テンセイミナゴロシ

アリストキクニ

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第一章

1-12 真実

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「き……き……貴様はああああ!」
 私は怒りに思わず立ち上がり、女神様の御前であるというのに大声を出してしまう。この場には一切の武装が許されていないため鎧以外完全に手ぶらではあるが、即座に臨戦態勢を取った。
「女神様!これは一体どういうことですか!」
 眼前の侵入者に全ての神経を集中させながら問いただす。女神様に背を向ける行為など本来許されるようなものではないが、こんな相手がこの神聖な神の間に現れたとなってはそうもいっていられない。
「この男は……! この男は我らの仇敵! アンタッチャブルの王! 天聖を裏切りし神殺しのホールダーではありませんか!」
 侵入者はその言葉に微かに笑い、私の放つ殺気をまるでそよ風のように受け流しながらゆっくりとこちらへ進んでくる。
「近づくな! 汚らわしき裏切りの神殺し! ここは貴様のような者が足を踏み入れてよい場所ではないのだ!」
 ボロボロのフード付きローブに包まれたその体は神殺しの罪で醜く衰え、本来であれば精悍であっただろう顔は深い皺で覆われている。身体はまるで死を待つ重病人のように青白かったが、不思議とその歩みは実にしっかりとしている。
「近づくなと言っている!」
 本来ならこの神殿内で能力を使うことはタブーである。しかし相手は敵の首魁、アンタッチャブル・オブ・アンタッチャブルに対して、ただの言葉や脅しが通じるはずがない。
「物理攻撃無効! 魔法攻撃無効! オートカウンター! かばう! 弁慶立ち! 根がかり! 動かざるごと山の如し! 二身一体! 一蓮托生!」
 頭に浮かぶ尽くことごとくの防御系スキルを発動する。とにかく女神様だけはこの命に代えても守らなければならない!
「なぜこのような者をお呼びになったのですか! 一体どうやって!」
 このアンタッチャブルのボス、ホールダーだけはどうしても行方が分からなかった。この男自身は表立って一切の活動をしておらず、我々と戦ったのも全てこいつの部下や仲間たちだった。我々の間では神の罰を耐える事ができず、人知れずどこかで死んでいるのではないかとの噂が信じられていたほどだ。
「さあ、なぜでしょう?」
「お戯れはおよしください!」
 あらかたの防御スキルの発動が完了し、次に攻撃を行うかを迷う。こいつは間違いなく我らの敵であり、本来であれば何一つ悩む必要などないのだが、女神様はこいつを『招待した』と仰っている。……一体どうすればいいのだ!
「まあまあ、そう警戒しないでくれたまえ。私に一切の敵意はないよ」
 そういって両手を空にかざす。しかし誰がそんな言葉を信じられようか。
「久しぶりだねオール。総司令官への出世本当におめでとう。おめでとうというのはちょっと違うかもしれないけれど」
 彼はその皺だらけの顔で、裏切者の名には似つかわしくない程穏やかに笑いかけてくる。
「何をふざけたことを! 私はお前の様な者と通じ合ったことはない! 女神様の前でたばかる気か!?」
 当然だ。この男の事は学院で嫌というほど教えられた。しかし実際に会ったり話した記憶などは一切ない。あってたまるか! こいつは敵なのだ! 大方自分の部下たちが全滅したので、今度は天聖者同士の仲たがいでも試みているのだろう。
「まあそうだろうね。学院に行けばそうなる。仕方のない事だ」
「うるさい! 裏切者め……! 世に不幸をまき散らす害獣ども! 元は我々と同じく神に従い、『導く者』の聖名まで授かった身分でありながら、神を裏切りその手にかけた男よ!」
 全身の奥底から絶え間なく沸きあがる怒りに身を焦がす。話でしか知らなかった裏切者にこれほどの怒りが正しく沸きあがる自分を誇らしく思い、自分が神の使徒であることを強く再認識する。
「そう、そして今はホールダー持ち続ける者の罪名を与えられ、こうして恥を晒しながら生き永らえている」
 罪名ざいめい。聖名が神に仕える者の名であるとすれば、これは神に仇なす者の名である。この男は神を手にかけたことを生涯忘れることのないよう、全ての記憶を失うことができない罰をその身に受けた。そして永劫にその罪を背負って生きていく運命なのだ。

