テンセイミナゴロシ

アリストキクニ

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第三章

3-35 ブレイカー⑨

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「ダウターああああ!!」
 僕は必死に手を伸ばすが、発動した回避スキルと突き飛ばされた勢いで身体は後ろに跳んでいく。そしてダウターの身体よりもはるかに巨大な鉄球が大きく動かされ、彼のいた場所をとてつもない勢いで通り過ぎたあと、この裁判所にはダウターが存在していた痕跡は何一つ残されていなかった。
「う……うわあああ……うわあああああ!」
 宙に浮いていた身体が地面と接した瞬間、僕の身体は前に跳ぶ。何のスキルをどう発動させたのか自分でもわからないが、さっきまでダウターが笑っていた場所に向かって、とにかく僕は前に跳んでいた。
 目の前には鉄球を構えなおしているブレイカーがいる。いつの間にか僕は泣いていた。この感情は一体なんと表現すればよいのだろうか? 怒りではない、憎しみでもない。……悲しみか? それもわからない。
 ブレイカーはまたその巨大な武器を振り上げる。僕の跳躍は今まで出したことのないスピードで二人の距離を縮めていく。何の策も考えもなく、光の剣をまた召喚した。とにかくこの一太刀を浴びせたい。ダウターがこの世界にいたことを、どんな形でもいいから残したかった。
(……まあ、そうだよな)
 まさに二人が交差せんとした瞬間、ブレイカーの腕が僕よりはるかに速く動かされた。僕の全能を全て総動員して対抗しようとしたが、『ブレイカーより早く剣を振り抜く能力』なんてものは存在しなかった。ありとあらゆる剣術や身のこなしのスキルを発動したが、その全てがブレイカーの一振りより劣るものだった。ただそれだけのことだ。
(もういいか……)
 ダウターが命を懸けてまで助けてくれたこの身体を、僕はまた自暴自棄に投げ出していた。結局僕は器ではなかったのだ。成し遂げた事と言えば、他の転生者でも時間をかければ出来るような事ばっかりだった。そもそもの話、神が人を傷つける事が目的だというのなら、その邪魔になるような能力を神が与えるはずがないではないか。僕が何をしたところで、この転生システムを根本から覆すような能力は元からこの転生世界に存在してはいないのだ。
 僕の視界全てをブレイカーの鉄球が塞いだ。僕の剣は未だ振り抜けてさえいない。結果は目に見えて明らかだ。
 諦めて目を閉じる。すぐに轟音が鳴り響いたが、僕の身体には何も伝わってこなかった。
(これが即死ってやつかな……)
 しかし自分の足が地面に触れる感触がし、それと共に光の剣を振り切った腕の伸びを認識する。恐る恐るゆっくりと目を開けると、ブレイカーははるか後方の壁まで吹き飛んでおり、僕の身体には一つの傷もなかった。

「随分と諦めが早いね」
 聞いたことのある声に慌てて振り向くと、僕の僅かに後ろにローブを着た男が立っていた。
「リーダー!」
 そしてすぐに彼の違和感に気づく。ローブから覗いている四肢は筋骨隆々で、フードの奥に見え隠れするその顔には皺ひとつない。身体中から溢れるオーラのような後光は温かく、ブレイカーを取り巻く力の渦をどんどんとかき消していった。
「ダウターを無駄死ににさせる気かい?」
 起き上がろうとするブレイカーに何かの魔法を撃ちこみながら僕に問うてくる。
「一体今までどこに……、それにこれは……? どうやって……」
 聞きたいことが多すぎた。どんな攻撃も無効化するはずのブレイカーは、リーダーの攻撃魔法の連続で完全に叩きのめされている。そしてそのリーダーの身体は美しく練り上げられた筋肉で包まれ、一流の格闘家のような容貌になっていた。
「彼の事は残念だった。君がダウターを救う事に成功した時は、ついに私たちの悲願の成就かと思っていたんだが、まだまだ時間がかかるようだ」
 あの不死身のブレイカーと戦っているリーダーの口調には何の焦りも恐れも感じられなかった。僕とダウターが二人がかりで逃げ回ることしかできなかった相手に対して、立った腕一本から放たれる攻撃魔法の連続だけで制圧している。

「もっと早く来てくれていたら! それにブレイカーを襲った天聖者もリーダーなら!」
 こんな力があるのなら、どうして仲間を助けなかったんだ! リーダーにありったけの恨み言を放つ。自分では何もできない無力感と悔しさを怒りに変えて、全力で目の前の男にぶつけ続けた。
「この転生世界を壊すのは私ではできないからね」
 僕の質問の答えなのかわからなかったが、リーダーは悲しそうに呟いた。
「それじゃ僕にもできるはずがない!」
 僕とアンタッチャブルとの力の差は一体どれくらいなのだろうか。そしてこのリーダーとの差は? 全能で扱える能力や魔法で埋まるような溝ではない。リーダーにできないことが、ただの全能しか持ちえない僕にできるものか!
「ここでお喋りを続けていてもしょうがない。それにこのままじゃブレイカーが可哀そうだ」
 改めて床に倒れこんだままになっているブレイカーを見る。彼女がいくら起き上がろうとしても、リーダーの魔法が彼女の身体を吹き飛ばし、また地面に叩きつける。あの禍々しい力の渦も今は掻き消え、これではただただ女の子をいじめているようにしか見えない。
「さあ、リラックスして、全身の力を抜くんだ。そんなに強張った身体じゃ、うまくいくはずのものも失敗してしまう」
 リーダーの言われた通りに全身を脱力させ、大きく何度か深呼吸をする。
「そうだ。目をつぶり、何も考えず、周囲で起きていることを視覚ではなく感覚で捉えるようなイメージを持って」
 僕は目をつぶり、視界を闇に閉ざす。身を守るための能力や、発動していた自動スキルも全てオフにして、自分の身体と感覚のみを頼りに周囲の気配を探る。
「さあ、もう一度大きく息を吸って、そしてゆっくりと時間をかけてその息を吐き切るんだ」
 口から音をさせながら大きく息を吸い、そしてその数倍の時間をかけて細く、長く息を吐いていく。
「目からは虚像が、耳からは雑音が、舌からは血の味が、喉からは叫びが、そして心から恐怖が消えていくのを感じろ」
 ブレイカーを撃ち続けている魔法の音がはるか遠くに消えていく、僕の身体に伝わってくる感覚が一つずつ消えていき、僕という個人が解けていくようなイメージが脳内に描き出された。
「今君は個人であり世界になった。君を封じ込めるものは何もなく、この世界が君自身になる」
 僕は今寝ているのだろうか? 起きているのだろうか? 立っているのだろうか、浮いているのだろうか? 僕の身体は今完全に脱力し、裸の赤子同然となった。

「それじゃ次の世界で」
 リーダーの手刀が僕の胸を貫いた。
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