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花盗人と花を守る人
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変な誤解をされても困るから、家まで送るのは今回だけにしておこう。
逸樹がそんなことを考えていると、円がその道の先にあるアパートを指差した。
「あのアパートです」
駅からアパートまで15分と言っていたが、逸樹には実際の時間より長く感じた。
「私が鍵を開けて玄関に……」
「玄関に入るまで見届ければいいんですね?」
逸樹が尋ねると、円は申し訳なさそうに目を伏せた。
「いえ、あの……一度玄関に入っていただいてもいいですか?」
「いくらなんでもそれは……」
「お願いします!ほんの少しでいいんです!もしかして部屋の中に誰かが潜んでいるかもって思うと、いつも一人で家に入るのがすごく不安なんです!」
いくら逸樹が上司とは言え、彼氏でも友達でもないのに、ずいぶん厚かましいお願いだ。
しかしこんなに不安がっているのに、そのままにしておくのはかわいそうだとも思う。
とりあえず家の中に異常がないことを確かめたらさっさと帰ろうと、逸樹は渋々ではあるがそのお願いを聞いてやることにした。
「わかりました。少しだけですよ」
円はドアの前で辺りを見回して鍵を開けた。
ドアを開けて部屋の中に入り、逸樹を招き入れる。
ドアを閉めると、円は玄関の鍵を締めて部屋の灯りをつけた。
逸樹は念のため部屋の中に入り、部屋の中やベランダに誰もいないことを確認した。
特に何も問題はなさそうだ。
「うん、大丈夫そうですね。それじゃあ僕はこれで……」
逸樹が玄関へ向かおうとすると、円は逸樹の腕をつかんで引き留めた。
「ちょっと待ってください」
「特に異常はなさそうだし、大丈夫だと思いますよ?」
「せめてお茶くらい……」
「いえ、もう遅いので」
部屋の中に異常はないと言っているのに、なぜこんなに引き留めるのだろうと逸樹が思っていると、円が突然逸樹に抱きついた。
逸樹は突然のことに驚き、慌てて円を自分から引き離そうとした。
「北見さん?!」
「お願い、まだ帰らないで……。もう少しだけ……一緒にいてください……」
「何言ってるんですか、僕には妻がいるんですよ?」
「奥さんがいてもいいの、好きなんです!!だから私と……」
円の手が、逸樹の背中を艶かしくするりと撫でた。
逸樹の胸に言い様のない嫌悪感が込み上げる。
これまでの円の話は、自分の気を引くための嘘だったのだと逸樹は気付いた。
嘘をついて心配させておきながら、人の夫を誘惑して奪おうなんて、何を調子のいいことを言っているんだと無性に腹が立つ。
「離してください」
逸樹は自分の体から、無理やり円を引き剥がした。
「僕は妻を愛してる。何を言われようと、女性としての君に興味はない。二度とこんなくだらないことはしないでくれ」
吐き捨てるようにそう言って、逸樹は円の部屋を後にした。
駅へと急ぎながら逸樹は紫恵に電話をかけた。
帰りがもう少し遅くなることを謝ると、紫恵は心配そうな声で『いつもよりずいぶん遅いけど、何かあったの?』と尋ねた。
逸樹は『帰ったらちゃんと話すから、もう少し待ってて』と言って電話を切った。
自宅へ帰る道のりで、紫恵が言っていたのはこれだったのかと、逸樹は妙に納得した。
部下だから心配していたのに、気を引こうとするための嘘だったなんて裏切られた気分だ。
円に抱きつかれても、好きだと言われても、逸樹の心は1ミリたりとも動かなかった。
迷惑だと思いこそすれ、その誘惑に乗ってやろうなんて、まったく思わない。
今はとにかく、1秒でも早く紫恵に会いたい。
家に帰ったら、愛する紫恵を思いきり抱きしめようと逸樹は思った。
10時半になる少し前、逸樹はようやく我が家に帰りついた。
ドアを開けると、紫恵が急いで玄関へやって来て逸樹を出迎えた。
「おかえりなさい」
「しーちゃん!」
顔を見るなり、逸樹は紫恵を思いきり抱きしめた。
抱きしめると腕の中にすっぽりとおさまる紫恵の体は、小さくて柔らかくて温かい。
紫恵の髪からは、いつものシャンプーの匂いがした。
