公爵様のランジェリードール―衣装室は立ち入り厳禁!―

佐倉 紫

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第二章 メイド、モデルになる。

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 その後も会場の整備が続き、翌日はさらに忙しくなった。芸術家たちが、今度はおのおのの作品や楽器を持ってやってきたためだ。
 展示ブースには多くの絵画や彫刻が飾られ、玄関ホールから大広間まで続く廊下にも、作品がずらりと飾られていく。

 音楽家たちは、それぞれの音が被らないところにスペースをもらい、明日演奏する曲を特訓していた。ときには音楽家同士が集まり、合奏するのはどうだろうかと、積極的に意見を交換している。

 もちろん、リティア城に仕える使用人たちも大わらわだ。
 当日は庭も開放されるので、庭師も急ピッチで花壇かだんの手入れを進めている。今日のために咲かせた花を花壇に移したり、伸びている枝を剪定せんていしたり、そこそここにベンチやパラソルを配置したりと、汗をぬぐう間もないほど動き回っていた。

 もちろん、厨房も夜中以外はフル稼働だ。明日並べる食事はもちろん、今宵はほとんどの芸術家が城に泊まっていくので、その食事の用意もある。
 当日は立食形式で、そこここに置かれたテーブルに食事を並べていく予定だ。公爵家の威信いしんをかけた料理とあって、一週間前から仕込みが行われている。

 洗濯場もさながら戦場である。普段の洗い物はもちろん、明日芸術家たちが着る衣装にアイロンがけしたり、会場で使うクロスを運び込んだりと忙しない。

 それぞれの担当の者たちが持ち場で踏ん張る中、メイドたちも大忙しだ。
 芸術家たちの要望を聞いてはお使いに走ったり、あれが足りないこれが足りないと次々出てくる不備に対応すべく、朝から食事を取る間もないほど走り回っている。
 ジゼルが振り分けられたのは会場の整備だったが、途中からは厨房に入って鍋を洗ったり、洗濯場で洗い終わったシャツを干したり、客室の掃除や、白熱する芸術家たちの美意識論争の仲裁ちゅうさいを請け負ったりしていた。

 右へ左への大騒ぎだったが、ジゼルはこの忙しさがそんなに嫌いではない。じっとしているよりは動いているほうが好きな性分というのもちろんあるが、当日へ向け、全員が一丸いちがんとなる空気感にわくわくさせられるのだ。
 それにタイミングが合えば、厨房で当日に出す料理を試食させてもらえるし、普段お目にかかれない豪華な銀食器を磨く機会にも恵まれる。
 忙しいのに見合ったお給金も出るので、みんなあれこれ文句を言いつつも、さほどギスギスした雰囲気にならないのも気に入っていた。

「明日は明日で忙しいからね! 住み込みメイドは全員九時には寝ること! その代わり明日は五時起きだよ!」

 多くの人間が夕食を掻き込む中、家政婦長の声が響く。ほかのメイドたち同様返事をしながら、ジゼルは配られたシチューを手に空いている席を探した。

「ジゼル、ここ空くからよければ座って」
「ありがとう! あ、旦那様が今どうしているか知ってる?」

 席を譲ってくれたメイドが、作業部屋でロイドとともに衣装直しにたずさわっていた者だと気づいて、ジゼルは何気なく問いかける。

「衣装に手直しを加えるからって、作業部屋にもっていらっしゃるわ。贔屓ひいきにしている歌姫に着せるドレスなんですって。恐ろしいくらいビーズが縫い止められていて、軽いのにめちゃくちゃ豪華なドレスだったわ。充分豪華なのにまだ直すなんて信じられない」
「それはすごいわね。ちょっと見てみたいかも」

 こだわるところにはとことんこだわるあたり、ロイドも真性の芸術家気質なのだろう。

「なにか旦那様に用でもあるの?」
「ううん。ただ昨夜も遅くまで作業していたみたいだから、寝なくて大丈夫かなって心配になっただけ」

 しれっと答えるジゼルは、内心で(何時頃に作業部屋に行けばいいかしら……)と考えている。次のモデルの仕事はパーティーの前夜――つまり今夜に、と言われているのだ。
 人知れず悩むジゼルの隣で、メイドたちは夕食を早食いしながらも楽しげに会話する。

「そうは言っても、旦那様はいつもパーティーやら舞踏会の前は寝ずに作業するのが普通だし」
「特に今回みたいな芸術家お披露目会は、気合いの入れ方が違うわよね。貴族だけ集める舞踏会のほうがよほど手を入れるべきなのに、そっちは慎ましい感じだし」
「というか、そういう普通の舞踏会はほとんど開かないわよね、この城って」
「独身のうちはそうじゃない? 舞踏会とかの采配さいはいを振るうのって、だいたい奥方の役目だし。独り身のうちは、あちこちにお呼ばれするほうがいろいろ楽でしょ」
「だよねぇ。そもそも旦那様って結婚するつもりあるのかな?」
「ないんじゃない? 気楽な独身主義って感じがするし。それに趣味が広範囲すぎて、嫁にかまけている場合じゃなさそう」
「そうだよね~!」

 ――王族が暮らす城で働いているとは言え、その実態は話好きの庶民である。主人に対するあけすけな噂話は日常茶飯事だ。
 家政婦長が同席していたら大目玉を食らうところだが、あいにく今は大忙しのパーティー前夜。家政婦長も主人に対しての噂話に、いちいち眉を吊り上げている暇はない。
 ジゼルも怪しまれてはたまらないので、「わたしもそう思う~」と適当な相槌あいづちを打ってやり過ごしていた。

 そして住み込みのメイドたちは明日の早起きに供えて、全員夜の九時での終業となった。いつもより三時間も遅い終業だけに、さすがに全員がくたくただ。

「じゃあ、明日頑張ろうね」
「なにも問題が起きないことを祈っておくわ」

 そんな軽口を叩きながらおのおのの部屋に引き上げる。ジゼルも一度部屋に戻って、厨房から持参したお湯のポットをそっと置いた。
 足を洗うためのたらいを引っ張り出して、中に湯を空ける。水差しの水で熱さを調整してから、彼女は裸になって足先を浸した。
 タオルを沈めてぎゅっと絞ってから、全身に軽く滑らせる。さすがに今日は一日中走り回って汗を掻いたので、ロイドのもとへ行く前に身体を綺麗にしていきたかった。

(本当は下の浴室を使いたいところだけど、今日は芸術家さんたちが使うからねぇ。普段お風呂に入らないひとも多いから、仕方ないことだけど)

 ひとしきり身体を拭いて、乱れた髪も結い直す。そして新たな下着とワンピースに着替えると、手燭てしょくを手にそっと部屋を抜け出した。
 明日が早いこともあり、みんなさっさと眠ってしまったのだろう。足音を忍ばせれば気づかれることなく四階を抜け出すことができた。

 一階まで使用人用の階段を降りていき、人目につかないように気をつけながら作業部屋を目指す。
 一応作業部屋の前で立ち止まりノックをしたが、返事はなかった。そっと扉を開けるも、作業部屋の明かりはもう落とされている。
 代わりに、立ち入り禁止の奥の部屋の扉の隙間から、わずかに明かりが漏れていた。
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