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「最近、こういうの増えてきたわねぇ」
大画面のテレビに、近頃話題になっている男性同士の恋愛ドラマが映し出される。
俺はいたたまれなくなってチャンネルを変えた。こういうのが増えてきたから凪も影響受けちゃったのね。きっとそうよ。そう言いたげな母親の表情が胸に暗い影を落とす。
「母さん、明日からしばらく広島行くから」
「また? 期末試験は終わったの?」
「終わったよ。もう夏休みだから」
「あんた、ずっとフラフラしてるけど単位落としたらただじゃおかないわよ。学費出してあげてるの誰だと思ってるの」
「落とさないよ」
単位なんて落とすわけがない。何があっても留年するわけにはいかないのだ。
早く颯太郎くんに会いたい。毎日会いたい。俺はつくづく遠距離恋愛に向いていない。
彼に出会ってから一年が過ぎようとしている。その大半は離れて暮らしているけれど、一日だって彼のことを考えない日はなかった。
この夏休みは彼の家に泊めてもらえることになっていた。退院して初めて会える。嬉しすぎてここ数日は電話もできなかった。
スマホを手に持って、明日はよろしく、とメッセージを入力する。
それを送信しようとした瞬間、画面が切り替わって電話の着信を伝えた。
颯太郎くんの、お母さんからだった。
「もしもし──」
『もしもし凪くん? 颯太郎が──』
翌日、尾道駅の改札を出た瞬間に、俺は大きな荷物を抱えたまま駆け出した。
息が切れる。
ビュンビュンと前から後ろへ流れゆく景色はもうとっくに見慣れてしまったはずなのに、今回ばかりはまるで知らない町のように見える。
ゼエゼエと息を切らしながら病院のロビーに飛び込んだ。
ただ事ではない俺の様子に、ロビーにいた患者さんたちが一斉にこちらを振り向いた。
「あの……っ、古賀颯太郎さんに会いたいんですが!」
受付の女性は俺を落ち着かせながら病室に案内してくれる。彼女ともすっかり顔見知りになっていた。
「颯太郎くんっ!」
「凪!」
ベッドの上から彼がこちらを向いた。
すぐそばには彼のお母さんも座っている。
俺はフラフラとベッドへと近寄った。
「凪……」
颯太郎くんが身を乗り出して背中を撫でてくれる。
「凪、走ってきてくれたの」
「だって颯太郎くんが緊急入院だって……」
「もー、大袈裟すぎるんだよ母さんは。凪に謝ってよ」
振り向くと、彼のお母さんが申し訳なさそうな目でこちらを見つめている。
「私も気が動転していたの。ごめんなさいね凪くん」
「……へ?」
「凪くん、ここ座っててちょうだい。私何か飲み物買ってくるから」
そう言って病室を出ていった彼女を見送って、俺は再び颯太郎くんに向き直る。
「……どういうこと?」
「だから、ただの夏風邪だって。ちょっと熱が上がっただけ。俺免疫力落ちてるから様子見で入院ってことになったんだよ。この調子だと明日には退院できるみたいだし」
「か、かぜ…………」
俺はばたりとベッドに突っ伏した。
「もー。可哀想な凪。こんな炎天下の中走って、熱中症になったらどうすんの」
「…………怖かった」
「……うん。ごめんね、凪」
「よかった、無事でよかった」
「……ありがと」
ずっと鼻をすする音が聞こえてきた。
顔を上げると、颯太郎くんはふいと顔を逸らして目元をゴシゴシと擦る。
そうこうしているうちに彼のお母さんが戻ってきた。買ってきてくれたスポーツドリンクをありがたく頂戴して、ゴクゴクと喉を潤す。
一気に飲み終えて再び彼の顔を見た。
彼はふっと笑顔になる。
「ありがとね、凪」
胸がジンと温かくなって、俺も笑顔で頷いた。
大画面のテレビに、近頃話題になっている男性同士の恋愛ドラマが映し出される。
俺はいたたまれなくなってチャンネルを変えた。こういうのが増えてきたから凪も影響受けちゃったのね。きっとそうよ。そう言いたげな母親の表情が胸に暗い影を落とす。
「母さん、明日からしばらく広島行くから」
「また? 期末試験は終わったの?」
「終わったよ。もう夏休みだから」
「あんた、ずっとフラフラしてるけど単位落としたらただじゃおかないわよ。学費出してあげてるの誰だと思ってるの」
「落とさないよ」
単位なんて落とすわけがない。何があっても留年するわけにはいかないのだ。
早く颯太郎くんに会いたい。毎日会いたい。俺はつくづく遠距離恋愛に向いていない。
彼に出会ってから一年が過ぎようとしている。その大半は離れて暮らしているけれど、一日だって彼のことを考えない日はなかった。
この夏休みは彼の家に泊めてもらえることになっていた。退院して初めて会える。嬉しすぎてここ数日は電話もできなかった。
スマホを手に持って、明日はよろしく、とメッセージを入力する。
それを送信しようとした瞬間、画面が切り替わって電話の着信を伝えた。
颯太郎くんの、お母さんからだった。
「もしもし──」
『もしもし凪くん? 颯太郎が──』
翌日、尾道駅の改札を出た瞬間に、俺は大きな荷物を抱えたまま駆け出した。
息が切れる。
ビュンビュンと前から後ろへ流れゆく景色はもうとっくに見慣れてしまったはずなのに、今回ばかりはまるで知らない町のように見える。
ゼエゼエと息を切らしながら病院のロビーに飛び込んだ。
ただ事ではない俺の様子に、ロビーにいた患者さんたちが一斉にこちらを振り向いた。
「あの……っ、古賀颯太郎さんに会いたいんですが!」
受付の女性は俺を落ち着かせながら病室に案内してくれる。彼女ともすっかり顔見知りになっていた。
「颯太郎くんっ!」
「凪!」
ベッドの上から彼がこちらを向いた。
すぐそばには彼のお母さんも座っている。
俺はフラフラとベッドへと近寄った。
「凪……」
颯太郎くんが身を乗り出して背中を撫でてくれる。
「凪、走ってきてくれたの」
「だって颯太郎くんが緊急入院だって……」
「もー、大袈裟すぎるんだよ母さんは。凪に謝ってよ」
振り向くと、彼のお母さんが申し訳なさそうな目でこちらを見つめている。
「私も気が動転していたの。ごめんなさいね凪くん」
「……へ?」
「凪くん、ここ座っててちょうだい。私何か飲み物買ってくるから」
そう言って病室を出ていった彼女を見送って、俺は再び颯太郎くんに向き直る。
「……どういうこと?」
「だから、ただの夏風邪だって。ちょっと熱が上がっただけ。俺免疫力落ちてるから様子見で入院ってことになったんだよ。この調子だと明日には退院できるみたいだし」
「か、かぜ…………」
俺はばたりとベッドに突っ伏した。
「もー。可哀想な凪。こんな炎天下の中走って、熱中症になったらどうすんの」
「…………怖かった」
「……うん。ごめんね、凪」
「よかった、無事でよかった」
「……ありがと」
ずっと鼻をすする音が聞こえてきた。
顔を上げると、颯太郎くんはふいと顔を逸らして目元をゴシゴシと擦る。
そうこうしているうちに彼のお母さんが戻ってきた。買ってきてくれたスポーツドリンクをありがたく頂戴して、ゴクゴクと喉を潤す。
一気に飲み終えて再び彼の顔を見た。
彼はふっと笑顔になる。
「ありがとね、凪」
胸がジンと温かくなって、俺も笑顔で頷いた。
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