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第一章 メイド、主人の秘密を知る。
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そんなジゼルの考えを後押しするように、ロイドが「そういえば」と顎に手をやった。
「君は給金を三年分前払いして、全額孤児院に寄付したんだったね。当時壊れていた母屋の屋根と崩れた納屋の修理、それと冬に向けて薪を買う資金にするために」
ジゼルは重々しく頷いた。
そうなのだ。ジゼルが給料を前払いしてもらったのは、それまで暮らしていた孤児院で立て続けにものが壊れたりしたからなのだ。
まず全員が日中暮らす母屋の屋根が、季節外れの雹にやられて穴ぼこだらけになってしまった。薪や藁を保管しておく納屋は完全に潰れ、近くの木も倒れて煙突を塞いでしまっていたのだ。
これらの修理と片付けにかかる費用は相当なもので、普段の生活すらギリギリで回している孤児院にはどうしようもできなかった。
煙突に掛かった木は近所に住む男たちが取り払ってくれたが、その際に煙突に積み上げていた石が崩れてしまって、さらなる修理箇所が出てくる始末だ。
そんなとき、被害を聞きつけた支援者が何人か様子見にやってきてくれた。ロイドはそのうちの一人で、穴ぼこだらけの母屋を見るなり「これはひどいな」と眉を顰めていた。
彼はすぐに寄付を申し出てくれたが、すべての修理となるとかなりの金額になってしまう。それを告げるのを迷う修道女たちを見て、当時十五歳だったジゼルはとっさにロイドに駆け寄ったのだ。
『公爵様! わたし、そろそろ働き口を探そうと思っているんですが、公爵様のところで雇っていただけないでしょうか? 炊事も洗濯も掃除も、なんでもできます。だから、わたしに払うお給金を、こちらの修理代に充ててもらえないでしょうか?』
計算してみると、ロイドの家――そのときはまさか城住まいとは知らなかったから、大きなお屋敷にでも住んでいるのかなぁ、と思っていた――でメイドとして働く場合、だいたい三年分の給金が修理費に値することがわかった。
修道女たちはジゼルの申し出に「失礼でしょう」と慌てていたが、ロイドは逆に面白いと思ってくれたらしい。いいよ、とその場であっさり頷いた。
『ジゼルと言ったね。君にはここにくるたび、美味しいクッキーやお茶をごちそうしてもらっている。働き者で小さい子の面倒もよく見ているし、修道女たちとも、いい関係を築けているようだ。そういう子なら、うちでもきちんと働いてくれるだろう。来週からでもおいで。制服とかはこちらで用意するから、身一つでいい』
そして、ジゼルはロイドの家――ではなく、城でメイドとして働くことになったのだ。
話が決まると、ロイドはすぐに三年分の給金を従者に持ってこさせ、諸々の修理のために職人まで連れてきてくれた。
ジゼルはそのことに感謝しながら、リティア城に就職し、今日まできびきびと働いてきたのである。
当時のジゼルにとって、ロイドの訪れは渡りに舟でもあった。
もともと孤児院には男女ともに十六歳までしかいられない。養子に出される子も多かったが、縁がなかった子供たちももちろんたくさん存在する。
女の子の中には修道女になる子もいたが、男の子は早いうちだと十三歳頃には孤児院を出て、支援者のつてで職人に弟子入りしたりして自立していく。
ジゼルは子供の面倒を見るのは好きだったが、修道女のように敬虔に過ごすのは無理な気がしたので、外に働きに出たいと考えていた。
だが、貴族の屋敷に雇ってもらえるというのは、かなり運がいい。
大きな商家や、一代限りの騎士の家ならまだしも、由緒正しき家柄を自認する貴族たちは、身元が確かな者でないと、まず雇わないものだ。
ロイドは三ヶ月に一度くらい、ふらりと孤児院に顔を出し、決まった額を寄付をしていく貴族の一人だった。
熱心な支援者ではなかったが、定期的に必ず寄付してくれるというのはかなりありがたい存在で、院長は常に丁寧におもてなしするように、と孤児たちに言い聞かせていた。
年長者だったジゼルはいつもお茶を出す係を命じられていたが、ロイドはそのとき以外でも、子供たちのリーダー格であったジゼルをよく観察してくれていたらしい。
家柄でも身元でもなく、人柄で選ばれ雇われたということは、慣れない環境の中で過ごす折にふれて、ジゼルの気持ちを奮い立たせ、慰めてくれた。
