働くおじさん異世界に逝く~プリンを武器に俺は戦う!薬草狩りで世界を制す~

山鳥うずら

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第百五十一話 悲しみよ、さようなら

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 朝、ベッドから起き上がると、まだカゴの中でチックが寝ていた。毎度、この妖精にはとんでもない起こされ方をされているので、どうやって悪戯おこしてやろうかと思案した。顔に落書きをするには、あまりにも顔が小さすぎて出来ない。大声を張り上げて飛び上がらせるのも一興か。ただ鼓膜を破ってしまうと、笑えないのでギリギリで思い止まった。結局、チックの可愛い寝顔を見続けているうちに、物音を立てずに部屋からそっと離れた。

 薙刀を握り外に出ると、木の枝で小鳥たちが囀る声が辺りに響いている。まだ暗いうちから薙刀の素振りをするのはいつぶりのことだろうか。上下振り、斜め振り、横振り、斜め振り下から振り返す八方振りを反復。馬鹿みたいに同じ事を延々と繰り返す。貯金ではないが基本の稽古方法を重ねることで、なんとか攻撃力ヒットポイントが少しでも増やせればと意識を少し変えて続けている。

 稽古中、チックが飛んでこなかったので一時間近く薙刀を振り続けることになった。汗だくになったので、昨日の残り湯にそのまま入り、身体の火照りをゆっくりと冷やす。今日はチックを使って新しい薬草を見付けることを夢想していたら、今度は身体が冷えてきたので慌てて風呂から上がり、裸のまま部屋に着替えを取りに戻った。

 カゴの中を覗くとまだチックは寝ていた。しかしあまりにも遅い目覚めに違和感を感じて、チックをそっと持ち上げた。

「ふあ……おっちゃん」

 チックが小さな目を開けたが、声に生気がなかった。

「朝飯だから早く起きろ」

「……チックはもうの」

 チックが何を言っているか分からなかった。俺はチックを揺すると、人形のようにチックは揺すられるままに身体が動く。

「なっ……」

 俺は思わず息を飲んだ。

「ごめんね……おっちゃん。幸せを上げることが出来なかったチックを許して」

「訳の分からないことをいっているんだ!?」

「チックの旅はここで終わるの……」

 そう言うと、チックの身体が、手の平の上で少しずつ薄くなっていく。

「おい! 変な冗談はよせ」

「プリン美味しかったの。またいつか食べたい……」

「何、言ってんだ! チックの分は山ほど残っているんだぞ」

「ふふっ……。じゃあいつか出会うまで残しておいてね」

 チックは弱々しく微笑んだ。俺はハッと気が付きチックを持ったまま外に飛び出し、梵天の花の入った桶を見た。黄色い梵天の花が水の底で枯れている中、赤い梵天の花だけが、シワシワになりながらも花びらの形を残して辛うじて浮いていた……。

「俺がこの水を替えなかったばっかりに、チックは弱ってしまったんだな!」

「違うよ……妖精は同じ場所にはずっと留まることは出来ないの。チックの我が儘でここに居続けたから、力を失ったの……おっちゃんは何も気にしないで」

「馬鹿野郎! 今からでも遅くないだろう。早く飛び立てよっ!」

「ううん……チックはね、ここが気に入っちゃったもん」

 チックは首を左右に軽く振りながら、目を閉じて消えていく…… 

「あああああああーーー」

 声にならない悲鳴が口から漏れる。

――「ねえねえチックちゃん、ここで何しているの?」

 突然、俺の背後から小さな声が聞こえてきた。声のする方に振り向くと、チックと同じ髪の色をした妖精が浮かんでいた。

「タック!! なぜここに貴方が来ているのよ!?」

 さっきまで弱々しく、死にかけていた妖精……そのチックの目がパチリと開いた。

「チックちゃん、もうみんな移動を開始しているので迎えに来たのよ」

「ムーーー! 邪魔しないでよね。もう少しでおっちゃんに、チックちゃんという大きな傷跡を心に残すことが出来たのに、大失敗だったよ」

 そう言って、チックは俺の手の平から飛び立った。
                                                           
「おまえ……死んだ振りをしてやがったのか!?」

 俺はぷるぷると唇を震わせながら言い放った。けれどもチックは何処吹く風と聞き流し、小さな下をペロッと出した。

「あっ……プリンのお礼を忘れていたの」

 俺との会話のラリーは必要ないとばかりに、思いついた言葉を口にする。その後、信じられない光景を見せられる。チックは全身を震わせ、口を大きく開けた。そうして、彼女は『ウゴッ』と声をあげながら俺の手の平の上に、自分の頭と同じぐらいの赤い玉を口から吐き出した。

 そして一言 ――

「さようなら」

 彼女は満足げな笑みを浮かべて、俺に別れを告げた。そうして振り返りもせず飛んでいく。俺はチックの後ろ姿が消え去るまで見続けるしかなかった……。

 「あの……人間さん、チックがご迷惑を掛けてごめんなさい」

 全く言葉の意味がつかめず、怪訝そうな目を妖精へ向けた。

「俺には何が何やらさっぱり、理解が追いつかないんだが」

「妖精族は梵天の花を吸いに、この地の森に訪れます。その花の中で赤い花には大きな魔力が宿っており、それを吸った妖精は力が得られるのです。大昔、それを見付けてくれた人間にお礼をしたところから、花祭りが産まれました。妖精が黄色い花を吸いに来るのではなく、赤い花を咲かせた家に幸せを与えるのが一族のしきたりです。ただチックちゃんはああいう子なので、人間には悪いけど外れと言うしか……」

「赤い花が妖精チックではないと言うことか」

 タックの言葉に俺の顔が歪んだ。

「はい。妖精族のチックちゃんが、あなたの家に訪れて悪戯を仕掛けただけの話しです。(願いは叶わずとも、チックちゃんがいるだけで人間は最低でも大金持ちぐらいにはなっているはずなのに、あの裸人間が何の恩恵にもあずからないのはおかしいのよね)」

「とんだ妖精を召喚したもんだ……」

「あの……私もみんなと一緒にここを離れるのでこれで失礼します」

 タックという妖精はペコリと小さなお辞儀をして、チックと同じ方角に向けて飛んでいく。

 俺はただ口を大きく開けて、無言のまま、その背中を見送るしかなかった……。

 幸せを運ぶ妖精か……俺はチックが来るまでは、ソラのことしか考えられなかったが、あいつがきてからは、ソラのことをすっかり忘れさせられていたな。この地に来たときはどん底だったけど、ソラが居なくなったぐらいで、この世の終わりだと落ち込むのはもうめだ。ソラに本当に会いたければ幾つも手があるじゃないか。

 俺は悲劇のヒロイン気取りの自分を恥じた。

 ちょっといかれた妖精が消えた方向を見ながら、来年もまた、赤い花を引き当てることが出来ると確信した――
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