誰よりもしっくりくる紫恵の最高の抱き心地に、逸樹はいつまでもこうしていたいと思う。
逸樹がそんなことを考えていると、円がその道の先にあるアパートを指差した。
「あのアパートです」
駅からアパートまで15分と言っていたが、逸樹には実際の時間より長く感じた。
「私が鍵を開けて玄関に……」
「玄関に入るまで見届ければいいんですね?」
逸樹が尋ねると、円は申し訳なさそうに目を伏せた。
「いえ、あの……一度玄関に入っていただいてもいいですか?」
「いくらなんでもそれは……」
「お願いします!ほんの少しでいいんです!もしかして部屋の中に誰かが潜んでいるかもって思うと、いつも一人で家に入るのがすごく不安なんです!」
いくら逸樹が上司とは言え、彼氏でも友達でもないのに、ずいぶん厚かましいお願いだ。
しかしこんなに不安がっているのに、そのままにしておくのはかわいそうだとも思う。
とりあえず家の中に異常がないことを確かめたらさっさと帰ろうと、逸樹は渋々ではあるがそのお願いを聞いてやることにした。
「わかりました。少しだけですよ」
円はドアの前で辺りを見回して鍵を開けた。
ドアを開けて部屋の中に入り、逸樹を招き入れる。
ドアを閉めると、円は玄関の鍵を締めて部屋の灯りをつけた。
逸樹は念のため部屋の中に入り、部屋の中やベランダに誰もいないことを確認した。
特に何も問題はなさそうだ。
「うん、大丈夫そうですね。それじゃあ僕はこれで……」
逸樹が玄関へ向かおうとすると、円は逸樹の腕をつかんで引き留めた。
「ちょっと待ってください」
「特に異常はなさそうだし、大丈夫だと思いますよ?」
「せめてお茶くらい……」
「いえ、もう遅いので」
部屋の中に異常はないと言っているのに、なぜこんなに引き留めるのだろうと逸樹が思っていると、円が突然逸樹に抱きついた。
逸樹は突然のことに驚き、慌てて円を自分から引き離そうとした。
「北見さん?!」
「お願い、まだ帰らないで……。もう少しだけ……一緒にいてください……」
「何言ってるんですか、僕には妻がいるんですよ?」
「奥さんがいてもいいの、好きなんです!!だから私と……」
円の手が、逸樹の背中を艶かしくするりと撫でた。
逸樹の胸に言い様のない嫌悪感が込み上げる。
これまでの円の話は、自分の気を引くための嘘だったのだと逸樹は気付いた。
嘘をついて心配させておきながら、人の夫を誘惑して奪おうなんて、何を調子のいいことを言っているんだと無性に腹が立つ。
「離してください」
逸樹は自分の体から、無理やり円を引き剥がした。
「僕は妻を愛してる。何を言われようと、女性としての君に興味はない。二度とこんなくだらないことはしないでくれ」
吐き捨てるようにそう言って、逸樹は円の部屋を後にした。
駅へと急ぎながら逸樹は紫恵に電話をかけた。
帰りがもう少し遅くなることを謝ると、紫恵は心配そうな声で『いつもよりずいぶん遅いけど、何かあったの?』と尋ねた。
逸樹は『帰ったらちゃんと話すから、もう少し待ってて』と言って電話を切った。
自宅へ帰る道のりで、紫恵が言っていたのはこれだったのかと、逸樹は妙に納得した。
部下だから心配していたのに、気を引こうとするための嘘だったなんて裏切られた気分だ。
円に抱きつかれても、好きだと言われても、逸樹の心は1ミリたりとも動かなかった。
迷惑だと思いこそすれ、その誘惑に乗ってやろうなんて、まったく思わない。
今はとにかく、1秒でも早く紫恵に会いたい。
家に帰ったら、愛する紫恵を思いきり抱きしめようと逸樹は思った。
10時半になる少し前、逸樹はようやく我が家に帰りついた。
ドアを開けると、紫恵が急いで玄関へやって来て逸樹を出迎えた。
「おかえりなさい」
「しーちゃん!」
顔を見るなり、逸樹は紫恵を思いきり抱きしめた。
抱きしめると腕の中にすっぽりとおさまる紫恵の体は、小さくて柔らかくて温かい。
紫恵の髪からは、いつものシャンプーの匂いがした。
誰よりもしっくりくる紫恵の最高の抱き心地に、逸樹はいつまでもこうしていたいと思う。
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