上 下
13 / 26

イレブン

しおりを挟む


 バンクーバー島。そこは、ワンダーアイランド。まず、人々はカナダ西岸といえば、国際空港があるバンクーバー市に降り立つだろう。そこは多民族モザイクシティ。ニューロマンサーを生み出した土地。そこでは自分のルーツに出会うだろう。そして、やがて地球のルーツを想うだろう。そのとき、バンクーバー島が見えてくる。そこには、いまもファーストネーションが佇む。北米大陸西北部を闊歩した民族。ハイパートライブ。ワンダーネーション。ファーストネーション。悠久の空と大地と風はそこにある。彼らの世界だ。わたしは、サイバーシティ・グレーターバンクーバーをしばし離れることにした。グレーターバンクーバー、通称VAN-CITY、・・・そこからフェリーでバンクーバー島へ向かう航路がある。フェリーはナナイモという、今すこしHOTな町に到着する。
 バンクーバー島に到着すると、サンチャゴからの通達を持って来たギャルソンがそこにいた。彼が持って来たものは、『プログラム』だった。プログラムは、あれから数日で完成してしまったいたのだ。サンチャゴは天才すぎる。




 ギャルソンは言う、「キバープンダー、あまり休む時間はなかったな。だが、タイムエンペラー、通称・時間皇帝はすでに、地球上のあらゆるネットの脅威となりつつある。サンチャゴは、天才的誘導PROGRAMMEを開発し、現在、ミラーグローバルサイバー世界に、時間皇帝を閉じ込めている。やつは閉じ込められていることは分かっていない。」
 私は問う、「では、わたしに、どうしろと?」
 ギャルソンは答える、「キバープンダー、だいたい、理解してもらえたとおもう。今から君は、ミラーサイバースペース: THE PROGRAMME AVE MARIA へと、入って欲しい。君のアバターは、兎のバーガスだ。その世界に入ると、君は『リアル』の記憶をすべて忘れてしまう。ただ、君はそのミラー世界の『バーガス』となる。『リアル』に戻ったときにのために、君の記憶は全て、このハイパーUSB・バーガスボードにバックアップしておく。さあ、行け! ゆけよ、サイバー戦士、キバープンダーよ、いや、バーガスよ」

