季節外れのサクラの樹に、嘘偽りの花が咲く

櫻井音衣

文字の大きさ
86 / 116
思うに別れて泣き、思わぬに添うて愁う

イヤとも言えず、仕方なくトレイに乗せた試作ランチを手に事務所に向かった。
事務所のドアの前で深呼吸をして、ドキドキしながらノックする。

「ハイ」

ドア越しに早苗さんの声が聞こえた。
やや間があってからゆっくりとドアが開く。

「あ……早速来てくれた」
「えっ?」
「さっき、待ってるって言っただろ」
「あ……」

確かに早苗さんはそう言った。
ちょっと意味が違うんじゃないかと思うと少しおかしくなって、自然と笑みがこぼれる。

「あの……新作ランチメニューの試作をしたのでお持ちしました」
「うん、そこに置いてくれる?」

中に入ってテーブルの上にトレイを置いた。
そのまま事務所を出ようとすると、早苗さんに腕を掴まれ引き寄せられる。

「ちょっと待って。メニューの説明してよ」
「え?あ……ハイ……」

早苗さんに後ろから抱えられるようにしてソファーに座らされ、鼓動がどんどん速くなる。
このまま料理の説明をしろってこと?
いくらなんでもこれはまずすぎる。
私の心臓がもたない。

「あの……この体勢はちょっと……」
「ダメだった?」
「仕事中です……」
「ああ、そうだった」

早苗さんはイタズラっぽく笑いながら、私の耳元に唇を寄せた。

「仕事中じゃなかったら良かったかな?」
「そういう問題じゃ……」

更にドキドキして、身体中が熱くなる。
きっと私、耳まで真っ赤だ。
熱くなった私の耳に柔らかい物が触れた。

「朱里、耳まで真っ赤。首も、顔も、熟れたトマトみたいで美味そう」

早苗さんは私の耳を何度も甘咬みして、耳から首筋へゆっくりと唇を這わせる。
本当にこのまま残さず食べられてしまうのではないかと思うと、更に鼓動が早くなった。

「やっ……ダメ……早苗さん!」

慌てて身をよじると、早苗さんは少し笑って私の頬に軽く口付けた。

「ごめん、仕事中だったね」

早苗さんは私から手を離して、向かいのソファーに座った。
私はバクバクと大きな音をたてて暴れる心臓をなんとか落ち着けようと、大きく深呼吸した。

「じゃあ、メニューの説明して」
「あ、ハイ……。このハンバーグソースは……」

私が必死で平静を装ってメニューの説明をしている間、早苗さんは愛しそうに私を見つめていた。
私はそれがあまりにも恥ずかしくて、目を合わせないように視線を料理の方に向け続けた。
なんとかメニューの説明を終えると、早苗さんは料理を一口ずつ口に運んだ。
それから早苗さんの感想と評価を聞いてメモを取り、ようやく役目を果たすことができた。

「じゃあ……私はこれで。あとはゆっくり召し上がって下さい」

ソファーから立ち上がってドアに向かおうとすると、早苗さんは私を見て優しく笑った。


感想 0

あなたにおすすめの小説

今さらやり直しは出来ません

mock
恋愛
3年付き合った斉藤翔平からプロポーズを受けれるかもと心弾ませた小泉彩だったが、当日仕事でどうしても行けないと断りのメールが入り意気消沈してしまう。 落胆しつつ帰る道中、送り主である彼が見知らぬ女性と歩く姿を目撃し、いてもたってもいられず後を追うと二人はさっきまで自身が待っていたホテルへと入っていく。 そんなある日、夢に出てきた高木健人との再会を果たした彩の運命は少しずつ変わっていき……

フッてくれてありがとう

nanahi
恋愛
【25th Anniversary CUP】にて、最終ランキング3位に入りました。投票してくださった皆様、読んでくださった皆様、ありがとうございました! 「子どもができたんだ」 ある冬の25日、突然、彼が私に告げた。 「誰の」 私の短い問いにあなたは、しばらく無言だった。 でも私は知っている。 大学生時代の元カノだ。 「じゃあ。元気で」 彼からは謝罪の一言さえなかった。 下を向き、私はひたすら涙を流した。 それから二年後、私は偶然、元彼と再会する。 過去とは全く変わった私と出会って、元彼はふたたび──

偽装夫婦

詩織
恋愛
付き合って5年になる彼は後輩に横取りされた。 会社も一緒だし行く気がない。 けど、横取りされたからって会社辞めるってアホすぎません?

一億円の花嫁

藤谷 郁
恋愛
奈々子は家族の中の落ちこぼれ。 父親がすすめる縁談を断り切れず、望まぬ結婚をすることになった。 もうすぐ自由が無くなる。せめて最後に、思いきり贅沢な時間を過ごそう。 「きっと、素晴らしい旅になる」 ずっと憧れていた高級ホテルに到着し、わくわくする奈々子だが…… 幸か不幸か!? 思いもよらぬ、運命の出会いが待っていた。 ※エブリスタさまにも掲載

不遇な令嬢は次期組長の秘めたる溺愛に絡め取られる。

翼 うみ
恋愛
父の会社を立て直す交換条件のため、ほぼ家族に身売りされた形で関東最大級の極道・桜花組の次期組長に嫁入りしたジェシカ。しかし母を亡くして以降、義母と義妹に虐げられていたジェシカは実家を出られるなら、と前向きだった。夫となる和仁には「君を愛することはない」と冷たく突き放される。それでもジェシカは傷つくことはなく、自分にできることを探して楽しんでいた。 和仁には辛い過去がありそれ故に誰のことも愛さないと決めていたが、純真で健気なジェシカに段々と惹かれてゆき――。 政略結婚から始まる溺愛シンデレラストーリー。

訳あり冷徹社長はただの優男でした

あさの紅茶
恋愛
独身喪女の私に、突然お姉ちゃんが子供(2歳)を押し付けてきた いや、待て 育児放棄にも程があるでしょう 音信不通の姉 泣き出す子供 父親は誰だよ 怒り心頭の中、なしくずし的に子育てをすることになった私、橋本美咲(23歳) これはもう、人生詰んだと思った ********** この作品は他のサイトにも掲載しています

クールなサイボーグ部長の素顔

織原深雪
恋愛
三年付き合った彼に振られて傷心中のアラサー女子 伊月千波 二十七歳 仕事も出来る、行動力も度胸もある。 そんな女子でもこと、恋愛で躓いたら凹む。 やさぐれモードで送別会でやけ酒よろしく飲んでいたら、すっかりぐでんぐでんになっていて。 まさかのお持ち帰りされちゃった?! しかも、千波をお持ち帰りした相手は 年度初めからは直属ではないとはいえ、職場の皆が恐れるサイボーグ上司だったから、さあ大変! 千波の明日はどうなる?

里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます

結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります> 政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・? ※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています