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バラ色ごきげんサタデー~ニヤニヤが止まらない~

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「いらっしゃいませ。マリッジリングをお探しですか?」

張り付くようにしてショーケースの中を覗いていると、スマートできれいな店員さんが声をかけてきた。

「よろしかったらケースからお出ししますよ」

尚史は平然として受け答えしているけれど、私はこんな風に接客される店には慣れていないから、さらに緊張して顔がひきつる。
尚史はそんな私の心中を察したのか、私の手をギュッと握って笑いかけた。

「モモ、気になるのある?」
「えーっと……よくわからないんだけど……尚史はどれがいいの?」
「俺はモモが好きなのがいい」

これではまるっきりバカップルのやり取りだ。
そう思われるのはさすがに恥ずかしいので、たくさん並んだ中からシンプルなデザインのものを選んで指さした。

「これなんかシンプルで良さそうだけど……」
「シンプルなのがいいの?」
「シンプルなのがいいって言うか、指輪なんかしたことないから、自分の手にどれが合うのかがわからないの」
「じゃあいろいろ試してみようか」

あれもこれもと片っ端から出してもらったにもかかわらず、店員のお姉さんは嫌な顔ひとつせずにショーケースから指輪を取り出し、磨いた指輪をベルベット調のトレイの上に乗せてくれた。

「最近はこのようなデザインのものがお若いご夫婦に人気ですね」

光の当たる角度によって色が変わるものや、女性が婚約指輪と重ねて着けるタイプのものもある。

「そういえば婚約指輪もなかったな」
「そりゃあの流れだとね……」

私と結婚してやってくれと母に言われた尚史が『別にいいけど』と言って、その数分後に婚姻届を書いて、翌日には尚史が婚姻届を提出した。
そんな経緯で結婚した私たちには婚約期間なんてまったくなかったのだから、婚約指輪がないのは当たり前だ。

「俺はホントは、モモに婚約指輪渡して『結婚しよう!』とか言ってみたかったんだけどな」
「今そんなこと言っても遅いよ、もう結婚したんだから」

別に婚約指輪なんてなくたって構わないと私は思っていたのに、尚史にとってあの流れでの結婚は不本意だったらしく、婚約指輪と重ねて着けるタイプの結婚指輪をまじまじと見つめている。
結婚にかかる費用は全額うちの親がもつと言っていたから、結婚指輪も当然その内訳に入るんだろう。

「モモ、俺が選んでもいい?」
「尚史が気に入ったのがあるなら、そうしてくれて構わないよ」

これまで付き合った人とは全然長続きしなくて、まともに付き合った試しがないから、こんな風に指輪を見に来ること自体が初めてだ。
それに私は元々アクセサリーに興味がなかったから、ずらっと並んだ指輪を見ても『きれいだな』とか『可愛いな』と目移りするばかりで、とてもひとつに絞りきれそうもない。
正直に言うと、尚史が一番いいと思うものを選んでくれたら、私の手に似合っていようが似合わなかろうが、私にとってもそれが一番なんだと思う。

「うーん、迷うな……。じゃあ、これとこれと……これも見せてください」
「かしこまりました」

尚史は婚約指輪と重ねて着けるタイプのものばかりを、3つ選んでトレイに乗せてもらい、私の左手の薬指にひとつずつはめた。

「うーん、どれも捨てがたいなぁ……。モモはこの中だったらどれが一番好き?」
「どれも可愛いから迷うなぁ……」

自分の手にはどれももったいないくらいの可愛さだ。
さっきから私のことばかり気にしているけど、尚史は自分も指輪を着けることを忘れているのか?
私は尚史が選んだ3つの中から、尚史に一番似合いそうなものを選ぶことにした。

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