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初めての夫婦喧嘩(?)で新妻爆発する~なぜそんなものを犬に食わせようとした?~

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尚史は気まずそうに、うつむき加減で話を続ける。

「そのときは夢の中でもモモが俺を受け入れてくれたことが嬉しくて、もう死んでもいいって思ったんだけど……目が覚めたら隣にいたのはモモじゃなくて、裸の水野だった。何が起こったのかわからなくて、頭が真っ白になって……。ことの成り行きを水野から聞いて、俺は酔って取り返しのつかないことをしてしまったんだって思って、死にたくなった」

そんなにショックだったのに、なぜ『一度きりの過ち』ではなく何度も体を重ねてしまったのか?
私は尚史の言葉に首をかしげた。

「でもそれきりじゃなかったんでしょ?」
「うん……。じつはそこからがちょっと面倒なことになって……」

お互いが『初めての経験』の相手になった翌朝、水野さんからことの成り行きを聞いた尚史は、必死で水野さんに謝り、殴られるのを覚悟した上で『なかったことにして欲しい』と懇願したそうだ。
そのとき水野さんはただ悲しそうな顔をして、最後まで尚史の頼みには返事をしなかったけれど、『せっかく仲良くなれたのに、これが原因で縁を切るとか言わないで今まで通りでいてね、寂しいから』と言ったらしい。
尚史は『ある時を境に、水野の服装とか髪型がだんだんモモに似てきたことに気付いたのは、もう少しあとになってからだったけど』と前置きして、一夜を共にしたあとも、自分のしたことの罪悪感で水野さんとそれまで通りの『仲の良い友達』の関係を装ったと言った。

「それからしばらくは何事もなくて、元通りの関係に戻れたのかなと思ってたんだけど……秋頃にモモが男と歩いてるのを偶然見掛けたんだ。実際にこの目でそれを見たのがショックで、すごいダメージ受けた……。モモは全然気付かなかったけど、そのとき俺は大学からの帰りで、たまたま水野と一緒にいて……水野が『ヒサの好きな御飯作ってあげるから、うちにおいでよ』って……」

私が他の男子と一緒にいるところを偶然目撃してショックを受けてしまったことを、水野さんは友達として慰めるために晩御飯をご馳走してくれるつもりでいるのだと思い、尚史は水野さんの誘いに応じたらしい。
約束通り豪華な手料理をご馳走になり、一緒にビールを飲んでいると、水野さんがテーブルの上で尚史の手を握りしめたそうだ。

「モモのことがまだ好きなのかって聞かれて……俺は『好きだ』って即答したんだけど、モモには彼氏がいるんだから、そろそろあきらめたらどうだ、って……。『でもやっぱりモモが好きなんだ』って答えたら、『じゃああの人の代わりでいいからしようよ』って言われた。モモだって彼氏としてるんだから、って」

水野さんは自分が『モモの身代わり』になる代わりに、自分も好きな人とはどうしたって結ばれることはないから、お互いが好きな人の身代りになり傷を舐め合えば、少しは心の痛みも和らぐんじゃないかと言って、尚史に『身代りの関係』を提案したらしい。
尚史は最初こそ躊躇したものの、水野さんの『モモさんだって彼氏としてる』と言う言葉は相当堪えたようで、やり場のない想いと欲求を満たすために、水野さんと互いの体を求め合うようになった。
水野さんとセックスをするときはいつも、水野さんの顔が見えない体位でするか、お酒を飲んで眼鏡を外し、視界をぼやけさせ、水野さんを私だと言い聞かせて抱いたのだと尚史は言った。
そんな関係がしばらく続いたけれど、『モモの身代わり』の水野さんと体を重ねるごとに心の中では罪悪感と虚無感が膨れ上がり、私と会ってもまっすぐに目を見られないようになって、もうこんな無意味なことはやめようと思ったそうだ。

「モモに彼氏がいたって、やっぱり俺はモモが好きで好きでどうしようもなくて、モモがうちに遊びに来て部屋で二人きりでゲームとかしてると、このまま押し倒して無理やり俺のものにしちゃおうかなとか考えたりして……。だけどやっぱりできなかったんだ、俺はモモに嫌われるのが一番怖かったから。でも水野とあんなことしてるって知られるのも死ぬほど怖かった。だから水野に、もうやめようって言った。けど……やめさせてもらえなかった」

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