ということで、ロイドにはかなりの恩がある。この頃は朝の支度に呼ばれることも多いので、今後のことについても何度か話す機会があった。
「そして君は、お給金を自分で受け取れるようになったら、探偵を雇いたいと言っていたと僕は記憶しているよ」
そのときの会話を覚えていたらしい。ジゼルは再び頷いた。
「はい……。お給金が貯まったら、自分の家族を探したいなと思っていて……」
ジゼルはぽつりと答える。
赤ん坊の頃に孤児院の門に置き去りにされていたジゼルだが、院長曰く、『口減らしのためや、やむにやまれず捨てた、という感じではなさそうだった』というのだ。
孤児院に捨てられている子供というのは、貧しくて自分たちで育てていけないから、というのが一番多い理由だが、それ以外にも様々ある。だがジゼルの場合、着ていた産着は絹製のとても立派なものだった。ここへくる直前まできちんと世話をされていたようで、痩せてもいなかったし、身体も顔も清潔で、爪まで短く切ってあったという。
産着には『ジゼル』という刺繍もしてあったので、ジゼルはそのままその名前で呼ばれることになった。
それに……
「確か、指輪を持たされていたんだったよね。一度見せてもらったけれど、綺麗な石が嵌まった高価そうなものだった」
ジゼルはこくりと頷く。その指輪は、今もワンピースの下に収まっていた。
見るからに高価そうな指輪は、ジゼルの出生のヒントになるかもしれないからと、長いこと院長が預かっていた。ジゼルが十五歳になったお祝いに渡されて、これからは自分で管理するように、と言われたのだ。
宝石には詳しくないが、台座に嵌まる青い石は見れば見るほど透き通っていくようだった。渡された日の夜は見つめるのに夢中になって、あまり寝付けなかったほどだ。
母屋の屋根が壊れたとき、真っ先にこの指輪を売ってお金にすれば……と思ったが、それは院長が反対した。自分の出生に繋がるものなのだから大切にしなければ駄目だ、と言って。
ジゼルはその言葉をありがたいと思うと同時に、この指輪を調べることで自分の母親や、生まれた家を知ることができるかもしれない、と思うようになった。
だから、ある程度自分で稼げるようになって貯金ができたら、そういった調べ物に詳しいひとに頼んで、自分がどこで産まれたのか、親は誰なのか、できる範囲で調べたいと思っていたのだ。
「君は給金を三年分前払いして、全額孤児院に寄付したんだったね。当時壊れていた母屋の屋根と崩れた納屋の修理、それと冬に向けて薪を買う資金にするために」
ジゼルは重々しく頷いた。
そうなのだ。ジゼルが給料を前払いしてもらったのは、それまで暮らしていた孤児院で立て続けにものが壊れたりしたからなのだ。
まず全員が日中暮らす母屋の屋根が、季節外れの雹にやられて穴ぼこだらけになってしまった。薪や藁を保管しておく納屋は完全に潰れ、近くの木も倒れて煙突を塞いでしまっていたのだ。
これらの修理と片付けにかかる費用は相当なもので、普段の生活すらギリギリで回している孤児院にはどうしようもできなかった。
煙突に掛かった木は近所に住む男たちが取り払ってくれたが、その際に煙突に積み上げていた石が崩れてしまって、さらなる修理箇所が出てくる始末だ。
そんなとき、被害を聞きつけた支援者が何人か様子見にやってきてくれた。ロイドはそのうちの一人で、穴ぼこだらけの母屋を見るなり「これはひどいな」と眉を顰めていた。
彼はすぐに寄付を申し出てくれたが、すべての修理となるとかなりの金額になってしまう。それを告げるのを迷う修道女たちを見て、当時十五歳だったジゼルはとっさにロイドに駆け寄ったのだ。
『公爵様! わたし、そろそろ働き口を探そうと思っているんですが、公爵様のところで雇っていただけないでしょうか? 炊事も洗濯も掃除も、なんでもできます。だから、わたしに払うお給金を、こちらの修理代に充ててもらえないでしょうか?』
計算してみると、ロイドの家――そのときはまさか城住まいとは知らなかったから、大きなお屋敷にでも住んでいるのかなぁ、と思っていた――でメイドとして働く場合、だいたい三年分の給金が修理費に値することがわかった。
修道女たちはジゼルの申し出に「失礼でしょう」と慌てていたが、ロイドは逆に面白いと思ってくれたらしい。いいよ、とその場であっさり頷いた。
