公爵様のランジェリードール―衣装室は立ち入り厳禁!―

佐倉 紫

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第一章 メイド、主人の秘密を知る。

001

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 ピチチチ……、と可愛らしい小鳥のさえずりが聞こえてくる。
 小窓から入る朝日に誘われるように、ジゼルは長い睫毛まつげをかすかに震わせ、ゆっくり開いた。
 ぼんやりした視界がはっきり見えてくるにつれて、眠りに沈んでいた意識も浮上してくる。何度か瞬きをしつつ、ゆっくり起き上がったジゼルは、両腕を上げてぐぐっと伸びをした。

「今日もいい天気~」

 寝起きでぐちゃぐちゃの黒髪を片手で撫でつけ、彼女は一人用の簡素な寝台から降り立った。板張りの床に置かれたスリッパを引っかけ、窓辺の出っ張りに向かう。そこには小さな洗面器とブラシ、水差しが置かれていた。
 手早く水差しの中身を洗面器に移して、冷たい水で顔を洗う。濡れた顔をタオルでゴシゴシ拭く頃には完全に目が覚めて、慣れた手つきで髪をとかした。

「ちょっと伸びてきたかしらね。そろそろ床屋がくる頃だから、いっそ胸の上くらいまで切ってもらおうかしら」

 まっすぐにすると胸の下までくるようになった黒髪を、手早く一本の三つ編みにする。
 それを後頭部の下あたりでくるっと丸めてピンで留めれば、髪の支度は完了。

 頭から被るだけの簡素な寝間着を脱いで裸になると、首にかけていたなにかが朝日を反射してキラッと光った。
 それは銀の台座に青い石がまった指輪で、指ではなく革の紐を通され、彼女の胸元を飾っている。
 寝間着を脱いだ弾みで背中に回ろうとする指輪を前に戻して、ジゼルは寝台に腰掛けた。

 そこから、まずはももまであるストッキングを穿いて、腰に巻いたガーターベルトで吊り上げる形にして止める。その上からドロワーズを穿き、次に厚手のシュミーズ、前止めの簡易かんいコルセットをつけた。
 この頃少し大きくなって、動くのに邪魔になってきた乳房を押さえ込むように紐を縛れば、下着の装着も完了。

 立ち上がり、今度はその上から深緑色のワンピースを着込む。動きやすいようにスカート丈はくるぶしまでになっているが、そでは手首までをぴったり覆っていた。
 背中のボタンを首近くまで器用に留めて、白いエプロンをさっと身につける。
 かかとの低い黒い靴に履き替えて、エプロンとそろいのヘッドキャップをつければ、準備は万端だ。

「よし。今日も一日頑張ろうっと」

 鏡の前に立ち前髪をさっと直してから、頬を指先でむにむにして、にこっと笑顔を浮かべる。ねのけたままだった毛布を直し、脱いだ部屋靴をそろえて置き、洗面器の水を捨てて、ジゼルは一人用のこぢんまりとした部屋を出た。

 廊下には等間隔とうかんかくで木製の扉が続いており、そのうちいくつかが開いて、ジゼルとまったく同じ格好をしたメイドが「おはよう~」と言いながら出てくる。
 ジゼルも挨拶あいさつを返しながら、彼女たちと連れだって細く狭い階段を、四階から一気に地下まで降りていった。

「朝ご飯できてるよ――! きた順から食べちゃって!」
「はーい」

 厨房や洗濯場と言った、生活を支える裏側が集まる地下室では、すでに何人かが、並べられた机について朝食にかぶりついていた。だいたいは庭師や馬番と言った、外で働く男たちで、朝が早い彼らは一仕事を終えてから朝食を取りにやってくる。

 一方、メイドたちは掃除や洗濯など、屋内での仕事が多いので、朝は比較的ゆっくりだ。
 ゆっくり、と言っても、季節によっては日の出とともに起きてくることもある。
 だが厳しい寒さがようやく去り、朝夕はまだ冷えるものの、暖炉の火はいらなくなった今の時期は、お日様が庭木の朝露あさつゆを払う時刻になってから起き出していた。

 テーブルには自分で好きな量を取れるようにと、大皿にサラダとパンが山盛りになっている。一人一人にスープと飲み物が配られ、料理人からありがたくカップを受け取ったジゼルは、さっそく空いている席に着いた。
 食事を進めているうち、奥向きを取り締まる家政婦長がやってきて、本日の仕事を振り分けていく。

「サーシャとイルネは厨房を手伝っておくれ。次のパーティーに向けて仕込みが必要だから。あと新しい花を花壇に植えるってんで、そっちにも人手がいるんだ。リルとベッキーはそっちに行けるかい?」
「わかりました。朝食終わったらすぐに向かいます」

