テンセイミナゴロシ

アリストキクニ

文字の大きさ
66 / 107
第三章

3-12 先生

しおりを挟む
 ダウターは教会の扉の前まで来ると、しばらくの逡巡の後に何度かノックをした。建物の中で誰かが動く気配を感じ、緊張に表情を固くする。
「すみません。今日はもう店じまいなので、また明日来てくださいますか?」
 中から声が聞こえた。随分と懐かしい、しかし決して忘れる事のなかった先生の声。
「い、いや。客やないんです。ケイハ先生……ですよね」
 久しぶりに先生の名前を呼ぶ。もう二度と呼ぶことはないだろうと思っていた先生の名前。そして扉の向こうにその本人がいるのだ。
「…………」
 しかし相手からの返事はない。足音などがしないことから先生が扉の前にまだいることは間違いないが、あまりの事に驚いているのだろうか、それとも単に警戒しているだけなのだろうか。
「俺です。ヨドヤです。先生に育ててもらった。ヨドヤです」
 ダウターが本名を名乗った途端、扉が勢いよく開かれた。写真でしか見たことがなかった若い頃のヨドヤ先生が、今目の前に生きて存在している。それだけでダウターの胸はいっぱいになってしまった。
「ヨドヤ君……? ほんまにヨドヤ君なんか……?」
 先生からの問いかけに首を縦に振る。
「ヨドヤです……。お久しぶりです、先生。お元気そうで何よりです」
「ほんまや……ほんまにヨドヤ君や」
 ケイハ先生は口に手を当てて、信じられないといった様子で目に涙をいっぱに溜めている。
「随分立派になったんやねえ。背もこんなに高くなって……。さあさあ中に入り」
 促されて教会の中へ入る。聖堂であったのであろう広間にはたくさんの子供がつぎはぎだらけの薄い布を身体に巻き付け、所狭しと綺麗に並んで寝ていた。
 教会だったころの家具や絨毯などは全く見受けられず、壁や窓に掘られた装飾に昔の面影が多少残っているくらいであった。
 二人は子供を器用によけながら、広間の奥にある部屋に入る。そこは炊事場のようで、たくさんの調理器具や食器が整理されて置いてあった。先生はどこからか小さなテーブルと椅子を二つ持ってきて中央に置く。
「さあ座って。何にもない上にみすぼらしくて申し訳ないけど、ゆっくりしていって」
 先生は昔と変わらない優しさでもてないしてくれる。確かに周りをぐるっと見てみると、家具や柱のあちらこちらに傷やシミなどがたくさんついているが、これだけの子供がいるなら当然だ。自分の孤児院時代を追体験しているようでダウターには逆にそれが嬉しかった。
 先生はカップ入れたお茶を机に置き、自身も椅子に腰かける。
「それじゃヨドヤ君もアタシみたいに転生ってのをやったんかな?」
 興味津々といった顔で聞いてくる。自分の思い出の中のヨドヤ先生はもう随分と年が言っていたので、物腰も口調も随分落ち着いていたものだが、『先生の若い頃はこんな感じだったのか』と懐かしさと新鮮さが入り混じった不思議な感覚だ。
「そう……ですね。転生をして、それでちょっと事情があって色んな世界を飛び回ってます」
 さすがに『転生者を見つけ次第殺して回っている』とは言い出せない。
「なるほど。それじゃこの世界に転生してきたわけじゃないんやね」
「はい。ちょっとやることがあって、仲間と一緒にぼちぼちやってます」
「ヨドヤ君は昔から人を集めたりするのが得意だったもんね……」
「ハハ、ろくな奴らじゃないんですけどね、今も昔も」
 そしてしばらくの間他愛もない話をお互いにとめどなく交わし続ける。あの頃からもう遥かな年月が流れてしまっていたため、距離感を探りながらの話であったが、ダウターにとってこの時間はかけがえのないものであった。
 自分も転生者であったこと、さらにその上に天聖者というものがいること。今は天聖者と戦っている事、仲間たちの事……
 話が尽きる事はなかったが、自分ばかりずっと喋り続けていることに気づき言葉を止める。
「すいません。なんか俺ばっかり喋ってしもて」
「いいんよ。興味深い事ばかりやわ。ヨドヤ君はアタシよりも遥かに広い世界を見てきたんやね」
「先生……」
 二人の間に沈黙が流れる。しかし気まずいと感じるようなことはなかった。
(先生はいつも俺たちが自分で話し出すのを待っててくれたな……)
 俺や兄弟達がイタズラしたり悪さをしたときに、先生は俺たちが自分で話すまでずっと静かに待っててくれた。まあその後は鬼の様に怒るんやけど、それでもジッと待っててくれた。

