働くおじさん異世界に逝く~プリンを武器に俺は戦う!薬草狩りで世界を制す~

山鳥うずら

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第百五十四話 昆虫採集【前編】

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「おっちゃーーーん! 何を作ってんだよ、臭くてかなわんし」

 レイラが顔をしかめながら、我なり声を上げている。

「明日使う、仕込みを用意しているから、もう少しだけ勘弁してくれ」

 俺は鍋の中で果物と酒をかき混ぜながら、昆虫採集で使う果物トラップを台所で準備していた。鍋から果物の甘い匂いとお酒が混じる、強烈な臭いが部屋中に広がっていく。十五分ほど煮詰めてジャム状になったら、火を止めて冷めるのを待つ。ここではジップロックなどという便利グッズは手に入らないどころか、ビニール袋さえない世界なので、空の容器に果物トラップを流し込み玄関の前に置きに行った。

 部屋の中はまだ、果物を煮た臭いが残っており、居間に入るとレイラにブチブチと文句を言われた。

「明日、ダブリンと虫取りに行くから仕方がないんだ」

「お前ら、子供かよ!!」

 と、レイラは即座にツッコミを入れる。

「いや、完全に仕事だし、ダブリンの依頼だし」

 俺はレイラからの視線をそらしながら、遊びでない事を強調した。 

 翌日――。

 玄関の呼び鈴が静かに鳴らされ、扉を開けるとメイドのキャサリンが顔を覗かせている。

「お早うございます、おっちゃん様。ダブリン様が馬車でお待ちですので、お出かけの準備をして下さい」

「ここまでわざわざ迎えに来てくれて助かるよ。この容器を持って先に行っててくれ」

「んあ!? な、何ですかこの気持ちの悪い液体は……」

 彼女は汚物でも見るように顔をしかめた。

「虫を捕るための餌だから、馬車の外にでも上手いこと積んどいて欲しい」

 キャサリンは、小さな溜息を一つついて、それを運んでいった。俺も玄関前に用意しておいた道具をソリに載せ、ダブリンと同じ馬車に乗り込んだ。普通なら彼と同乗するなど失礼にも程があるのだが、虫友という最大の繫がりを全面に生かした。

「おっちゃん氏、よろしく頼むでおじゃる」

「おう! なんとか一匹でも仕留められるように尽くすわ」

 二台の馬車は、いつもとは正反対の門を潜ってタリアの町を後にする。

「テナガオオクワガタって言うのは、初めて聞いた名前だな」

「そうなんでおじゃる。先日ある虫屋が、今から行く山で偶然死骸を見付けてきたのじゃ」

 ダブリンはそう言って、クワガタムシの標本を俺に見せてくれた。そのサイズは上顎きばを入れれば八十ミリほどあり、大きな特徴として真っ赤な体色で、前足が身体と同じぐらい長く伸びていた。

「ほほー、見事な個体クワガタムシだな!」

「素晴らしい色合いでおじゃるよ。しかもこれだけ長い手を持った昆虫は珍しいと思わないか、おっちゃん氏」

「おれの故郷に、テナガコガネというコガネムシはいたな」

「そうでおじゃるか! このクワガタムシもテナガと名付けてはいるが、仮の名前でござる」

「しかし、クワガタムシでこのタイプは、見たことも聞いたことも無かったわ」

 そう言って、クワガタムシの標本を持ち上げ、重量感を感じながらじっくりと眺める。

「だから、是が非でも生きた個体を見付けて、持って帰りたいのじゃ」

「けどよ、わざわざお前さんが出迎えなくても、虫屋に任せれば良かったんじゃないのか?」

「はあ……そうでおじゃるが……。依頼でも話しは通っていると思うが、虫屋に何度か依頼を出したが収穫は無かったのじゃ」

 「それで、俺にお鉢が回ってきた訳なのか……」

「是非ともおっちゃん氏の力を借りたかったのじゃ。それにこんな長旅では退屈過ぎて、馬車が苦痛でおじゃるからな。フヒヒヒヒ」

 ダブリンは俺を見て嬉しそうに笑った。

 いつもは魔の森で仕事をこなしているので、まったく別の土地に入る事に心が躍った。薬草狩りではなく、昆虫採集が目的だからではあるのだが。

「今から行く場所の情報は、殆ど無いので情報があれば助かる」

「今から登るマルカッツエ山は、標高が高いのでかなり涼しいのじゃ……こいつを最初に見付けたのは虫屋でなく、山菜を取りに行っていた現地の住人じゃ。虫屋の話しでは、その採集人もこのクワガタムシを見たのは初めてらしく、それらしい所は虫屋と一緒にかなり探し回ったが駄目だったと聞く……」

 ダブリンはまくし立てるような早口で語った。

「かなり難しい仕事になりそうだな」

 彼から話を聞いて、ひとりごとのように呟く。

 俺は喋り疲れたので馬車からの車窓を眺める。真っ直ぐに伸びる道の端からは、黄色と紫の花が咲き乱れる美しい高原が広がっていた。窓から入ってくる風は、タリアの町よりかなり冷たく感じた。

 キャサリンから貰った焼き菓子を食べながら、高原の風景を眺めていると学生時代の遠足を思い出す。高原の先から繋がるマルカッツエ山の壮大なパノラマは、荒んだ心を洗い流してくれるような気がした。

「壮観な景色だな」

「そうでございますね」

 そんな俺の言葉にキャサリンはゆっくりと首を縦に振り同意する。彼女はウットリとした目をして、高原一面に広がる自然の、多彩な表情に魅せられていた。

「ふひー、ここにテナガオオクワガタがいると思うと、もう居ても立っても居られないでおじゃるな」

 空気を全く読まない、花より虫のダブリンであった――。
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