恋は潮騒のように

梅咲あすか

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 翌日。俺は退院する颯太郎くんを迎えに行って、そのまま彼の家にお邪魔させてもらうことになった。

 やばい、めちゃくちゃドキドキしてる、俺。
 俺の隣を颯太郎くんがニコニコ歩いていること自体が奇跡みたいなものなのに、思いが通じて初めてのお泊まりだ。それも、一年ぶり。

 夕食は彼のお母さんが用意してくれていた。食事の席にはお父さんと中学生の妹さんも並ぶ。それから飼い猫のミミちゃん。みんな颯太郎くんの退院を家族水入らずでお祝いしたいはずなのに、俺みたいな部外者が混じって申し訳ないような気持ちでいると、突如お父さんから頭を下げられた。

「凪くん。颯太郎をよろしくお願いします」

 うやうやしく頭を下げる彼にワタワタと慌てていると、今度は妹さんにぐいと手を引っ張られた。

「凪さん。お兄ちゃんのどこを好きになったんですか?」

 キラキラと目を輝かせる彼女に俺は思わず赤面する。

「ど、どこって」
「俺も聞きたいなぁ」

 今度は反対側の手に颯太郎くんが腕を回してきたので、俺は更に赤くなってしまった。

「え、えっと」

 四人分、八つの目が俺の顔に向けられる。

「……行動力があって、逞しくて優しくて、飄々としてるのに自分軸があってブレないところに憧れます。それから綺麗で涼しげな見た目が好きです。あと……笑顔が、めちゃくちゃ可愛い」

 バシッと颯太郎くんに左肩を叩かれた。
 振り向くと、彼は真っ赤になった顔を覆い、その隙間からこちらを睨んでいる。

「そこまで言う!?」
「え、だって……」
「テキトーに流してよ!」
「ごめん、だって、本当のことだし」

 颯太郎くんだって聞きたいと言っていたじゃないか。
 見れば、妹さんはいっそう目をキラキラさせてきゃあきゃあとはしゃいでいる。

「やばっ、やばすぎ! ねぇねぇお兄ちゃん。凪さんの言葉聞いてどう思った? 嬉しかった? ねぇ嬉しかった?」
「お前うるさっ! ………………嬉しかった」

 妹さんはいっそう騒ぎ立てる。
 颯太郎くんは珍しく耳まで真っ赤にして黙々とご飯を食べ進めている。
 そんな俺たちを見て、ご両親はニコニコと微笑んだ。

 大事な家族に同性の恋人がいると知って、こうも容易く受け入れてもらえる世界があるとは思わなかった。

 ──いや、違うな。
 きっと、ここまでくるのにたくさんの葛藤があった。家族の中でも、もちろん、颯太郎自身の中でも。
 彼らはそれを乗り越えて、ここまでたどり着いたのだ。だからこそ、俺が温かく受け止めてもらえる今がある。

 ふと母さんの顔を思い浮かべた。
 俺は今までずっと逃げてきたのだ。家族と向き合うこと、それから俺自身の気持ちと向き合うこと。
 傷つきたくないばかりにずっと避けていたそれらに、俺は今一度、正面から向き合う必要がある。
 他でもない、颯太郎くんとの未来のため。
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