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アジア映画会社社長ムシュー・ハオヤンはラビットに記憶された私のこれまでの人生を眺めて居るだろう。私はムシュー・ハオヤンの申し出を受けて、彼のスタジオの映画プロデューサーになることにした。映画プロデューサーという仕事は、映画の企画に関わる事も多い。ムシュー・ハオヤン自身もまた謎の人物だったが、彼は私の人生に興味を持った。ラビットのメモリーは私の告白録と言うべきか。
数奇な運命を生きる者には更なる数奇な運命が訪れる。映画プロデューサーとなった今それを又深く感じる。私は新規入手した『ラビット2』に次の記録を書き込んで居る。
八月九日・・・ そう、私は映画プロデューサー、そして監督でもあるクリント・イースター(仮名)。私にはペンネームや、オリジナル・ファミリーネームを含めて幾つかの名がある。何故なら私は自分の正確な素性を明らかにする事が出来ない立場だからだ。妻とは、もう五年会っていない。追手から身を隠し続けなければいけなかったから。
私は決して自分を敬虔であるとは言えないが、ジーザス・クライストを主と信じる男だ。そして、もう私は何ヶ国も横断し逃亡してきた。モーセだってそうだったじゃないか、私は自分にそう言い聞かせる。今の生業を持つずっと前、カナダのバンクーバー市に一年間住んでいた事もある。バンクーバー市には多くの民族がモザイク的に生活している。風通しの良い街だ。とても住み易かった。市内にはパンジャブ地区と呼ばれるインド系移民の町がある。私はそこに入り浸っていた。その町に入れば私の民族性を問う者は誰も居ない。私は一年間、潜伏していたような感じだった。簡単に書けば私は元・小国のプリンスだった。しかし政変により、生まれ育った国を出る事になったのだ。映画プロデューサーとは、映画製作の中心に居る割に顔は目立たないから髭でも蓄えれば人相で特定しづらい存在だ。それにオリジナル・ファミリーネームは使っていない。あくまでクリント・イースターだ。私も、自分がこのように逃げ続ける人間になろうとは想像していなかった。そういった複雑な事情から、妻とはなかなか会えない。今、アニメーション映画のプロデュース業の為に、私はジャポン・関西に滞在している。長期滞在だ。四十四歳の夏。
私はインド本国に行った事が無いが、『インド洋』という言葉にいつもトキメキを覚える。そこは美しい海に囲まれた夢そのもののような楽園ではないだろうか、と。妻はインドにあまり興味を示さなかった。
私はインドの文化や芸術的デザイン性に大きな興味がある。次に妻に会えるのは何時になるのか。映画プロデューサーとしての仕事は実は色々と忙しい。
私が敬愛している映画監督マエストロ・F・フェリーニはかつてこう言った、「私が監督した映画のプロデューサーと呼ばれる人々が一ドルだって自腹を切らなかった、と知って居るのは僅かな人のみだ。映画製作バジェットは別の場所から入って来るのだが、それはプロデューサーの財布に収まるのだ。プロデューサーは可能な限り金を自分のものとして残す為に、フェリーニ監督が天気屋で金勘定が出来ない男で、周囲も監督の暴走をコントロール出来ないという伝説を作るのさ。そして、プロデューサーらだけが私の狂気を追い払う事が出来る、と皆に信じさせるんだ。そうやって彼らだけが私をコントロール出来るという嘘の理由で、バベルの塔を建設出来そうな位の沢山の金を要求するんだよ。映画作りは巨大事業となり映画監督はこの巨大経済の囚人となり、プロデューサーという名の怪物に操られる。だが私の仕事は、一つの道を表現し、そこに登場人物が様々な感情を出す事を見せるってことなんだ。」
この言葉の真実性はフィフティフィフティだと思う。プロデューサーは映画に必要な存在だ。しかし、プロデューサーは創造的自由や冒険心、そういうものがないとダメだと思う。そういうことを理解しようとする事が、芸術を新しいものにしてゆく。それ故に芸術は命を保てるのだ。
