【完結】幻想に酔い痴れる蝶の檻

暮田呉子

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 フィオナと名乗った彼女は、ソフィアと瓜二つの顔で「ソフィアの妹です」と教えてくれた。
 一昔、この国では双子の誕生は家に災いを呼び寄せると伝えられてきた。
 伯爵家の娘として生まれてきた彼女達は、生まれて間もなく離れ離れにさせられたと言う。
 妹のフィオナは母方の実家であった隣国の伯爵家に預けられ、そこで育てられることになった。
 どちらも何不自由なく暮らしてきたが、ソフィアの方は両親を失い、子爵家に引き取られた。
 知らせを受けたフィオナだったが、双子の姉妹がいることは一部の人間しか知らなかった。
 そこで彼女達は信用できる従者を使い、手紙のやり取りを始めた。
 会うことはできなかったが、長く続く手紙は彼女達の絆を一層深めたという。

「ソフィアは、貴方と一緒になることをとても嬉しそうに書いておりましたの」
「……ソフィアが」

 隣国の皇太子妃とあって会場では挨拶程度に終わってしまったが、彼女の方から後日屋敷に伺いと言われた。
 やはりソフィアに似ていて、妻が戻ってきたような錯覚に陥る。
 しかし、相手は他国の皇太子妃だ。
 触れることすらできない相手に、メイソンは拳を握りしめた。
 フィオナは最後の肉親を失い、また自分の半身である姉の死に居ても経ってもいられず、今回の訪問を決意したと言った。
 そして、ソフィアの遺品を一部引き取れないかと言ってきたのである。
 メイソンは誰にも渡すつもりはなかったが、フィオナという双子の姉妹の存在を知った今、彼女にならと頷いた。
 パーティーから二日後、フィオナは護衛二人と侍女を引き連れてメイソンの屋敷に現れた。

「立場上、物々しくなってしまってごめんなさいね」
「いいえ…貴方が来てくださって妻も喜んでいるでしょう」

 本当は生きている間に会いたかっただろう。
 メイソンはソフィアの部屋に彼女を案内した。
 使用人たちは亡くなったソフィアと同じ顔をしたフィオナに驚き、侍女長は腰を抜かしていた。
 ──無理もない。
 誰もソフィアに双子の妹がいたなど、知らなかったのだから。
 メイソンでさえ。
 彼女のことはくまなく調べたつもりだったのに、伯爵家から子爵家に引き取られたことで情報が遡れなかったのだろう。
 知っていたら…。

「ここがソフィアの部屋ですね」
「ええ、そのままにしております」

 ソフィアはメイソンの執務室と寝室を挟んだ、代々侯爵家の女主人が使ってきた部屋を使っていた。
 あの部屋に閉じ込める前までは。
 フィオナは護衛を廊下に待機させ、扉を開けたまま一人で室内に入った。
 この二日の間に隅々まで掃除をするように命じてたおかげで綺麗だ。
 姉の部屋に足を踏み入れたフィオナはゆっくりとした歩みで室内を歩き回った。
 
 ──嗚呼、本当にソフィアがいるようだ。

 初めてこの部屋に彼女を案内した時が嫌でも蘇ってくる。
 テーブルをなぞって確かめる仕草や窓から外を眺める横顔も。
 全てがソフィアのままだった。

「侯爵、ソフィアは幸せでしたか……?」

 窓から視線を外して振り返ってきたフィオナがメイソンを見つめて訊ねてきた。
 その目に、胸が鷲掴みされたようだ。
 幸せだったか?
 なぜ、そんなことを訊ねられたのか、一瞬だけ躊躇する。

「──私は彼女を妻に迎えられて、幸せでした。ソフィアは…」

 きっと幸せだった筈だ。
 他の男に心を奪われて裏切るようなことをしなければ。

「二年前からソフィアからの手紙が届かなくなり、わたくしの騎士が何度もこの国に足を運びました。ソフィアの身に何かあったのだろうと…」
「…………」
「ですが、わたしくはすでに皇太子妃となり身動きが取れず、そんな時にソフィアの訃報を知らされたのです」

 フィオナは悔やみきれないといった様子で唇を噛んだ。
 苦痛に耐える表情に、メイソンは胸のあたりがざわついた。
 違うと分かっていても、愛した妻と同じ血が流れた双子の妹だ。
 唇を震わせて涙を堪える姿も彼女にそっくりだ。
 すると、フィオナは廊下に待機していた騎士の一人を部屋に呼んだ。

「…彼が、わたくし達の手紙を運んでいた騎士ですわ」
「────」

 足音一つ立てずやって来た騎士には見覚えがあった。
 彼は、ソフィアと一緒にいた青年だった。

「ソフィアのことは彼から話を聞かされてました。侯爵家で、とても幸せに暮らしていると。貴方のことを心からお慕いしていると」
「そ、そんな……ソフィアは、彼のことは何も…手紙のことも」
「双子の生まれを良しとしないこの国では貴方にも話すことができなかったのでしょう。皇太子妃になったわたくしにも迷惑をかけまいと…」

 ソフィアが口を割らなかったのは、隣国にいる妹の存在を守る為だったのか。
 青年のことを言えば、必然的にフィオナのことも話さなければいけなくなる。
 彼女は裏切っていなかった。
 双子の姉妹を大切にするのは、当たり前じゃないか…。
 メイソンは愕然として自分の行いが如何に間違っていたのか、指先まで冷たくなった。