「まあとにかく今の私は彼女の招待客なんだ。そう邪険に扱わないでくれよ」
 ホールダーはまるで自分の家を歩くように、随分と軽い足取りで私の横まで来る。今すぐありとあらゆる攻撃を叩き込んでやりたいという衝動をなんとか抑え、共に女神様に跪いた。
「この度はお招きいただき本当にありがとう。おかげで特に問題なくすんなりとここまで来ることができたよ。しかしその崩れることのない凛々しいお顔を拝見するに、どうやら今一歩のところで間に合わなかったようだ」
 女神様に対する軽口に再び怒りが沸きあがるが、手を組み目を閉じることでなんとか落ち着きを取り戻す。
 当の女神様はというとこの裏切者の言葉など全く聞こえていないかのようにふるまっている。それを見て自分の醜態を強く恥じた。総司令官として、そしてプレイヤーとして女神様の名を汚すようなことがあってはならない。
 チラリと横を見ると大罪人と目があった。
「オール、聞いてくれるかい」
「私はそのような名ではない。プレイヤーという聖名を賜ったのだ」
 鼻で笑う。しかし彼はそんな嘲笑など全く気にする様子もなく話を続ける。
「なんでもいい。とにかく気をしっかりもつように。自分を見失うな」
 あまりに稚拙で意味のわからぬ言葉に、何かを言い返す気にもならなかった。罪名持ちの話に少しでも耳を傾けた自分が馬鹿だったのだ。
 視線を戻すと女神様は静かにこちらを見ていた。
「お話は終わったかしら。それではこれからプレイヤーに総司令官、そして聖名を持つ者として最初の試練を与えます。あなたがこれから神の名のもとに、神の意志の代行人として存在していくことができるかを試すものです」
 突如空間に巨大なモニターのようなものが現れる。それは始め不鮮明な砂嵐やノイズを映していただけであったが、しばらくすると乱れは収まり一人の男が映し出される。
(あれは……私か?)
 画面には転生者の中でも推薦された者しか入ることができない、エリートのみが集まる天聖学院での様子が流れていた。私は戦闘実技訓練で圧倒的な力を発揮し、同期はもちろん教官達までをも驚かせている。あれは……そう、最初のクラス分けテストだ。
 画面は暗転し、天聖軍の遠征に参加している私とSSクラスの仲間たちが、進軍中に談笑している様子に切り替わった。能力を認められたSSクラスの生徒は天聖軍の作戦に参加する権利を与えられていたのだ。もっとも本来なら補給や連絡、回復などの後方支援にあたる部分を担当するはずなのだが、この後私と仲間は劣勢になった天聖軍の状況を見て全ての命令や制止を無視し、最前線に飛び出して戦況をひっくり返すのだ。
(なるほど……今までの軌跡を振り返り、初心を忘れるなということか)
 画面の中の私たちが布陣を完了させる。ここから数百万を超える魔軍と対峙し激しい戦闘が始まるのだが、最初は優勢を誇っていた天聖軍が、敵の卑劣な人質作戦に隙を突かれてしまい右翼が大きく崩れてしまうのだ。
(結果的に中央本陣が前と横から攻められることとなり、敗色が濃厚になったところで私達が反撃ののろしを上げるのだ)
 これから起こる活躍劇を思い出しわずかに顔が緩む。
(いかんいかん。これからは私が指揮を取り、軍を動かすことになるのだ。魔族に策で劣るなど二度とあってはならぬこと。幸いこの映像は私の視点ではなく俯瞰で映されている。過去の失敗を次に生かさねばならぬ)
 地平線の辺りにたくさんの巨大な黒い穴が開いたかと思うとそこから黒い影が次々と現れる。それはあっという間に地と空を埋め尽くした。
(さあ開戦だ。しっかりと目に焼き付けねば)
 両軍が近づくと同時に視点がズームされ、黒い津波のようにしか見えなかった魔軍もその姿を鮮明にしていく。様々な特殊能力を持った魔族は、時に思いもよらぬ方法で私たちを苦しめたものだ……
