働くおじさん異世界に逝く~プリンを武器に俺は戦う!薬草狩りで世界を制す~

山鳥うずら

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第九十二話 屑と女騎士【舞台裏】

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 ローランツ王国の城下町は様々な人たちが行き交い、国王の誕生日を祝う花が店先に並んでいた。祝賀ムードが町全体を覆い、酒場にはいつもより多くの人で溢れかえっていた。

 ローランツ王国では国王の六十歳の誕生日を迎え、王宮で盛大な式典が行われていた。第一王子カティアを筆頭に、第一王女ガーベラ、第二王女パトリシア、それに加えて錚々そうそうたる有力貴族が一堂に集まっていた。

 テレサも白薔薇騎士団の副隊長として、パトリシア王女の身辺警護に就いていた。式典は粛々と進み、パーティー会場に移ったとき事件が起こる。

 王を祝う祝杯があげられた―― 突然、会場がざわつく。一人の男が刀を握りしめブルボン王に襲いかかってきた。しかし、沢山の衛兵たちに押さえつけられ事なきを得たかに見えた。王の後ろから給仕がそっと近づくが、さっきの騒動で誰も違和感に気が付かない。

 ただ一人を除いて――

「さっきのは陽動だ!!」

 テレサは大声を張りながら、給仕に詰め寄った。

 給仕はお盆の上にのせたグラスを王にぶちまける。テレサは腕を伸ばして、ブルボン王とパトリシア王女を突き飛ばした。その結果、彼女は全身にグラスに入った液体を頭からかぶる。全身から煙が上がり、テレサは悲鳴を上げそうになった。しかし、苦痛に耐えながら歯を食いしばり、懐から刃物を取り出した給仕を、一刀のもとに切り伏せた。

 彼女の意識はそこで途絶えた……。

              *     *     *

「何故、これだけ高いポーションの効果が弱いんですか!?」

 隊長の我なり声が聞こえる。

「毒の中に異国ののろいが練り込まれている……わしらの医術じゃ手も足もでんわ。彼女の身体を浸食する時間を遅らせるのが精一杯じゃ!」

「彼女は完治しないと!?」

 悲痛な面持おももちで唇を噛みしめた。

「もって、一月か……しかも苦痛は日増しに増え、どうにもならんわ」

 彼はかぶりを振った。

「そ、そんな……毒使いなら、解毒剤の情報は持っているはずよ」

「陛下を狙った間者は、牢屋の中で毒を飲んで死んでたそうじゃ」

「間者が隠し持っていた毒物は、私が取り上げたわ!」

「王家こそが猛毒じゃ……。すまない、今のは聞かなかったことにしてくれ」 

   隊長と医者のやりとりを途切れ途切れで聞いていた……。

「ご免なさい……テレサ……あなたを助けられなくて」

 意識が混濁する中で自分が助からないのではという、暗澹あんたん極まる疑念が生まれた。

 「た、隊長……」

「あなた意識が戻ったの!!」

「パ……パトリ……シア王女は守られたでしょうか?」

 声が何故かくぐもってしまい、いつもの声が出ない。

「テレサが間者を片付けたお陰で、あの会場での怪我人は誰一人出なかったわ」

「そ、それは良か……イテテテッ」

 身体中に痛みが走った。

「大怪我しているんだから無理しないでよ」

 また、意識が朦朧もうろうとなり眠りについた。

 次に目覚めたときは、部屋が暗くなっていた。身体全体に包帯が巻かれている。顔に巻かれた包帯がずれていたのでまき直そうとしたが、指が上手く動かない。手を動かす度に包帯がずれ落ちてくる。鏡を見て直そうと思い部屋を見回した。壁に鏡が掛けられていたので、痛い身体を押しきって鏡の前に立った。

 病室内に備え付けられている鏡に、映し出された自分を見て息を飲んだ。ケロイド状になったその顔は小鬼にそっくりだった……。口が上手く回らなかったのは、唇が少し癒着していたからだ。ここは王族が利用する病院である。そこで治療が終わってるのに、この姿であるという事実に薄ら寒いものを感じた。

 包帯で顔を巻き戻そうとしたが、指先が上手く動かない。さっきまで気が付かなかったが指も紫色に黒ずんでおり、包帯で巻かれた腕も身体も同じかと想像すると震えが来た。

「うああああぁぁ……」

 思わずうめき声が出てしまった。

「何をしているんです!?」

 テレサの声を聞いた看護師が、部屋に飛び込んできた。彼女は鏡の前でうずくまっていた。看護師に促されるままベッドに戻され、包帯を綺麗に巻き直して貰う。身体に布団が掛けられ、少し落ち着きを取り戻した。やがて自分が置かれた現状を理解出来た……。

                      *     *     *

 薬湯を飲んでも身体は一向に良くならない。包帯を代えるときが一番苦痛であった。身体から外される包帯は黄色く、べったりと重くなっている。見たくなくても、自分の身体が目に入ってくる。医師と隊長は必ず良くなると励ましてくれたが、それが優しい嘘だと見抜けない愚者ではない。

 看護師に新しい包帯を巻いて貰っている途中、部屋の扉が突然開いた。

「良い知らせを持ってきた! 悪い! 治療の最中だったか」

 部屋から出ようとした隊長に

「気にしないで下さい……それより良い知らせを教えて下さい」

 可愛い声で笑ったつもりが「グフウ~」になって少し悲しかった。

 隊長は治療が終わるまで秘密だと言って、部屋から出て行った。暫くしてから部屋の扉が叩かれ――

 私の前にはパトリシア王女が立っていた。

「父上と私を守ってくれてありがとう」

 指先まで真新しく巻かれた包帯の上から、パトリシア王女の美しい手が重なる。

「姫様……」

「すぐに来たかったのだけど、こちらの都合・・・・・・で来られなかったの」

 何となくその理由を察した。

「こんな所まで足を運んで頂きありがたき幸せです」

「お身体は大丈夫かしら?」

 慈愛の目をテレサに向け優しく微笑む。

「は、はい……」

 テレサの目は濁りかけていた……。
 
「王女様がテレサに、直接手渡したい物があるそうだ」

 隊長は場の雰囲気を変えるように明るい声で話す。

「寝たままで良いから聞いててね、貴方に勲章を授与します」

 そういってテレサの手にズシリと重い勲章が王女から手渡された。

「白薔薇大字勲章が授与されたぞ!」

 嬉しそうな表情をテレサに送る。

「隊長! おめでとうございます」

「馬鹿者ッッ、お前が授与したに決まっているだろうが」

「……」

「何、間の抜けた顔をしてるんだ」

 手に持った勲章をじっと見つめる。

「こんなの頂いてしまって、良いのでしょうか?」

「テレサは騎士としての仕事を十分に果たしました」

 しばしの沈黙の後に、テレサは口を開く。

「謹んでお受けいたします」

 パトリシア王女のお言葉に、テレサは深く頭を垂れた。しかし、その態度とは裏腹に、騎士道に対する不信感が彼女を苦しめる。

 テレサの体内と心に毒が浸食していく……
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