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大波乱の土曜日、悩める乙女は胃が痛い ~売り言葉を買ったらアカンやつがついてきた~

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「全然わかってないな、モモ」
「ごめん……」

あんな怖い思いをするなら私には結婚は無理だからあきらめると言ったのは私なのに、たった一晩で言うことが180度変わっているのだから、尚史が呆れるのも無理はない。
尚史は本気で私を心配して止めてくれているんだから、あとでもう一度ちゃんと謝っておこう。


病院に着いてロビーに入ると、尚史は珍しそうにステンドグラスの窓を見上げた。

「すごいな、これ。でっかい教会みたいだ」
「うん、キリスト教のプロテスタント系の病院でね、クリスマスにはロビーでゴスペルのミニコンサートなんかもやるんだって。そうそう、敷地内に小さい教会があって牧師さんもいて、この病院のお医者さんと看護師さんが結婚式挙げたこともあるらしいよ」
「へぇ……そうか、教会か。そういう式の挙げ方もあるんだな」

私とブライダルサロンに行っていろいろ話を聞いた影響なのか、結婚なんてめんどくさいと言っていた尚史も結婚式に少し興味が湧いてきたらしい。
やっぱり谷口さんと付き合ってゆくゆくは結婚を……なんて考えているのかな。
そういえば昨日のことをいろいろと聞きそびれたままだ。
だけど私が先に話さないと言わないと尚史は言っていたし、私は言いかけてやめたことを尚史に話す気はないから、この先も詳しく聞くことはできないかも知れない。
病室に入ると、光子おばあちゃんはベッドの上に座ってニコニコ笑っていた。

「光子おばあちゃん、ご機嫌だね。何かいいことでもあったの?」

私がそばに行って尋ねると、光子おばあちゃんは笑顔でうなずいた。

「今日はモモちゃんが幼馴染みの尚史くんを連れて来てくれるって久美子さんから連絡もらったからね、教えてあげたら早く会いたいって楽しみに待ってたのよ」

伯母さんがそう言うと、尚史は伯母さんに「はじめまして」と頭を下げてから、光子おばあちゃんに近付いて腰をかがめた。

「おばあちゃん、久しぶり。俺のこと覚えてる?」
「ちゃんと覚えてるよぉ。大きくなったねぇ。尚史くんはおばあちゃんの作ったおはぎ、いっぱい食べてたもんねぇ」
「おばあちゃんのおはぎ大好きなんだよ、めちゃくちゃ美味しいから」
「そうかね。じゃあまた作ってやらんといかんねぇ」

光子おばあちゃんは嬉しそうに笑って尚史の手を握る。
尚史も優しい笑みを浮かべて光子おばあちゃんの手を握り返した。
もしかしたら尚史のことは忘れているかもとか、思い出せないかもと思っていたから、光子おばあちゃんが尚史を覚えていたことが、私も自分のことのように嬉しい。

「光子おばあちゃん、これ私と尚史からのお土産」

紙袋を開けて田沢屋で買ってきたお菓子を見せると、光子おばあちゃんは懐かしそうに微笑んだ。

「ああ、おばあちゃんの好きなものばっかりだ。よく一緒に食べたねぇ」
「うん、懐かしいね」

今日の光子おばあちゃんは認知症を患っているのが嘘みたいに、私たちが小さい頃のたくさんの思い出話をして笑っていた。
ついさっきのことは忘れてしまっても、ずっと昔のことを鮮明に思い出したりすることはあるようだ。
その記憶がとてもしっかりしていたので、伯母さんと母は「こんなこともあるんだね」と言って目を丸くしていた。


しばらく話をしたあと、光子おばあちゃんが少し眠そうにし始めたので、そろそろ帰ろうかということになった。

「光子おばあちゃん、私たちそろそろ帰るけど、来週もまた来るからね」

私が声をかけると、光子おばあちゃんは眠そうではあったけど、やっぱりニコニコ笑いながらうなずいた。

「嬉しいねぇ。モモちゃんと尚史くんの結婚式、楽しみだねぇ」

…………ん?
私と誰の結婚式だって?
『モモちゃんと尚史くんの』って聞こえたような気がするけど、気のせいか?

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