(魔族の情報を子細に記述した事典などを作るのもいいかもしれないな……)
 私の情報処理系のスキルを駆使すれば、特に時間もかからないだろう。敵を知り、己を知らば、百戦危うからず……だったか?
 私が天聖軍強化の方法を考えていると、ついに視点は魔族により肉薄し、その姿特徴が明らかになった。
「ば……ばかな……! なんだこれは……なんだこれは……!!!!」
 画面には地獄そのものが映っていた。それ以外にコレをどう形容すればいいのだろうか。いや、地獄の方が何倍もマシだ。
「違う……こんなのじゃない! 私がやったのはこれじゃない! こんなのじゃない!」
 頭を抱え目を背けその場で転がりまわりたくなる。しかし私の常時発動スキル『百聞と百見』が自動的に注意力を最大にまで引き上げ、画面に流れる全ての情報を無理やりに脳に叩き込んでくる。
「ヴォエエエエエエエ!!!!」
 あまりの悲惨さに内臓がひっくり返り、その中身を全て吐き出そうとする。しかし私には常に回復や異常抵抗のスキルが発動しているので、実際には大声が出ただけだった。
 画面の中の私は軍の中央で空に高く浮かび上がり、『今がまさに好機』と掲げた剣から発する巨大な光を敵に叩き込むところだった。
「やめろ……やめるんだ……! よせ……! やめろおおおおおお!!!!」
 どれだけ大きな声で叫んだとしても映像の中にいる過去の自分に届くはずもなく、私と仲間たちはあらゆる力と技をもって相手を殲滅していった。圧倒的な力の行使に、その顔には笑みさえ浮かんでいたのだ。
「ちがう……馬鹿な………そんなはずがない……」
 過去の私たちは戦いに勝利し、その軍を率いていた軍団長に招かれ祝宴に参加している。天聖軍に実力を認められたぞと仲間同士で強く抱擁まで交わしていた。
 そこから私は天聖学院を卒業するまで何度も天聖軍の作戦に参加し、学院や天聖軍からのクエストも大量にクリアしていった。そのたびに画面の中では何度も地獄が繰り広げられ、そのたび私は抗うこともできず声だけの嘔吐を繰り返す。
 学院を卒業し、天聖者として認められて軍に入った後は更にひどいものだったが、幸いな事に私はもうそれを理解することはできなかった。
「ちがいます……わたしは……ひとのためにたたかいました……くえすとも……さくせんも……ひとのためにたたかっていました……わたしは……たくさんのくえすとをくりあしました……さくせんをせいこうさせました……ひとのためです……ひとのために……」
 私はもう祈れなかった。女神様はいつもと同じ、冷たい感情の無い目で私を見ていた。
「これが事実よ」
 ほとんど狂った頭の中で、もしかして精神訓練の一つではという微かな願望を見透かしたように女神様が言いました。私はその時にちょうどきっと壊れたのでした。
 しかし隣からとても強い光を感じました。その光はとても暖かで、私を包むようでした。ようやくなんとか隣を向くことができました。彼は私を見ながら涙を流していました。どうして敵である彼が泣いているのでしょうか? 彼は優しく微笑むと芋虫の様に転がる私の頭を撫でてくれました。そのしっかりとした大きな手に私はなんだか安心してしまいました。
「大丈夫だよ」
 彼が言いました。だから大丈夫なんだと思いました。全身から力が抜けていくのがわかります。意識も遠くなってきました。私は死ぬのだと思いました。
 もう一どだけ女がみさまを見ました。じっとぼくを見ていました。女がみさまはお人ぎょうさんのようなかおのまま、一つぶなみだをこぼしたようにみえました。草げんと大きな木、むぎわらぼうしと白いワンピース。ぼくのりょう手をつつむきれいな手と大きな手。

 ぼくはしにました。


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