八月十二日には、EUのマルタ島へと出発する事になっている。これには複数の私のプロデュース作品が関係している。一つは制作を進めているアニメーション映画だ。マルタで、イメージボードとストーリーボード作成の為の取材ロケをする。このプロジェクトは我々のスタジオと協力関係であるUK・ロンドンのプロダクション・カンパニー、そして京都にある新興映像企業との共同プロジェクトだ。私は今そのビジネスの為に京都に向かっている。京都は面白い町だ。この町はジャポンの中に在ってジャポンでなく、ひとつの小宇宙を形作っている・・・。
私のリラティブは故郷の小国を出た後、京都に移り住み、そこで妻を得て暮らし続けて居る。京都に形成された小宇宙は、魚たちにとっての珊瑚礁のように住み心地が良い、と聞く。
今回は現段階で仕上がって居るイメージボードとストーリーボードをスタッフで確認するのだ。ここまで仕上げるのに、ロンドンを五度ロケしたのだ。だが、ロケは大切だ。その土地の空気感を掴むと作品を創り易くなるからだ。実際に宮崎駿氏も『アルプスの少女ハイジ』の為にアルプスをロケしたそうだ。
又、出会いもある。私はタイで妻と出会ったのだから。妻とは本当に長い間、疎遠になってしまっている。
昔、ダノン女史と恋人関係にあったことがある。政変の前だ。あの時代と今は大きく変わってしまった。
ダノン女史は、夏の昼下がり頃に、庭の行水シャワーを浴びる習慣があった。これは、あの時代の南欧では珍しい事ではない。比較的田舎町に住む多くの南欧の女性たちは、同様のライフスタイルを持っていた。
ダノンはヨーロッパ女性の奔放さを体現していた。夏、欧州は暑い。京都の夏も暑い。とは言え、私は夏の暑さは嫌いではない。若い頃に夏の暑いゾーンに住む事が多かったから。冬の寒さはノーだ。寒さには恐怖すら感じる。だが、プロデューサーとして寒冷の世界へ行く事も在る。そうした場所ではカフェに入り浸って居る。安いドリップコーヒーで(フリーの蜂蜜とミルクを入れて)何時間も脚本作業をする。蜂蜜の栄養で頭が冴える。こんにち、世界の何処に行ってもスターバックスが在る。私は其処での文書作業が好きだ。ノートPCをカウンター机に広げ、高椅子に腰掛けると非常に執筆作業に適した角度と環境が得られ、其れが保証される空間が世界の何処ででも提供されるのだ。基本、足が地面に着かない高椅子なのが良い。それは私がサイファイ(SF)映画のプロデューサーだからかも知れない。アーサー・C・クラークの描くような地球の重力から離れた世界に感覚が少し近づくのだと思う。カナダではシリアスコーヒーがお気に入りのプレースだった・・・。
京都・・・。此処で此れ迄に出来て居るイメージボード&ストーリーボード確認だ。其の後、作品のもう一つのロケ地であるマルタ島に行くのだ。マルタ島へ妻を誘ったが彼女の機嫌が悪い時で、アッサリ断られた。彼女は時々随分難しいのだ。何故だか私に分からない。でも私が勝手だったと云う事も在る。だから私も反省して居る。妻は、出会った頃は自身をタイ人だと言って居た。だが本当はそうでは無いらしい。私は、彼女がそう言うのなら其れで良い、と思って居た。
マルタ島に関しては複数のプロデュース作品が在ると言ったが、二つ目は実写映画(ライブアクション・フィルム)だ。あちらで、忙しいモデルの女性に会う。映画に出演してもらう為だ。京都の後はマルタ、私は幾つもの文化圏を横断し続ける。それが私の宿命なのかも知れない。
ところで、京都には八回は来ているのだが、未だに道に迷うのである。阪急烏丸駅を出ると四条烏丸の交差点だ。ここで四条通りと烏丸通りが交差している。烏丸通りを、りそな銀行のサインが見える方向に進む。するとやがて烏丸御池の交差点がある。そのちょっと先が世界的にも有名な漫画の殿堂、京都国際漫画ミュージアム。(因みにヨーロッパでもポピュラーな、L・松本キャラクターがマスコットの北九州市漫画ミュージアムも又、知名度が高いジャポン漫画殿堂だ。)