きらめくような光につつまれ、私は飛んだ・・・・・・・。

そして見えてくる・・・。

そこは、アジアのどこかの国のような景観である。
巨大なトランスポート(積載車両)が、何かを運んでいるようだ。
コンクリートに閉じ込められたような大規模居住空間が、その国の景色だ。
そんな国に嫌気がさした若者がいる。彼の名はブルース・エル・ニーロ。
エル・ニーロは今、雄叫びをあげている!
「しんでるで、しかし!」と心からの雄叫びをあげながら、うろついている。
彼には、その国の全てが死んでしまっているように見えるのであった・・・。
やがて彼は、トランスポート発着場で外国へ出航する船に乗る。
エル・ニーロが向かう先は、イタリア・トスカーナであった。
遠くへの旅だが、今の全てに嫌気がさした彼には必要な旅だった。
エル・ニーロを乗せたトランスポートはイタリアへ着いた。
イタリア鉄道に乗ると、エル・ニーロは胸をときめかせた。
トスカーナの黄色い田園を列車から眺めるエル・ニーロであった。
エル・ニーロが辿り着いた場所は、トスカーナの田舎町だった。
そこで彼はリソ・カントネーゼ(焼飯)を出す華人宿に滞在することにした。
エル・ニーロはよく独り言を話した。
付近の人々が彼の言葉を神託と考えはじめた。
もう、滞在70日を超えていた・・・・・・・・・・。
エル・ニーロは今日も独り言を話している。
「膨大な情報に溢れるインターネットの海を泳いで、私は生きてきた。
だが77日前、私は世界を放浪する旅に出た。
私の街はすでに死んでたからさ」
エル・ニーロが神託を受けていると思われてもおかしくない理由があった。
彼は、武道家であり哲学者だったブルース・リーに似ているのだ。
彼の親は彼が生まれたばかりの頃、それに気付いた。
だからファーストネームをブルースとした。
ブルースは、その宿で『呆け』と『忘我』のトレーニングを伝えはじめた。
しかし、ブルースはけっして権力のためにそれを始めたのではない。
ブルースの部屋では、よく『ペーパーバック・ライター』が流れていた。
その曲が示すとおりブルースはペーパーバックを書く気分で話しているだけだ。
もともとブルースはたいそうな事が嫌いだ。
たいそうな儀礼・因習など馬鹿馬鹿しい。
いつしかその宿は『アジア茶屋・呆け』と呼ばれ、マニアの間で名所となった。
リソ・カントネーゼもうまい店であった。
だから、オーナーとブルースはタッグを組んだ。
ある日、この話を聞いた男は車に飛び乗った。彼は53歳だった。
この男は、去年まではフランスの諜報機関に所属していた。
(そこは、通称ファウンデーション(=財団)と呼ばれていた。)
そういう分野を渡り歩いてきた男である。彼は今年、世界機関を立ち上げた。
彼が立ち上げた機関は『アベマリア世界機関』と名づけられた。
世界平和の推進機関だ。
(英語表記は、AVE MARIA WORLD ORG.)
BERGUS CHAN, そうこの男の名はバーガス・チャン!
その頃トスカーナの女子修道院だった所を改装したヴィラにバーガスはいた。
このヴィラから『アジア茶屋・呆け』は遠くない。
HONDA レッド・カーは、トスカーナの細い道を駆け抜けた。
そうバーガスの車だ・・。
バーガスは『アジア茶屋』に着くとブルースの部屋へ入った。
そしてブルースに尋ねる。
「あなたが、グレートな哲学者であるか?」
エル・ニーロは答える。
「だれが言ったか、大げさな。
私もまだ人生に迷い続け、人生の意味を探し続けている。
だが、ラプタピ・ワンがこう言った。
迷えるところまで、とことん迷いなさい、と」
 ・・・バーガスは、フッと笑みのような疑念のような表情を見せた。
そして、問うのだった。
「ラプタピ・ワンとは?」
それに対し、エル・ニーロが答える。
「そうだ。ラプタピ・ワンのことをあなたに教えよう」
その部屋の中の華人風黒屏風を、エル・ニーロが凝視した。
そこには、こう書かれていた。
「ラプタピ・ワンは、真理の言葉を受けとっている!」
バーガスはエル・ニーロに聞く。
「ラプタピ・ワンの真理の言葉は、どこから来るのか?」
エル・ニーロは得意げな顔をし、天を指すのだった・・・。
バーガスは思った。
「ラプタピ・ワンという精神的指導者とは、いずれ会うことになろう・・」
バーガスはトスカーナのヴィラに戻った。
そしてラムとオリーブのパスタを注文した。
少しくつろぎ、パスタを終いまで食すと、彼はエスプレッソを頼んだ。
運ばれてきたエスプレッソを、バーガスはグイッと飲み干した。
