テンセイミナゴロシ

アリストキクニ

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第0章

0-5 ケルタス様

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 地下への階段を最後まで降りると、そこからは長いまっすぐな通路になっていた。周囲の兵士に話を聞くと、これは郊外までつながっているらしい。その途中途中には空気穴が開けられており、一定間隔で照明も取り付けてあったため問題なく歩くことができた。
 しばらく歩いていくと急に大きな空間が現れ、たくさんの人がそこで身を寄せ合っていた。どうやらここは防空壕を兼ねた避難所のようで、先ほどの倉庫にもあった食料などと同じものがここにも置いてあるようだ。
「随分としっかりした備えがあるのですね」
 兵士に尋ねる。
「ええ、ケル・タス様のおっしゃった通りでした。あの方には皆もう何度命を救われたことか」
 彼がそう言うと周囲の人たちも皆「ありがたや、ありがたや」と手を合わせ空を拝む。
「ケル・タス様というのは?」
 僕が何の気なしに尋ねると、人々は信じられないといった目つきで僕の方を見てきた。
「ケル・タス様をご存じない!?」
 ざわめきが起き、僕を見る目が段々と不信を帯びたものに変わる。
「あ、いえ、自分は遠くからの交易商でして、ここに来たのも初めてなのです」
 何とか誤魔化そうと口から出まかせを並べ立てる。しかしケル・タス様というのは随分と影響力のある人らしく、なかなか信じてもらえない。
(そうだ!)
 僕は自分のカバンから様々な食べ物や薬品を取り出す。この時代に似つかわないパッケージや包装はこの世界の物っぽく変換して、彼らにとって『見たことがない珍しい物』程度に収める。
「御覧ください。我が国での品々を。そしてよろしければお試しください。こうして壕を使わせていただいているお礼ですので遠慮なく。さあ、さあ」
 無理やり品々を押し付けていく。はじめは恐る恐るといった様子で箱を開けたり臭いをかいだりしていた人たちも、僕が一つ試しに食べて見せたことで警戒を解いたのかあっという間にカバンは空になった。
「それは災難じゃったのお」
 僕の渡した塗り薬を傷口に使いながら老婆が言う。
「そうなんです。長旅だったものでこちらがこの様な状況になっているとも知らず……。よろしければこの国やケル・タス様の事を教えていただけませんか?」
「おお、おお、かまいませんぞ。ここはイチの国とゆうてな。小さな、それでいて自然が豊かな美しい国じゃ。ワシらは裕福ではないが先祖からの田畑を守り、自然の恵みを分け頂いて日々を穏やかに暮らしておった」

「ある日空が大きく光った後、ケル・タス様がワシらの住む町の近くの空から降りてこられた。ケル・タス様は初め随分と混乱していらっしゃったので医者へと連れて行った。ベッドでしばらく横になられた後、ケル・タス様は段々と落ち着きを取り戻され、『自分の名前はケル・タスであり医者である』と名乗られた。町医者が試しに病気の名前やその治療法について尋ねてみると、ケル・タス様は涼しい顔でスラスラとお答えになり、中にはワシらが知らぬ薬の名前などもあった。ケル・タス様は行く当てもないのでよければ医者として手伝いとさせてほしいとおっしゃった。わしらには近くの村々を含めて医者がこの町の一人しかおらんかったから、皆たいそう喜んで了承し、その代わりにケル・タス様のお食事などのお世話をさせていただくようになったんじゃ」

 老婆は一旦言葉を切り、兵士が淹れて回ったお茶をすする。
(ケルタス様ってのは多分彼の事だな)
 自分が送り出したあの転生者を思い浮かべる。彼はあの時の言葉に嘘偽りなく、この世界でも人助けを始めようとしたのだろう。ケルタスという名前に聞き覚えはないが、恐らく彼が自分でつけた名前に違いない。

「ケル・タス様の治療はそれはそれはよぉ効いた。畑仕事での虫刺されや切り傷みたいなちいせえもんでもニコニコと診てくださって、曲がった痛む腰を撫でていただくだけでピンと立てるようになっちまうぐらいじゃった。ワシらがいつの間にか、神様、ケル・タス様とお慕いしていくようになるのに時間はかからんかった」