ミュージアムを過ぎ、二つ目の信号を少し越える。まず今日最初のミーティングプレースだ。初めのミーティングを終えると烏丸通りを又引き返し、六角通り交差点まで戻る。この六角通りをブライトリングを扱うウォッチギャラリーの方向に曲る。其処からも所謂京都小宇宙に繋がって居る。通りに入って少しの所に在る漁師めしは美味い。ジャポンの船旅で刺身を覚えた。私は十九になるまで刺身を食べた事が無かった。私の故国では火を通していない食べ物などまず無いのだ。
六角通りが堀川通りと交差する処に、喫茶店ボゴタが在る。カントリースタイルの洒落た店だ。店のカウンターレリーフも良い。店内テレビは京都風掛軸の様に演出されて居た。そこで二十五年前、世界を放浪していた頃の事を思い出した。私は当時スチューデントだった。あの頃、世界は何処も民主化の方向へ進んでいた。スターリンという独裁者は、あの頃でもすでに過去の人物だったが、最悪の内の一人だった。そんな過去の時代が終焉し、ゴルバチョフという民主化への希望が現れた時代だった。ゴルバチョフは旧約聖書の『モーシェ』(モーゼのヘブライ語発音)の箇所をよく読んでいた、と何かの本に書いて在った。あの時代、東西ドイツが統合し、東欧の国々も次々と民主化した。あの頃の事を思い出すと、何故か涙が出そうになる。我々は何故、互いに敵対し壁を作って居たのだろう?
私自身は遠く離れたチャイナタウン(広東系)に二年程潜伏する日々が在った。しかしそれは又新たなカルチャー体験を与えてくれた。金銭も滞り、安価なアパルトマンとBBQポークフライドライス(チリオイルかけ)&コーク、そしてフランスの哲学書と小説、華人圏の伝奇文学を読む二年間。
二十五年前世界放浪をして居た。故郷小国に経済危機と政変が起きた後、何故か東欧に共感するようになった。その理由は上手く説明出来ない。ただ世界はフクザツだと知った。私の父王は故郷小国の変化をかなり前から察知していた。私は父となんとなく疎遠であった。父なりにファミリーの事を考え出来るだけの事をしていた、と今になって思うが当時は反発した。(色々な事情が重なり)私は国外放浪した。国外での経験は楽しい事も多かった。初恋の相手はシナモンコーヒーが好きな女性だ。彼女の専攻は社会学、エリック・フロムの著書を学んで居た。彼女とよく一緒にプールで泳いだ。世界放浪の末に行き着いた所は合衆国、サンフランシスコ市だった。此の街は多元文化ゾーンであり、私は多くの民族・様々な人と出会う事になった。京都の映画村で俳優になる事を目標にして演劇の勉強中という変わり者も居た。シスコにはジャポン・カルチャーも流入している。
此の街はスペイン文化も色濃いが、マドリッドからの留学生にも出会った。今だとフェイスブックが有り、世界のそれぞれの場所での出会いから、友人へと発展するチャンスが増えたが、当時はEメールも無かった。それでも、放浪時代に友人になった連中と今も時々会う。コーヒーブレイクの後、次回手掛けるOVA作品の打ち合わせをして今日の仕事は終了だ。
関西のと或るアパルトマンへと帰路に就いた。三宮の路地を歩いていると婦人が私に声を掛けた。私も心の中に寂しさが在ったので、その婦人とバーで一杯飲む事にした。婦人は非常に美しかった。彼女と話している中に、彼女はある男性と結婚していて一才になる子供が居ると分かった。しかし夫はもう一年も家に帰って来ないと云う。彼女は明石の出身らしい。明石はジャポンの臍だ。JST(標準時)はこの町に設定されて居る。彼女とは公園で互いをハグするのみに止まった。セックスをする事には躊躇った。セックスは魂と魂を結びつける行為であるし、私にも妻が居るからだ。