「それじゃ、私は…っ」
「ソフィアを娶ってくださり感謝致します。最後まで…」
「違う…、違うんですっ、私はソフィアを…!」

 ソフィアを鉄格子のついた部屋に閉じ込めて、一人きりで死なせてしまった。
 そんなこと望んでいなかったのに。
 メイソンはふらっと足を出してフィオナに近づいた。

「フィオナ様……いや、ソフィア…私は」
「侯爵、それ以上はいけません。お下がりください」

 手を伸ばしてフィオナに触れようとしたとき、騎士の青年がメイソンの手首を掴んだ。
 彼さえ妻といるところを見なければ。
 ──勘違いせずに済んだのに。
 メイソンは青年の手を振り払い、声を荒らげた。

「黙れっ! 私が妻に触れて何が悪い! お前が、お前さえいなければ…!」
「侯爵っ!」

 騒ぎを聞きつけてもう一人の護衛も入ってきてメイソンを取り押さえた。
 メイソンは床に押し付けられながらも、フィオナに向かって手を伸ばした。
 自責の念に駆られて涙が溢れ出す。
 愛する妻を取り戻すことができたら、今後こそ彼女だけを信じて生きるだろう。
 今、目の前にいるフィオナならソフィアになれる。
 もう一度あの幸せだった瞬間に巻き戻ることができる。
 だが、メイソンが動けない間に、誰が呼んだのか警備隊が駆けつけた。
 大声を上げて暴れるメイソンは警備隊に引き渡され、フィオナの前から引きずられるようにして屋敷から連れ出された。


 侯爵家の屋敷を後にしたフィオナは、待機していた馬車に乗り込んだ。
 完全に扉が閉まるのを確認して顔を上げる。

「やあ、役目は果たせたかな?」
「皇太子殿下…」

 目の前に座っていた夫に、フィオナはそっと目を伏せた。
 今になって恐怖で手が震え出す。
 それに気づいた皇太子が怯える妻の手に、自らの手を重ねた。

「──君は良くやった、ソフィア」
「……っ」

 本当の名を呼ばれて、フィオナになっていたソフィアは顔を持ち上げた。
 見つめた皇太子の目は優しかったが、彼もまた同じく寂しさとやるせなさが瞳の奥に広がっていた。

「これはフィオナ自ら願ったことだ。ソフィア、あまり気を落とさないでくれ」
「ですが…っ、あの子をあのような場所で、死なせて…っ」
 
 彼女は紛れもなくソフィアだった。
 そしてソフィアの代わりに亡くなったのは、ソフィアを名乗ったフィオナの方だった。
 フィオナは体が弱く、皇太子妃に選ばれてからも子供が成せるか分からない体に悩んでいた。
 そんな時、双子の姉であるソフィアからの手紙が途絶え、彼女は秘密裏に調査を始めた。
 そこでソフィアが侯爵家の屋敷で監禁されていることを知った。
 彼女は双子の姉を救うため、皇太子の協力を得て、信頼できる護衛と共に国境を越えてきた。
 侍女に変装してソフィアに食事を運んできたフィオナに、ソフィアは驚いた。自分とまったくそっくりの顔が目の前に現れたのだ。
 二人はようやく会えた姉妹に抱き合い、目を潤ませた。
 しかし、彼女たちに残された時間は少なかった。フィオナは着ていた服を脱ぎ、自分と入れ替わるように説明してきた。
 自分だけが逃げてフィオナが身代わりになるなど、とても受け入れられなかったソフィアは、けれどフィオナの残り少ない命の時間を知らされて息を呑んだ。
 彼女は夫の皇太子にも伝えてあると微笑み、ソフィアを廊下に突き飛ばして鉄格子のドアを自ら閉じてしまった。
 あの時、もっと他に方法があったら、冷たくて暗い場所で死なせずに済んだのに。
 ソフィアは待機していた護衛に連れられ、隣国に脱出した。
 やっと会えた双子の妹を残して。
 隣国に足を踏み入れた瞬間から、ソフィアはフィオナとなり、フィオナの代わりに皇太子妃となった。
 皇太子がフィオナを大切にしていたことは知っている。
 だからこそ、よけい大事なものを失った二人の悲しみは人一倍深かった。
 それでも表面は何事もないように、二人は仲の良い夫婦を演じなければいけなかった。
 一方、彼らは復讐する機会を静かに伺っていたのだ。

「……あとはお願いしますわ」
「仰せのままに、我が妃」

 王宮に連行されたメイソンはしばらく牢屋に入れられていたが、皇太子から「外交にも関わるから今回のことは大事にしたくはない」と先触れがあり、メイソンは皇太子が国を離れた後に解放された。

 牢屋から出されたメイソンは一気に老け込み、社交界で多くの女性と浮名を流していた彼とは思えなかった。
 屋敷に戻ってきた彼は突然、屋敷にいた使用人を全員解雇にした。
 路頭に迷う使用人もいただろうが、全てを失ったメイソンに他人を気にする余裕はなかった。
 その日の深夜、侯爵家から火の手が上がり、瞬く間に屋敷は業火の炎に包まれた。
 屋敷に火を放ったのは侯爵本人だろうと言われたが、定かではない。
 焼け跡から一つの遺体が出てきた。
 両手は後ろに固定され、殺人の疑いもあったが、王家は調査を打ち切るように命じた。
 メイソンの死は瞬く間に広まった。

 それからしばらく、不思議なことに少女の失踪事件や、娼婦の殺人事件は激変した。
 数十年後、火事で廃墟となった屋敷から女性の白骨死体が大量に出てきたことから、世間では大きな騒ぎになった。
 屋敷の持ち主だった侯爵夫妻がそれぞれ謎の死を遂げたことで、いくつかの憶測が飛び交った。
 だが、真相は解明されないまま、檻の部屋だけが朽ちることなく残っていた。





【END】
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