100回目記念日

おこめニスタ

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後編

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「それも忘れたなら、告白する習慣も一緒に失っておいてよかったのに。いつまでも阿呆だな、シノは」
 100回目? 少なくともその倍、俺は彼女に『好き』だと言われ続けている。
 精神的なものから来る記憶障害だと医師は診断した。それだけのショックを与えたのは他ならぬ自分で、呑気な笑顔を目の当たりにすれば、欠如した思い出を蘇らせる気は微塵もなくなった。
 何がきっかけで思い出すかわからないおかげで、俺は彼女の名前を呼ぶことすら許されない。当然の報いだ。この程度で罪滅ぼしになるとは考えていないが、彼女の幸せを第一に願うくらいには、今も俺は――
「サノー!!!」
 バアン! 鉄製の扉の鈍い音が思考を遮る。思わずこめかみに手を当てた。頭が痛い。
「買ってきたよっ」
 褒めて! と言わんばかりにすばやくそばへと歩み寄って、頭を差し出してくる。後ろにぶんぶんとご機嫌に揺れる尻尾が見えてくるようだ。
「コーヒー代と釣り合うくらいのスイーツ、考えといて」
 伸ばしたくなる手を制する代わりに、
「スイーツ?」
「帰りに奢ってやる」
せめて、このくらいなら許されるだろうか。
「そう長々と待ってやるつもりないから、残業はナシ。返事は?」
「わ、わかりましたっ! 絶対何がなんでも定時で上がる! デートのお誘いってことでいいんだよね!?」
 飛び跳ねんばかりの勢いの彼女から、プラスチック製の容器に入ったコーヒーを取り上げた。このままでは、こぼして折角似合っている白いブラウスを汚してしまいかねない。
 休憩の時間はそろそろ終わる。やる気を出せばその分空回る彼女のフォローで、午後は忙しくなりそうだ。
「でも、どういう心境の変化?」
「そうだな…」
 背を向けて歩き出せば、彼女は当然のごとく後ろをついてくる。
「今日は、記念日なんだろ」
 隠しきれず表情に滲みかねない今、向き合ってはならない。見せてはいけない。
 俺から返すはずの『愛してる』を100回殺した、記念すべき一日に抱いた想いは、決して。
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