アジア映画会社社長ムシュー・ハオヤンはラビットに記憶された私のこれまでの人生を眺めて居るだろう。私はムシュー・ハオヤンの申し出を受けて、彼のスタジオの映画プロデューサーになることにした。映画プロデューサーという仕事は、映画の企画に関わる事も多い。ムシュー・ハオヤン自身もまた謎の人物だったが、彼は私の人生に興味を持った。ラビットのメモリーは私の告白録と言うべきか。
数奇な運命を生きる者には更なる数奇な運命が訪れる。映画プロデューサーとなった今それを又深く感じる。私は新規入手した『ラビット2』に次の記録を書き込んで居る。
八月九日・・・ そう、私は映画プロデューサー、そして監督でもあるクリント・イースター(仮名)。私にはペンネームや、オリジナル・ファミリーネームを含めて幾つかの名がある。何故なら私は自分の正確な素性を明らかにする事が出来ない立場だからだ。妻とは、もう五年会っていない。追手から身を隠し続けなければいけなかったから。
私は決して自分を敬虔であるとは言えないが、ジーザス・クライストを主と信じる男だ。そして、もう私は何ヶ国も横断し逃亡してきた。モーセだってそうだったじゃないか、私は自分にそう言い聞かせる。今の生業を持つずっと前、カナダのバンクーバー市に一年間住んでいた事もある。バンクーバー市には多くの民族がモザイク的に生活している。風通しの良い街だ。とても住み易かった。市内にはパンジャブ地区と呼ばれるインド系移民の町がある。私はそこに入り浸っていた。その町に入れば私の民族性を問う者は誰も居ない。私は一年間、潜伏していたような感じだった。簡単に書けば私は元・小国のプリンスだった。しかし政変により、生まれ育った国を出る事になったのだ。映画プロデューサーとは、映画製作の中心に居る割に顔は目立たないから髭でも蓄えれば人相で特定しづらい存在だ。それにオリジナル・ファミリーネームは使っていない。あくまでクリント・イースターだ。私も、自分がこのように逃げ続ける人間になろうとは想像していなかった。そういった複雑な事情から、妻とはなかなか会えない。今、アニメーション映画のプロデュース業の為に、私はジャポン・関西に滞在している。長期滞在だ。四十四歳の夏。
私はインド本国に行った事が無いが、『インド洋』という言葉にいつもトキメキを覚える。そこは美しい海に囲まれた夢そのもののような楽園ではないだろうか、と。妻はインドにあまり興味を示さなかった。
私はインドの文化や芸術的デザイン性に大きな興味がある。次に妻に会えるのは何時になるのか。映画プロデューサーとしての仕事は実は色々と忙しい。
私が敬愛している映画監督マエストロ・F・フェリーニはかつてこう言った、「私が監督した映画のプロデューサーと呼ばれる人々が一ドルだって自腹を切らなかった、と知って居るのは僅かな人のみだ。映画製作バジェットは別の場所から入って来るのだが、それはプロデューサーの財布に収まるのだ。プロデューサーは可能な限り金を自分のものとして残す為に、フェリーニ監督が天気屋で金勘定が出来ない男で、周囲も監督の暴走をコントロール出来ないという伝説を作るのさ。そして、プロデューサーらだけが私の狂気を追い払う事が出来る、と皆に信じさせるんだ。そうやって彼らだけが私をコントロール出来るという嘘の理由で、バベルの塔を建設出来そうな位の沢山の金を要求するんだよ。映画作りは巨大事業となり映画監督はこの巨大経済の囚人となり、プロデューサーという名の怪物に操られる。だが私の仕事は、一つの道を表現し、そこに登場人物が様々な感情を出す事を見せるってことなんだ。」
この言葉の真実性はフィフティフィフティだと思う。プロデューサーは映画に必要な存在だ。しかし、プロデューサーは創造的自由や冒険心、そういうものがないとダメだと思う。そういうことを理解しようとする事が、芸術を新しいものにしてゆく。それ故に芸術は命を保てるのだ。