「何か目的があってきたんやろ? ヨドヤ君がそうして難しい顔してるときはいつもそうやったもんなあ。先生に遠慮はいらん。なんでも話してみ」
 煮え切らない態度に先生が背中を押してくれる。
「先生……俺は……、俺は……先生を殺しに来たんです」
 ダウターは意を決してここに来た目的を話す。この後にどんな未来が待っていようとも、決して後悔することのないよう先生の目を見つめながら。
「そうなん? それじゃ殺し」
 驚くほどあっけらかんと先生は答え、目を閉じた。
「先生!? 俺は先生を殺しに来たんですよ!?」
 随分悩んで絞り出した独白をあまりにもあっさりと返され、ダウターの方がうろたえてしまう。
「さっき聞いたって」
 逃げるでもなく喚くでもなく先生はただそれが当然であるように目を閉じているだけだ。
「……なんでですか? なんで先生はそんな簡単にあきらめることができるんです? 今ここにおる子供たちはどうするんですか? なぜ生きようとしないんです!?」
 寝ている子供たちを起こさないよう小声で、しかし本心をぶつける。
「諦めてるわけやないよ。信じてるだけや」
 先生の信じるという言葉にダウターの心がズキリと痛む。
「どうして……? なんでそんな簡単に俺を信じられるんですか!? 俺は先生を殺すって言ってるんですよ?」
「ヨドヤ君はアタシの子供や。それ以外に理由がいるか?」
 ダウターが一番聞きたかった言葉。そして一番聞きたくなかった言葉。
「なら……! ならどうしてあの時! 俺を……、俺を捨てたんですか!!!」
 つい出してしまった疑いに思わず手で口を隠す。
「いや……違うんです今のは。俺はちょっと……今、人を信じられなくて……」
(こんなこというつもりじゃなかった! やっぱり俺のこの呪いは俺を無茶苦茶にしよるんや!)
 一度口にしてしまった言葉はもう取り返すことはできない。一度蒔かれた不信の種は一生相手の心に根を張り、ゆっくりと育って行ってしまうのだ。
「ヨドヤ……」
「ほんまに違うんです……俺先生に捨てられたとか思ってなくて、今のは本心じゃないんです」
 なんとか取り繕うとするが言葉がうまく出てこない。巧みな弁舌で相手を追い詰めていくいつものダウターの姿はそこにはなかった。
「ヨドヤ、よく聞きなさい。アタシはあの時間違いなくアンタを捨てた」
「…………え?」
 信じられない言葉が聞こえた。耳から脳へとその言葉は間違いなく伝わっていったが、脳はその意味を理解することを拒絶する。
「先生……? 今なんて……?」
「アタシは自分で選択してヨドヤを捨てたんや」
 再度繰り返されたその言葉に、ついにその意味を脳が理解してしまう。まさか先生はそんなことを言わないだろうと思っていたのに……信じていたのに……! やっぱり俺は嫌われてたんや……! 俺は捨てられたんや!!

(殺そ)
 今殺してしまえばいい。今殺さないともっと聞きたくない何かを言われるかもしれん。俺の先生は俺の中にしかおらんかったんや……。目の前にいるこいつはきっと偽物や。
 椅子に座ったまま頭上にルービックキューブをいくつも召喚する。それはいつもより赤く、黒く光り、とても禍々しいものであった。
「アタシはあの時にヨドヤと孤児院にいる他の子どもたちを比べてヨドヤを捨てた。もう一回同じ状況になったらまたヨドヤを捨てる。それは間違いない」
「もう喋るな……、お前は先生なんかじゃない! 偽物だ!」
 ルービックキューブの数が増え、カチャカチャと音を立てて組み変わり始める。

