宝石店と服飾店に行って誰とも出会わなかったと答えた。
彼女は明らかに嘘をついた。
メイソンは言い様のない怒りが込み上げ、ソフィアに再び問いただした。
街で君を見掛け、男と会っていた姿を見たと。
ソフィアは顔色を悪くしたが、決して青年の素性を明かそうとはしなかった。
……嘘をついても良かったんだ。
青年は弟だったとか、昔の友人だったとか。
それなのに、ソフィアは己の軽率な行動だけ謝罪し、青年に対してだけは弁解しなかった。
彼女の心も全部自分だけのものだと思っていたのに。
メイソンはソフィアの手を掴み、侯爵家で最も奥にある部屋へと連れて行った。
「…旦那様、これは…」
彼女は足を踏み入れた部屋に声を震わせた。
メイソンは鉄格子を開いて、ソフィアをその中に突き飛ばした。
「私の全ては君のものだ。そして君も、私のものになるまでここで過ごすといい」
「そ、そんな…! 旦那様、お待ち下さい! こんな仕打ち…っ」
床に倒れ込んだソフィアは鉄格子を挟んで見下ろしてくるメイソンに必死で訴えた。
だが、メイソンは出入口を閉じてソフィアを閉じ込めた。
泣きながら助けを求めてくるソフィアの声は、これまでの中で一番切なく、そして一番興奮を覚えた。
嗚呼、だから父親は母親を同じように閉じ込めたのか。
今なら父親の気持ちが分かった気がした。
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