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 グロースクリークでの滞在は、主にハイパーネットを介しての調査となった。ハイパーネット上の情報をたどり、Nつまりタイムエンペラーが現在どこを漂流しているのかを突き止めようとしていた。Nは、もう完全に憎しみと怒りのパワーによって自ら崩壊し、玄夢のかなたを彷徨って居るかもしれないのだ。その兆候はあった。Nとタイムエンペラーは完全なる合体をしてしまったのだ。怒れる者の行き着く先なのかもしれなかった・・・・・・・・・・。
 タイムエンペラーシステムは悪い宇宙人が、人間が持つ怒りと憎しみのマイナスパワーを利用し、システム自身の力を増幅し、その悪しき力を持って地球を征服するためにつくりだしたらしい。そういうプログラムになっている。良き宇宙人もまた、このバンクーバーで密かに活動し、タイムエンペラー打倒に向けて動いていると聞く。

 サンチャゴ博士から連絡が入った。ハイパーネットの中継プレースでもあるグロースクリークは、台湾と秘密の回線があった。ここは、リラックスして仕事ができた。近くには台湾出身のカウボーイが居て、彼は白い木造のコロニアル建築のチャイニーズカフェをやっていたが、そこのチョーメンはうまかった。年の頃還暦くらいの台湾出身のカウボーイは、どうやらサンチャゴと知り合いの様子だ。サンチャゴとはサイモンフレイザー大学で同期だったみたいだ。彼は、ボンジョビの『ブレイズ・オブ・グローリー』のCDをかけた。チョーメン、台湾、カウボーイ、ウエスタン映画、カントリー、ロック、コロニアルハウス、青い空、・・・みごとに調和していた。

 サンチャゴの通信が私のPCにハイパースカイプを通して現れた。
「キバー・プンダー、・・・私だ、サンチャゴだ。今は高雄にいる。高雄のルイグービルに拠点を移した。悪い宇宙人に狙られたからだ。私は今、良き宇宙人グループと接触に成功した。われわれは、良き宇宙人がわにいる。悪しき宇宙人らは、タイムエンペラーを使って、独裁を企んでいる。恐怖政治だ。やつらはかなり手ごわい。しかし、システムは大きくサイバースペースに依存していると分かった。つまり、サイバースペースの内部に入り込んで、やつらを一網打尽にできる、そういうことだ。」
 サンチャゴはそう私に伝えた。簡単に言うが、どうやってサイバースペースに入り込むというのだろう、そして、どうやってそこで対決できると言うのだろう? 映画ならば、いろいろある。はじめて軍事とコンピュータが密接になっていることを告げた映画は、ジョン・バダム監督の『ウォーゲーム』だった。もはや古典とも言われる傑作映画だ。あの映画では、核戦争がどちらの勝利ももたらさない、ということをコンピュータが学ぶことで、われわれは平和共存をすべきなのだ、と観客に伝えていた。凶暴な軍拡は、双方を滅ぼし合うだけだ。人類は何度も間違った。『ターミネーター』では、軍事用につくられた戦争プログラムが、かえって、コンピュータ同士のネットワークとなり、地上から人類を滅ばそうという選択をするAIが描かれた。それを止めるために、コンピュータのプログラムが書き換えられたロボットが、人類のリーダーを守るのだが、そのロボットは人間との交流によって、人間性を獲得していく。はたして、コンピュータ、AIは人間性を獲得できるのだろうか? そのとき、われわれと、人造人間はともに生きていくことが出来る社会を築けるのか? それが出来る人間もいるだろう、そして、出来ない人間もいるだろう・・・。だが、平和共存が大切だ。コンピュータはどこまで進歩するのだろう。小説では『ニューロマンサー』で、いわゆるサイバーギアをつけてサイバースペースの世界へ人が、ジャンプイン・ジャンプアウトする社会が描かれた。この執筆時代はPCがまだみんなの道具ではなかったので、サイバースペース・ジャンパーは、ひとつの職業として、プロだけがジャンピングインをなしえるものとして書かれた。その後、この小説の延長線上に『JM』があった。JMの主人公ジョニーもまた、ある意味、サイバースペースを渡り歩くプロで、そのなかで、危険な仕事をしていた。長すぎるサイバースペース体験は心身に悪影響であり、その悪影響を考えながら、サイバースペースの世界に入り込まねばならない。それほど入るのは自由ではない。そういう未来社会をロンゴ監督がある意味アーティスティックに描いていた。そして、『マトリックス』の登場だった。これは、サイバースペース映画の決定版のひとつと言える。これは、世界観が驚愕だった。つまり、すでに、この世界はマシンとコンピュータに完全に支配されていて、人々は眠らされて、脳にただ、コンピュータが作った情報としてのサイバースペースを与えられているだけの世界なんだ、という・・・。つまり、すでにこの世界がサイバースペースなのだ。なぜ、気付かない? そんな映画だ。 ほかに、コンピュータワールドに入り込む映画作品は、『TRON』ワールドがある。これは、壮大なコンピュータの回路の中に、人間が意識として入り込み、回路内部の争いで、やはり善と悪とが存在し、主人公はコンピュータ回路内部の悪と戦い、そして、回路の中のプログラムワールドに平和をもたらし、帰還する、という物語だった。 コンピュータのつくりだす壮大な世界にも、人間の持つ善悪が反映される。それは、支配と自由の概念と繋がる。それはコンピュータの世界を描いた文学だ。

 サンチャゴは言う、「こういうことだ。キバープンダー、・・・・つまり、タイムエンペラーをネットから誘い出し、サイバースペースの中で、つまり、メタバースの中で、君がタイムエンペラーと対決すればいいのだ。私がそのための世界を構築する。そこでは、君は『バーガス』というアバターになる。しばらくプログラム時間をくれ。その間、君はバンクーバー島でゆっくり文化を楽しんでくれ。」
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