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異世界生活
緊急依頼終了《1》
しおりを挟むイルは、目の前の光景が信じられなかった。
――ドラゴン。
それは数多くの英雄譚に出て来る魔物であり、中には賢龍と呼ばれる気性が穏やかで人と会話出来る龍や、ある地方を守護する守り神としての龍などの逸話はあるが、やはり一番多いのが、勇ある者への最強最悪の敵として描かれる場合である。
実際、ただの空想の生物ではないため、ドラゴンが出現したと言われる地域や国は、甚大な被害が発生することが多く、第一級危険生物として広く知られている。
ドラゴンを倒すことの出来るドラゴンスレイヤーという存在も、世界にはいるそうだが……まあ、圧倒的に少ないことは間違いない。
この国にもそんな英雄は一人いるが、その彼は今国を出張っているため、この遠征には付いて来ていない。
故にイルもまた、今回の緊急依頼の目標が龍種である可能性が高いと聞いて、非常に強く緊張していたし、もしかすると自分もまた、死んでしまうかもしれないと覚悟を決めて遠征に臨んでいた。
恐怖はあるが、この国に属する一人の冒険者として、国を守ろうという強い意思の下に、今回の調査へ参加していたのだ。
――の、はずなのだが。
「ギィィアガフッ――」
現在、彼女の目の前に広がっているのは、そのドラゴンが為す術もなく一方的に嬲られている光景。
それを行っているのが、縁があり、彼女が臨時パーティとしてお邪魔させてもらっている、三人組のパーティである。
彼らが、少し普通のパーティと違うとは理解していたが……正直この光景は、想像の埒外である。
まず、仮面を被っているため実際の年齢はわからないが、少女らしい雰囲気の女性冒険者と、『冒険者』という職がよく似合う、少し怖いが格好いい女性冒険者の二人。
彼女らの使う武器は、イルが知っているものより大分コンパクトなサイズのボウガンと、柄の無いダガーという、少し変わってはいるもののそこまで特徴的な武器には見えないものだが……しかし、その威力はちょっとおかしなことになっている。
何故か、爆発する。
二人の正確無比な攻撃により、敵の咥内にボウガンの矢とダガーが刺さり、そして爆発を起こす。
その威力は相当に高いようで、見ていて少し哀れなぐらいに効果を発揮し、ドラゴンに大きなダメージを与えていることが見て取れる。
だが、何より一番おかしいのが――彼女らのリーダーの、黒髪の青年である。
――何で、斬り裂けちゃうんですか!?
彼女が見ているその前で、青年がドラゴンの前脚の攻撃を避けたかと思うと、グルンと身を回転させながら片手の長剣でも短剣でもないような長さの剣を振るう。
と、次の瞬間には、ドラゴンの前脚が綺麗な断面を見せ、その切断された先が木々をなぎ倒しながら地面に転がるのだ。
ドラゴンの鱗とは、伝え聞く限りによると『最硬』と呼ばれる金属、『アダマンタイト』以上のもので造られた武器でしか斬り裂くことが出来ないらしく、それ以外の武器ではせいぜいが表面を削るぐらいしか無理だと言われている。
にもかかわらず、今のはまるで、ケーキでも斬るかのような気軽さで、ドラゴンの前脚を斬り飛ばしていた。
彼の持つあの赤黒い刀身をした剣が、そんな伝説級の武器であるのかもしれないが……しかし、彼の今の俊敏な動きを見れば、何も武器の性能のみが優れている訳ではないのがすぐにわかることだろう。
「これは、現実なの……?」
ボソリと呟かれたその声に顔を向けると、自分達が来る前にあのドラゴンと戦っていたと思われる、軽戦士風の女性冒険者が、呆然といった様子で目の前の光景に魅入っていた。
それも、無理からぬことだろう。
イルにとっても、全く同じ思いである。
――その後、戦闘自体は数分も経たずに終了したが……その間にイルが受けた衝撃は、物凄いものだった。
ほぼ、一方的な戦闘。