バーガスは少しの間目を閉じ、数日前から今までの事を回想した・・・・・。
数日前・・・・・・・。
たった数日前、バーガスはフランス・プロバンスに居た。
11:00AM だった・・・・・・・。
坂道を走り降りるレッド・カー。
運転するダンディな男はもちろんバーガス・チャンだ。
バーガスは運転しながら考える。
「私も、今年53か・・・・・・・、だが、まだまだイケルナ!もてもてさ」
ハンドルを持ちながらボイスレコーダをダッシュボードから取る彼・・・。
そして、ボイスレコーダをONにする。
バーガスは、ボイスレコーダを口に近づける。そして独り言を録音する。
「今回の任務は、きっと歴史になる。
だからさ、私、バーガス・チャンは、こんな風に記録しておこうと思うのさ」
次の瞬間、フロントガラスの向こうに見える信号が、赤になった。
彼はキュッとブレーキをかけた。
車が停止している間に、彼は日除けの裏から洒落たネクタイを出しつける。
その後、ボイスレコーダに録音を続けるバーガスだった・・・・・・・。
「僕は車の中に、いつもタイを用意してる。それが便利さ、しかし」
バーガスは録音を続けながら、再度レッド・カーを発進させた。
そしてキーッと角を曲がる。車両はホンダ製、ヨーロッパでも人気だ。
 ・・・歩く金髪の少年がその車両を見て目で追った。
だが、バーガスはひとり思いを馳せ、そして喋り続けた・・・・・。
「万年の生命を持つ者たちが所持するという、時を超えて世界を見通す知恵。
今回の仕事のキーワードのようだが。いったい、・・そりゃ何だ?」
ウィンドウ越しに一瞬、民家の外壁に置かれたマリア様のレリーフが見えた。
バーガスは用件を思い出している。そして独り言を言った。
「朝10時の電話で伝えられたメッセージ・・・。
アガウトリジックに会え・・・、か・・・」
 いつのまにか車は海の見える通りに来ていた・・・・・。
 ・・・その、南フランスの海岸通りを走りぬける車は陽光に照らされてい
る・・・。
バーガスは永遠の波のモノクローム色の、ビロードの海を見ながら録音した。
「万年の生命を持つ者たち、・・・時をこえ世界を見通す知恵・・・。
聖書に登場するソロモンは、とてつもない知恵を持っていたというが・・・。
そしてまたかつての中国の皇帝は部下を世界に派遣した、という伝説もあった。
永遠の命が得られる秘薬を探させた、・・・たしかそんな伝説だ」
ボイスレコーダをポケットにしまうと、バーガスはしばし眉間にしわを寄せた。
フランスの、地方のエアポートが見えてきた。小さなエアポートだ。
バーガスの車がエアポート・ランウェイの脇のスペースに入ってくる。
車を停め、サイドブレーキを引くと、バーガスはドアを開け、車外へ出た。
そして、ランウェイの端に待機しているコンテナ・ジェット機を見上げた。
バーガスはつぶやいた。
「いままで、多くの任務をこなして来た。
聖母マリア、そして神のご加護があったからだろう。
そう、今回の任務も乗り越えられるに違いない」
バーガスは、聖母マリア崇拝者であり、女性崇拝者でもあった。
そのとき女の声がした。
「ムシュー・バーガス・チャンですね。
私は、ミシェル・ジャバウォッキー、・・・パイロットです」
ミシェル・ジャバウォッキーは美しく、また女性的な知的さを持っていた。
バーガスは女性崇拝者であったから、仕事でも女性と組むことが好きだった。
ミシェルは、バーガスに右手を差し出す。握手を求めているのだ。
すこし上ずった声でミシェルは挨拶した。
「ムシュー、会えて光栄ですわ。
あなたが伝説のシーカー(seeker)だということは、知ってますから」
バーガスは答える。
「こちらこそ。
キャプテン・ジャバウォッキーがこのように美しい方だと知っていれば。
バラの一束でも持ってくるところでした」
この言葉を聞いてミシェル・ジャバウォッキーはかすかに微笑んだ。
二人は握手を交わした。ミシェルは、かわいい表情をし、言った。
「ムシュ・バーガス・チャン、あなたはキーホルダーのマスコットみたいよ」
バーガスはすかさず答えた。
「今回の仕事さえなければ、君のマスコットになるところですが・・。
ムシュは余計です、バーガスと呼んでください」
フフッと微笑むミシェルは女性らしい。
バーガスの赤い車がコンテナに格納される。
コンテナはベルトムーバーで、そのままジェット機に格納された。
キャプテン・ジャバウォッキーはコクピットルームに入る。
バーガスは、ステップ・カーからコンテナ・ジェット機に乗り込む。
しおりを挟む

処理中です...