 先に食べていた何人かと、あとからやってきた何人かがすかさず頷く。

「ジゼルはいつも通り、朝は旦那様についておくれ。お茶の支度もよろしく」
「わかりました」

 ジゼルも与えられた仕事に素直に頷いたが、隣に座る先輩メイドにちょっと小突かれた。

「今日も旦那様にお呼ばれ? やっぱりジゼルは旦那様のお気に入りね~」
「いいなぁ~。わたしも一度でいいから旦那様の部屋にお呼ばれしてみた~い!」

 年も近いメイドたちが口々に言うのに対し、家政婦長が怖い顔で凄んでみせる。

「そう思うなら、あんたたちもお茶のれ方を勉強しな。ジゼルが朝の支度に呼ばれるのは、わたしに次いで美味しいお茶を淹れられるからさ。お茶の淹れ方の試験は毎月やっているんだから、ちっとは頑張ることだね」
「はぁぁあ~い」

 メイドたちはさも面倒くさそうに間延びした返事をする。
 確かに、美味しいお茶を淹れるのは、なかなか大変だし手間がかかるものだ。茶葉によって最適なお湯の温度も蒸らす時間も、注ぎ方もなにもかも違う。
 ジゼルも最初にお茶の入れ方を教わったときは、ちんぷんかんぷんだった。たまたまお茶を仕入れに行く先で淹れ方のコツを教わり、以降上手にできるようになったので、単純に運がよかったと思うばかりである。

「ごちそうさまでした!」

 主人の朝の支度をするとなると、悠長に食べている暇はない。ほとんど掻き込むようにサラダを食べ、ちぎったパンを沈めたスープを一気飲みすると、ジゼルはすぐに立ち上がった。
 さすがにはしたない食べ方だったので、家政婦長が「まっ」と眉を吊り上げたが、気がつかないフリをして急いで立ち去る。
 主人の私室がある三階へ、使用人専用の細い階段を駆け上がり、廊下に出てからはおしとやかに、しかし可能な限り早足で移動した。
 廊下の隠し扉を開け、ワゴンを引っ張り出し、主人の部屋へ向かう。

 多くの使用人を抱えるここの主人が住まう部屋は、当たり前だが目を見張るほど立派だった。
 扉の重厚さからして、使用人たちが寝起きする四階とは異なっている。見上げるほど大きな白い扉の持ち手は金で、あちこちに彫刻やら装飾やらが施されていた。
 最初はさわるのもおっかなびっくりだったが、ここで働き始めてそろそろ三年。ようやく扉を静かに開けることも得意になってきて、すぐに私室に入り込む。
 扉を開けていきなり部屋、ではなく、いくつかの扉がつらなる廊下を再び進んで、扉をさらに二つ開けて、ようやく居間に到着だ。

 扉と同じ真っ白な壁に囲まれた部屋は、扉の正面が大きな窓になっていて、広大な庭が一望できる作りになっている。
 テーブルと椅子のセットは正面と、少し離れたところに二セット用意されていて、さらに奥にはピアノやバイオリンといった楽器が置かれていた。
 その向こうには暖炉があり、部屋の反対側にも、やっぱり暖炉がある。今は使われていないので柵が立っていたが、冬のあいだは常に薪を切らさないようメイドたちがあくせく運んでいたりするのだ。

「広いっていうのも考え物よね……」

 などと考えつつ、ジゼルはワゴンを押し部屋に入る。そしてすぐ近くの棚を開けて、ずらりと並ぶ紅茶のびんをいくつか手に取り、今日はこれかな、とワゴンに乗せた。
 同じく茶器も一通り選び、ワゴンに並べる。厨房から持ってきたポットの温度をさわって確認してから、彼女は正面の扉へ進んでいった。 
 扉の前で一つ深呼吸してから、彼女はこんこんこんとやや強めに扉をノックする。

「旦那様、お目覚めの時間でございます」

 しばらく待つが、返事はない。再びノックしたジゼルは、やはり返事が無いことを確認してから、扉に手をかけた。

「失礼いたします。朝のお支度をお持ちいたしました」

 しんとした部屋にジゼルの声が響く。カーテンが開け放たれていた先ほどまでの部屋は明るかったが、こちらはカーテンが引かれたままなので薄暗い。
 ジゼルは構わずワゴンを進め、部屋の中央に置かれた寝台へと近づいた。
 天蓋てんがいから下がるカーテンの一部を開いて、お茶の支度を始める。瓶の蓋を開けただけで漂う紅茶の香りにうっとりしつつ、手早く茶葉をティーポットに移して、適温になったお湯を注いだ。
 蒸らし時間を計るために砂時計をひっくり返して、素早く窓へ向かう。重厚なカーテンを左右に開けば、部屋は一気に明るくなった。
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