八月十二日には、EUのマルタ島へと出発する事になっている。これには複数の私のプロデュース作品が関係している。一つは制作を進めているアニメーション映画だ。マルタで、イメージボードとストーリーボード作成の為の取材ロケをする。このプロジェクトは我々のスタジオと協力関係であるUK・ロンドンのプロダクション・カンパニー、そして京都にある新興映像企業との共同プロジェクトだ。私は今そのビジネスの為に京都に向かっている。京都は面白い町だ。この町はジャポンの中に在ってジャポンでなく、ひとつの小宇宙を形作っている・・・。
私のリラティブは故郷の小国を出た後、京都に移り住み、そこで妻を得て暮らし続けて居る。京都に形成された小宇宙は、魚たちにとっての珊瑚礁のように住み心地が良い、と聞く。
今回は現段階で仕上がって居るイメージボードとストーリーボードをスタッフで確認するのだ。ここまで仕上げるのに、ロンドンを五度ロケしたのだ。だが、ロケは大切だ。その土地の空気感を掴むと作品を創り易くなるからだ。実際に宮崎駿氏も『アルプスの少女ハイジ』の為にアルプスをロケしたそうだ。
又、出会いもある。私はタイで妻と出会ったのだから。妻とは本当に長い間、疎遠になってしまっている。
昔、ダノン女史と恋人関係にあったことがある。政変の前だ。あの時代と今は大きく変わってしまった。
ダノン女史は、夏の昼下がり頃に、庭の行水シャワーを浴びる習慣があった。これは、あの時代の南欧では珍しい事ではない。比較的田舎町に住む多くの南欧の女性たちは、同様のライフスタイルを持っていた。
ダノンはヨーロッパ女性の奔放さを体現していた。夏、欧州は暑い。京都の夏も暑い。とは言え、私は夏の暑さは嫌いではない。若い頃に夏の暑いゾーンに住む事が多かったから。冬の寒さはノーだ。寒さには恐怖すら感じる。だが、プロデューサーとして寒冷の世界へ行く事も在る。そうした場所ではカフェに入り浸って居る。安いドリップコーヒーで(フリーの蜂蜜とミルクを入れて)何時間も脚本作業をする。蜂蜜の栄養で頭が冴える。こんにち、世界の何処に行ってもスターバックスが在る。私は其処での文書作業が好きだ。ノートPCをカウンター机に広げ、高椅子に腰掛けると非常に執筆作業に適した角度と環境が得られ、其れが保証される空間が世界の何処ででも提供されるのだ。基本、足が地面に着かない高椅子なのが良い。それは私がサイファイ(SF)映画のプロデューサーだからかも知れない。アーサー・C・クラークの描くような地球の重力から離れた世界に感覚が少し近づくのだと思う。カナダではシリアスコーヒーがお気に入りのプレースだった・・・。
京都・・・。此処で此れ迄に出来て居るイメージボード&ストーリーボード確認だ。其の後、作品のもう一つのロケ地であるマルタ島に行くのだ。マルタ島へ妻を誘ったが彼女の機嫌が悪い時で、アッサリ断られた。彼女は時々随分難しいのだ。何故だか私に分からない。でも私が勝手だったと云う事も在る。だから私も反省して居る。妻は、出会った頃は自身をタイ人だと言って居た。だが本当はそうでは無いらしい。私は、彼女がそう言うのなら其れで良い、と思って居た。
マルタ島に関しては複数のプロデュース作品が在ると言ったが、二つ目は実写映画(ライブアクション・フィルム)だ。あちらで、忙しいモデルの女性に会う。映画に出演してもらう為だ。京都の後はマルタ、私は幾つもの文化圏を横断し続ける。それが私の宿命なのかも知れない。
ところで、京都には八回は来ているのだが、未だに道に迷うのである。阪急烏丸駅を出ると四条烏丸の交差点だ。ここで四条通りと烏丸通りが交差している。烏丸通りを、りそな銀行のサインが見える方向に進む。するとやがて烏丸御池の交差点がある。そのちょっと先が世界的にも有名な漫画の殿堂、京都国際漫画ミュージアム。(因みにヨーロッパでもポピュラーな、L・松本キャラクターがマスコットの北九州市漫画ミュージアムも又、知名度が高いジャポン漫画殿堂だ。)