「死ね」

 それらは先生に向かって解き放たれた。
 

しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

転生後はゆっくりと

衣更月
ファンタジー
貧しい集落で生まれたリリは、生まれた瞬間から前世の記憶があった。 日本人特有の”配慮”に徹した赤ん坊を演じていたことで、両親から距離を置かれた挙句、村人からも「不気味な子」として敬遠されることに…。 そして、5才の誕生日に遠くの町に捨てられた。 でも、リリは悲観しない。 前世の知識チートは出来ないけど、大人メンタルで堅実に。 目指すは憧れのスローライフが出来るほど、ほどほどの守銭奴としてリリは異世界人として順応していく。 全25話(予定)

悪徳領主の息子に転生しました

アルト
ファンタジー
 悪徳領主。その息子として現代っ子であった一人の青年が転生を果たす。  領民からは嫌われ、私腹を肥やす為にと過分過ぎる税を搾り取った結果、家の外に出た瞬間にその息子である『ナガレ』が領民にデカイ石を投げつけられ、意識不明の重体に。  そんな折に転生を果たすという不遇っぷり。 「ちょ、ま、死亡フラグ立ち過ぎだろおおおおお?!」  こんな状態ではいつ死ぬか分かったもんじゃない。  一刻も早い改善を……!と四苦八苦するも、転生前の人格からは末期過ぎる口調だけは受け継いでる始末。  これなんて無理ゲー??

スキル買います

モモん
ファンタジー
「お前との婚約を破棄する!」 ローズ聖国の国立学園第139期卒業記念パーティーの日、第3王子シュナル=ローズレアは婚約者であるレイミ・ベルナール子爵家息女に宣言した。 見習い聖女であるレイミは、実は対価と引き換えにスキルを買い取ることのできる特殊な能力を有していた。 婚約破棄を受け入れる事を対価に、王子と聖女から特殊なスキルを受け取ったレイミは、そのまま姿を消した。 レイミと王妃の一族には、数年前から続く確執があり、いずれ王子と聖女のスキル消失が判明すれば、原因がレイミとの婚約破棄にあると疑われるのは明白だ。 そして、レイミを鑑定すれば消えたスキルをレイミがもっている事は明確になってしまうからだ。 かくして、子爵令嬢の逃走劇が幕を開ける。

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

御家騒動なんて真っ平ごめんです〜捨てられた双子の片割れは平凡な人生を歩みたい〜

伽羅
ファンタジー
【幼少期】 双子の弟に殺された…と思ったら、何故か赤ん坊に生まれ変わっていた。 ここはもしかして異世界か?  だが、そこでも双子だったため、後継者争いを懸念する親に孤児院の前に捨てられてしまう。 ようやく里親が見つかり、平和に暮らせると思っていたが…。 【学院期】 学院に通い出すとそこには双子の片割れのエドワード王子も通っていた。 周りに双子だとバレないように学院生活を送っていたが、何故かエドワード王子の影武者をする事になり…。  

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

過労死して転生したので絶対に働かないと決めたのに、何をしても才能がバレる件

やんやんつけバー
ファンタジー
過労死して異世界転生。今度こそ絶対に働かないと決めたのに、何をやっても才能がバレてしまう——。農村で静かに暮らすはずが、魔力、農業、医療……気づけば誰も放っておかない。チートで穏やか系の異世界スローライフ。

バーンズ伯爵家の内政改革 ~10歳で目覚めた長男、前世知識で領地を最適化します

namisan
ファンタジー
バーンズ伯爵家の長男マイルズは、完璧な容姿と神童と噂される知性を持っていた。だが彼には、誰にも言えない秘密があった。――前世が日本の「医師」だったという記憶だ。 マイルズが10歳となった「洗礼式」の日。 その儀式の最中、領地で謎の疫病が発生したとの凶報が届く。 「呪いだ」「悪霊の仕業だ」と混乱する大人たち。 しかしマイルズだけは、元医師の知識から即座に「病」の正体と、放置すれば領地を崩壊させる「災害」であることを看破していた。 「父上、お待ちください。それは呪いではありませぬ。……対処法がわかります」 公衆衛生の確立を皮切りに、マイルズは領地に潜む様々な「病巣」――非効率な農業、停滞する経済、旧態依然としたインフラ――に気づいていく。 前世の知識を総動員し、10歳の少年が領地を豊かに変えていく。 これは、一人の転生貴族が挑む、本格・異世界領地改革(内政)ファンタジー。

処理中です...