その中核を為した青年の姿が、ドラゴンと比べ圧倒的に小さいはずなのに、まるで何倍にも大きくなったかのような、そんな存在感すら感じられる。
「し、信じられん……まさか、一人で倒してしまうとは……」
と、そう言葉を溢すのは、イル達より先にこの場にいたパーティの一人らしい、剣士の装いの男性冒険者。
彼は武器を下ろすと、ドラゴンに視線を釘付けにしながら、青年の下へと向かって行く。
「一人じゃねぇぞ。援護があったからな。――それより、そっちは平気か? 一人重傷だったろ」
「あ、あぁ……アンタのところの魔術師が治療を手伝ってくれたおかげで、一命は取り留めた。感謝する」
「それはその子に言ってやるんだな」
ニヤリと笑みを浮かべてから、イル達の臨時パーティのリーダーである青年は言葉を続ける。
「さて、これで脅威は排除した訳だが……この後はどうなるんだ?」
「……赤玉を使ったから、もう少しすれば皆ここに集まって来るだろう。恐らく、その中にロドリゴさん――騎士団長も来るだろうから、彼が戦果確認を行って、今回の緊急依頼は終了になるはずだ。こんな、三日も経たずに終わるとは、誰も思っていなかっただろうが……」
「じゃあ、早く終わって良かったな」
若干呆れた様子でそう言う魔法剣士の男性に、肩を竦めるイルのパーティリーダー。
本当に……何と言うか、掴みどころのない人だ。
力をひけらかすでも無ければ、驕り高ぶる様子もない。
普通の、近所にでも住んでいそうな優しい青年に見えるが、その身に宿す力は絶大で、ドラゴンすらも屠ってみせる。
――彼は、一体どれが素顔なのだろうか。
この時、イルの心には、黒髪の青年に対する大きな好奇心が生まれていた。
* * *
「ただ……アンタ、多分この後が大変だぞ」
「へぇ? 何でだ?」
先にドラゴンと戦っていたパーティの、リーダーらしい男にそう聞き返す。
「仮にもドラゴンスレイヤーだ。一国を救った、な。恐らく王城に召喚され、国王様――はお身体が悪いから、宰相様辺りから何か褒美を下賜されることになるだろう。アンタ、今日から超有名人だぞ」
「……そこまでか? ドラゴンスレイヤーっつっても、いない訳じゃないんだろ?」
「あぁ。この国にも一人いるが、その時は国を挙げての祭りになったな。だが、その時は大規模な討伐隊が組まれ、その最大功績者が代表としてドラゴンスレイヤーの称号を受け取っただけだ。今回のように、単体のパーティが討伐した場合、どうなることか……」
「別に俺らだけじゃないだろ。アンタらが先に戦っていたじゃねぇか」
「俺達はただ逃げ惑っていただけだ。発見は確かに俺達だが、ほぼ何もしていないに等しい」
とすると……その、国を挙げてのお祭り騒ぎとなるような功績を、俺達のみがほぼ独占する形になった訳か。
……マズいな、派手に動くとは決めていたが、ちょっと失敗したかもしれない。
あまりに呆気なかったものだから、そのまま普通に殺してしまったものの、確かに俺達だけで討伐、というのはやり過ぎたか?
味方が来るまで、のらりくらりと敵の体力を削ることだけに集中した方が、いい感じに功績が分散して、必要以上の注目は集めずに……いや、よく考えたら別に、俺達はこの国に骨を埋める訳じゃないし、構わないか。
面倒になったら、逃げればいいのだ。
というか、例の「枢機卿」サマにお話を聞き次第、この国はおさらばしよう。
……いいな、妙案に思えて来た。
長くこの国にいるつもりならば、潜伏しながら少しずつやっていくのがいいだろうが、短期間の滞在であれば、後のことを考えないでいいので、ある程度派手に動いても構わないだろう。
若干動きに修正は必要となるが、今回の討伐でお偉いさんに召喚されるというなら、むしろ手間が省けていいかもしれない。
この際だ。
目的のためには、やれるところまでやってしまおう――。
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