ミュージアムを過ぎ、二つ目の信号を少し越える。まず今日最初のミーティングプレースだ。初めのミーティングを終えると烏丸通りを又引き返し、六角通り交差点まで戻る。この六角通りをブライトリングを扱うウォッチギャラリーの方向に曲る。其処からも所謂京都小宇宙に繋がって居る。通りに入って少しの所に在る漁師めしは美味い。ジャポンの船旅で刺身を覚えた。私は十九になるまで刺身を食べた事が無かった。私の故国では火を通していない食べ物などまず無いのだ。
六角通りが堀川通りと交差する処に、喫茶店ボゴタが在る。カントリースタイルの洒落た店だ。店のカウンターレリーフも良い。店内テレビは京都風掛軸の様に演出されて居た。そこで二十五年前、世界を放浪していた頃の事を思い出した。私は当時スチューデントだった。あの頃、世界は何処も民主化の方向へ進んでいた。スターリンという独裁者は、あの頃でもすでに過去の人物だったが、最悪の内の一人だった。そんな過去の時代が終焉し、ゴルバチョフという民主化への希望が現れた時代だった。ゴルバチョフは旧約聖書の『モーシェ』(モーゼのヘブライ語発音)の箇所をよく読んでいた、と何かの本に書いて在った。あの時代、東西ドイツが統合し、東欧の国々も次々と民主化した。あの頃の事を思い出すと、何故か涙が出そうになる。我々は何故、互いに敵対し壁を作って居たのだろう?
私自身は遠く離れたチャイナタウン(広東系)に二年程潜伏する日々が在った。しかしそれは又新たなカルチャー体験を与えてくれた。金銭も滞り、安価なアパルトマンとBBQポークフライドライス(チリオイルかけ)&コーク、そしてフランスの哲学書と小説、華人圏の伝奇文学を読む二年間。
二十五年前世界放浪をして居た。故郷小国に経済危機と政変が起きた後、何故か東欧に共感するようになった。その理由は上手く説明出来ない。ただ世界はフクザツだと知った。私の父王は故郷小国の変化をかなり前から察知していた。私は父となんとなく疎遠であった。父なりにファミリーの事を考え出来るだけの事をしていた、と今になって思うが当時は反発した。(色々な事情が重なり)私は国外放浪した。国外での経験は楽しい事も多かった。初恋の相手はシナモンコーヒーが好きな女性だ。彼女の専攻は社会学、エリック・フロムの著書を学んで居た。彼女とよく一緒にプールで泳いだ。世界放浪の末に行き着いた所は合衆国、サンフランシスコ市だった。此の街は多元文化ゾーンであり、私は多くの民族・様々な人と出会う事になった。京都の映画村で俳優になる事を目標にして演劇の勉強中という変わり者も居た。シスコにはジャポン・カルチャーも流入している。
此の街はスペイン文化も色濃いが、マドリッドからの留学生にも出会った。今だとフェイスブックが有り、世界のそれぞれの場所での出会いから、友人へと発展するチャンスが増えたが、当時はEメールも無かった。それでも、放浪時代に友人になった連中と今も時々会う。コーヒーブレイクの後、次回手掛けるOVA作品の打ち合わせをして今日の仕事は終了だ。
関西のと或るアパルトマンへと帰路に就いた。三宮の路地を歩いていると婦人が私に声を掛けた。私も心の中に寂しさが在ったので、その婦人とバーで一杯飲む事にした。婦人は非常に美しかった。彼女と話している中に、彼女はある男性と結婚していて一才になる子供が居ると分かった。しかし夫はもう一年も家に帰って来ないと云う。彼女は明石の出身らしい。明石はジャポンの臍だ。JST(標準時)はこの町に設定されて居る。彼女とは公園で互いをハグするのみに止まった。セックスをする事には躊躇った。セックスは魂と魂を結びつける行為であるし、私にも妻が居るからだ。
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