「そんな時、近くの村に住む村の女がえらい形相でやってきてな、その両手には血を流しながらぐったりとしている小さな子を抱えとった。『オラの子があオラの子があ』ゆうて泣く女をケル・タス様は優しくなだめ、子を台に乗せなさった。その子の右手は手首のあたりから綺麗になくなっちまっとって、そこからドクドクと勢いよく血が流れとった。鎌か何かで切っちまったんじゃろう、ワシらにはせめてその子の命が助かることを願うくらいしかできんかった」

「『なんとかして命だけは助けてやってくだせえ』みなで頼むとケル・タス様はニッコリと笑い、両手で傷口をゆっくりと覆いなさった。いくら学のないワシらでもそんなもんで血が止まるはずがないことはわかっとる。しかしケル・タス様のその手がポウッと淡く光ったかと思ったら、いつの間にかそこには小さな子供の手が元の通りに生えておった。周りにおるもんみーんな何も言えんで、ただ子供の頭を撫でるケル・タス様をぼーっと見てるだけじゃった。その子の母親は信じられんといった顔でヨロヨロと子に近づいて、元通りになった右手とギューッと握ってボロボロと泣いた。そんで勢いよくその場に突っ伏して『ありがとうごぜえます、ありがとうごぜえます』って何べんも何べんも頭を床にぶつけて、ワシらもいつも間にか土下座して、手ぇこすり合わせてケル・タス様を拝んどった」

 そう言うと老婆も周りの人たちも口々にケル・タス様への感謝の言葉を述べながら、両手を合わせて祈り始めた。
「その場におらんかったもんは、最初はだーれも信じとらんかった。けんど折れた脚じゃの潰れた目じゃの、なんもかんも元通りにしてくださるケル・タス様のお姿を見て、すぐにこの近くのもんはみんなケルタス様が神様じゃということを信じるようになったんじゃ」

「ケル・タス様は本当に素晴らしいお方なんですね」
 僕の言葉に周りの人たちが揃って深く頷く。そういえば彼は面談の時に医学の限界について特に熱く語っていた。魔法の力によってその限界を超えた今、更に多くの人々を救っているようだ。自分の送った転生者がこうして人々から感謝されているのは本当に嬉しい。全ての仕事の苦労が報われる思いだ。
(ああ、早く会って話がしたいなあ)
「それでケル・タス様は今どちらにいらっしゃるのですか?」
 僕の質問に老婆はビクっと身を震わせ硬直する。周囲の人たちもかなり険しい顔つきになってしまった。
 しばらくの沈黙の後、老婆は先ほどとは違い苦悶に満ちた顔で語りだした。

「ケル・タス様の噂はあっという間に広がっていった。噂が噂を呼び、人が人を呼んだ。ワシらの町は小さな町じゃったがたくさんの人がケル・タス様のお力にすがろうとこの近くに住むようになった。町は大きくなり、ケル・タス様がいつまでも町医者の居候では示しがつかんと、町の者総出で街はずれに大きなお屋敷をご用意させてもろうた。あのお方はとてもお優しい方で、最初は何度も受け取るのを拒んでおられたが、ワシらがみんな土下座して頼むもんじゃからついには諦めなさってな、ワシらみたいなもんにありがとうと何度も頭を下げてくださったのじゃ」

「そうして街はずれにケル・タス様のお屋敷ができてからしばらく経った頃、たくさんの兵隊さんがこの町にやってきた。兵隊さんたちはワシらがみたこともないような立派な馬に乗って、これまた見たことのないような立派な鎧と兜をしておった。そこにはワシらの国の王様のの紋章が刻まれておったから、ようやくその兵隊さんたちがワシらの国の兵隊さんじゃということがわかった。その兵隊さんたちは一台の馬車を守るようにして進んでおり、その行列はケル・タス様のお屋敷に向かっていった。ワシらは何が何だかさっぱりわからんかったが、なんとも心配になったんで兵隊さんの後ろから一緒についていった」

「馬車がお屋敷の玄関に着くと大きなラッパの音と共に、馬車の中からワシらの王様が出てきた。ワシらが王様に直接会えることなんぞ滅多にないことじゃったから、それはそれはありがたくてその場に平伏したもんじゃ。しかし馬車から続いて降りてくる男がもう一人おった」

「それがにっくき隣国、ニイの国の王じゃった」
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