季節外れのサクラの樹に、嘘偽りの花が咲く

櫻井音衣

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恋と喧嘩は一人でできぬ

「そうか、そんなことが……。そりゃ落ち込みもするよな」
「できるだけ顔とか態度には出さないように気を付けてたつもりなんですけど……私ってそんなにわかりやすいですか?」
「どうかな。他の人はどうかわからないけど、俺にはわかる。少しでも朱里ちゃんがラクになれるなら、俺には遠慮せずなんでも話してくれていいんだよ」

マスターは缶コーヒーをベンチに置いて、少し私の方に体を向けた。
そして大きな手で私の頭を優しく撫でる。

「こんなオジサンじゃイヤかな?」
「オジサン……?」
「朱里ちゃんは29だっけ?俺は40だから、やっぱりオジサンだ」
「そんな事ないですよ。大人って感じです」
「物は言い様だね」

そう言ってマスターはおかしそうに笑った。
歳は確かに私より11歳も上だけど、私の中のオジサンのイメージには程遠い。
マスターはヤンチャな大人の男という感じだ。
壮介にも順平にもない優しさとか、色気とか、大人の余裕みたいなものがある。
これが包容力って言うものなのかな。

「マスターの手、大きくてあったかくて、なんだかホッとします。人柄が出るんですかね」
「ホント?俺はね、朱里ちゃんが心を許せるたった一人の相手になりたい」

どういう意味かと首をかしげる私を、マスターは愛しそうに見つめている。

「女の子の弱味につけ込む趣味はないんだけどな。バツイチのオジサンじゃ、若い男には敵わないだろ」

えーっと……それはつまり……。
マスターは私の事をただの従業員としてではなく、一人の女性として特別に想ってくれているという事……?

「今こんな事言うの卑怯かも知れないけど……俺と付き合う事、真剣に考えて欲しい」

予想だにしなかった展開に、私の心臓がドキドキとうるさいくらいに音を立てた。
どうしよう。
無性に照れくさくて、マスターの顔がまともに見られない。
きっと今、私の顔は真っ赤になっているだろう。

「返事は今すぐじゃなくていいよ。朱里ちゃんの気持ちの整理がつくまで待つから」
「……わかりました……」

気の利いた言葉のひとつも思い浮かばず、私はただうつむいて、コーヒーの缶をギュッと握りしめた。

「とりあえずさ……」

マスターは私の手からコーヒーの缶を取ってベンチに置くと、そっと私を抱きしめた。

「少しだけ、こうさせて」

マスターのあたたかい腕の中で、心に張りつめぐちゃぐちゃに絡まっていた糸が、ゆっくりとほどけていくような気がした。

「なんでも一人で我慢して抱え込む必要なんてない。話したい事は話せばいいし、俺がいつでも聞いてあげる。甘えたって泣いたっていいんだよ」

ずるいな、大人は……。
そんな事を言われたら、簡単に泣いて甘えるだけの弱い女になってしまいそう。
これまで誰もそんな事は言ってくれなかった。
私の弱さや甘さをまるごと受け止めてくれる人なんて、一人としていなかったのに。

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