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人生山あり谷ありビアンあり

あぁ愛しの私の彼女

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 『ロキ』。女性、クール系の中性ハーフ美女。上質なユーモアがあり知性を愛するトリリンガルのガイ専(外国人専門で恋愛をする)バーテンダーで、彼女にガチ恋しては高いハードルの前に敗れ去っていったレズビアンは数知れず。
 やっと付き合えたと思っても、彼女の心からの愛を獲得できず国に帰った外国人美女も数知れず。中にはモデルや有名アーティストまで存在するというのだからその魅力は折り紙付きである。
自ら他人を愛することはほとんどなく、告白をすることもなく、外国人美女であれば告白を受け入れることはあるが、相手を心から愛せずに手放すのも早い。

 私、ノアもそんなロキに一目惚れをした身の程を弁えない日本人女性の1人で、危うい綱渡りの末に彼女との交際という奇跡の結果にたどり着いた。出会いから交際までのドラマのような日々は後ほど記述するとして、私は現在いまの彼女の魅力をここに遺したい。
 私の彼女は美しくて聡明で優しくて私の前でだけーーーよく赤子になバブる。

 正真正銘赤子だ。赤子なのだ。読解不能な未知の言語を発することもあれば、構ってもらえないことに癇癪を起こすことも、乾燥してむけた唇の皮をプレゼントしてくることもある(もちろんありがたくいただいてゴミ箱へと運ぶ)。
かと思えば、聞き間違いが全て下ネタに誘導されたり、それっぽい単語が全て乳首やお尻、その他卑猥な言葉に変換される中学生男子のような一面を何の躊躇いもなく晒してきたりする。
 そしてそれらが……とてつもなく可愛いのだ。愛故だろう。今までロキと交際してきた恋人たちは知らない一面を見ている高揚感もあるだろう。だがしかし何より油断しきった血統書付きロシアンブルーが腹を出してこちらを見ているような表情が可愛すぎるのだ。
この生物は何なのだろうか。卑猥な天使か?そうなのか?神様は私にちょっと特殊形態の天使を授けたもうたか。そうかそうか。

 バブり始めたのは忘れもしない交際1ヶ月半を過ぎたあの夜だ。
「やだ!!ヤダヤダ帰る帰る帰る!!おうちに帰る!!!!」
ロキが癇癪を起こして涙目になっているその場所は、私と彼女の出会いの場でもある新宿2丁目のミックスバー(女性も男性も入ることのできるゲイバー)のトイレだ。
「そうだね、帰ろうね。帰るから1回トイレから出ようか?」
「もう飲めない!!帰る!」
 クールを気取ってはいるものの、最近何か甘えたがりなことが多いように感じてはいた。……いや、よく考えたら最初から甘えたがりだったかもしれない。ミックスバーで会ってもいつも仕事で疲れて寝ているか、みんなと談笑しているかだったのに、友人関係が深くなると同時になぜか私にだけキスもハグも膝枕もよくねだってきていたし、私の家に遊びに来た時は何かとかっこよさげな理由をつけて、耳かきをしてもらいたがったりしていたような気がする。
 兎にも角にも、子供の頃から自分より小さい子の面倒を見ることが多かった私のスイッチが咄嗟にオンになり、よろける彼女を小脇に抱えながら無意識に話しかけた。
「うん、とりあえず扉を開けるよ。ふたりだ~か~ら~、とびらあ~け~て~だよ?アナ雪だよ?」
「ここにいる……。」
「そっか、ロキちゃんはここにいたいんだねぇ。じゃあ、おかばん取ってくるからその間に出ようね?」
「うん……。」
 その日は行きつけだったミックスバーで行われた彼女の誕生日会で、止まらない祝い酒に、集まった人たちと日本酒1升にシャンパン3本、鏡月や吉四六を何本か飲み干した後だった。
 トイレの扉を開けて急いで荷物を取って振り向くと、そこには少し疲れた表情ながらも、いつものすまし顔で笑いながらみんなに帰ることを告げる彼女が。
さっきの駄々っ子はどこへ行った……??私は幻聴を聞いていたのか?酔いが回っている?

 自分を疑いながら仲通りに列を成すタクシーの1つに乗り込み、行き先にロキと同棲する家の住所を伝えていると、太ももに重みを感じた。視線を下へ向けると頭を預けてえへえへとニヤけているロキの姿が。
「かえる?おうちかえるの?やったねえ!んふふふ」
もはや言葉が全て平仮名で聞こえる。やはり彼女はバブっていた。タクシーには遠方から来てくれたため帰れなくなり、我が家に泊める事になった彼女の親友も同乗していたが、視界に入っていないようだ。
「ちゃんノア~、太ももふわふわだね~、おっぱいみたいで気持ちいいね~、んふふふ」
 笑いを堪えきれず吹き出すロキの親友。しばし固まる私。無言で出発するタクシー。
深夜3時のタクシーの中でバブった彼女と笑ったり呆れたりからかったりと忙しい友人を両脇にして、今までの違和感がパズルのピースがはまっていくように整理されていくのを感じていた。

「冷たい水をください、できたら愛してください……。」

 帰ってから脇目も振らずにベッドにダイブして眠りこけた5時間後、突然身を起こして私に発した最初の言葉だった。
帰りがけからタクシーの中の記憶をすっかりそのまま失くしていたが、確かにこの日を境に、私の彼女がシックな美形ツンツン女子から、愛しい天然系聞き間違いバブへと変わったのだった。
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