『ジゼルと言ったね。君にはここにくるたび、美味しいクッキーやお茶をごちそうしてもらっている。働き者で小さい子の面倒もよく見ているし、修道女たちとも、いい関係を築けているようだ。そういう子なら、うちでもきちんと働いてくれるだろう。来週からでもおいで。制服とかはこちらで用意するから、身一つでいい』
そして、ジゼルはロイドの家――ではなく、城でメイドとして働くことになったのだ。
話が決まると、ロイドはすぐに三年分の給金を従者に持ってこさせ、諸々の修理のために職人まで連れてきてくれた。
ジゼルはそのことに感謝しながら、リティア城に就職し、今日まできびきびと働いてきたのである。
当時のジゼルにとって、ロイドの訪れは渡りに舟でもあった。
もともと孤児院には男女ともに十六歳までしかいられない。養子に出される子も多かったが、縁がなかった子供たちももちろんたくさん存在する。
女の子の中には修道女になる子もいたが、男の子は早いうちだと十三歳頃には孤児院を出て、支援者のつてで職人に弟子入りしたりして自立していく。
ジゼルは子供の面倒を見るのは好きだったが、修道女のように敬虔に過ごすのは無理な気がしたので、外に働きに出たいと考えていた。
だが、貴族の屋敷に雇ってもらえるというのは、かなり運がいい。
大きな商家や、一代限りの騎士の家ならまだしも、由緒正しき家柄を自認する貴族たちは、身元が確かな者でないと、まず雇わないものだ。
ロイドは三ヶ月に一度くらい、ふらりと孤児院に顔を出し、決まった額を寄付をしていく貴族の一人だった。
熱心な支援者ではなかったが、定期的に必ず寄付してくれるというのはかなりありがたい存在で、院長は常に丁寧におもてなしするように、と孤児たちに言い聞かせていた。
年長者だったジゼルはいつもお茶を出す係を命じられていたが、ロイドはそのとき以外でも、子供たちのリーダー格であったジゼルをよく観察してくれていたらしい。
家柄でも身元でもなく、人柄で選ばれ雇われたということは、慣れない環境の中で過ごす折にふれて、ジゼルの気持ちを奮い立たせ、慰めてくれた。
ということで、ロイドにはかなりの恩がある。この頃は朝の支度に呼ばれることも多いので、今後のことについても何度か話す機会があった。
「そして君は、お給金を自分で受け取れるようになったら、探偵を雇いたいと言っていたと僕は記憶しているよ」
そのときの会話を覚えていたらしい。ジゼルは再び頷いた。
「はい……。お給金が貯まったら、自分の家族を探したいなと思っていて……」
ジゼルはぽつりと答える。
赤ん坊の頃に孤児院の門に置き去りにされていたジゼルだが、院長曰く、『口減らしのためや、やむにやまれず捨てた、という感じではなさそうだった』というのだ。
孤児院に捨てられている子供というのは、貧しくて自分たちで育てていけないから、というのが一番多い理由だが、それ以外にも様々ある。だがジゼルの場合、着ていた産着は絹製のとても立派なものだった。ここへくる直前まできちんと世話をされていたようで、痩せてもいなかったし、身体も顔も清潔で、爪まで短く切ってあったという。
産着には『ジゼル』という刺繍もしてあったので、ジゼルはそのままその名前で呼ばれることになった。
それに……
「確か、指輪を持たされていたんだったよね。一度見せてもらったけれど、綺麗な石が嵌まった高価そうなものだった」
ジゼルはこくりと頷く。その指輪は、今もワンピースの下に収まっていた。
見るからに高価そうな指輪は、ジゼルの出生のヒントになるかもしれないからと、長いこと院長が預かっていた。ジゼルが十五歳になったお祝いに渡されて、これからは自分で管理するように、と言われたのだ。
宝石には詳しくないが、台座に嵌まる青い石は見れば見るほど透き通っていくようだった。渡された日の夜は見つめるのに夢中になって、あまり寝付けなかったほどだ。
母屋の屋根が壊れたとき、真っ先にこの指輪を売ってお金にすれば……と思ったが、それは院長が反対した。自分の出生に繋がるものなのだから大切にしなければ駄目だ、と言って。
ジゼルはその言葉をありがたいと思うと同時に、この指輪を調べることで自分の母親や、生まれた家を知ることができるかもしれない、と思うようになった。
だから、ある程度自分で稼げるようになって貯金ができたら、そういった調べ物に詳しいひとに頼んで、自分がどこで産まれたのか、親は誰なのか、できる範囲で調べたいと思っていたのだ。
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