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興梠加奈

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並んで出張所のプレハブへと歩く。
「でも珍しいね。宗助くんがそんなすぐ仲良くなるとか。」
「仲良くってほどでもないけど、気にかけてくれてるみたいだから。」
「ふーん、まあ、宗助くんモテるもんね。」
そうかぁ?いや確かにキャーキャー言う人はいたけど、告白とかされたことないぞ。これってモテるって言っていいのか?
そんなことを考えながら出張所へ入ると、そこは異様な雰囲気が漂っていた。
パチンコ玉のように詰まれた魔石。
それを掴み取り、トレイに乗せ、数えていく。誰も一言も喋らない。中武さんまでもくもくと回復薬を数えてる。
「うわぁ…。」
「これ、帰ったほうがよくないかな?」
うん、俺もそう思う。
「あ、待って待って、大丈夫だから!」
話してるのが聞こえたのか、ちょっと派手目なメイクの女性がカウンターに駆けてくる。
うわ、胸がすごい揺れてる。
「マコちゃんおつかれー。」
「櫻子さん、おつかれさまです!」
てってっとカウンターに向かう真。俺もその後に続く。
頑張ったねぇ、と両手で頭を撫で回されてる。いや、お前の方が仲良くなってるよね。
「秋月宗助くんだ。初めましてぇ。ほんとにおっきいねぇ。」
「あっと、初めまして。」
綺麗な人だなぁ。やっぱり職員は見た目で選んでるって本当なんじゃないかな。
「わたしは永友櫻子です。マコちゃんみたいに櫻子さんって呼んでね?」
「あ、はい、櫻子さん…。」
なんか距離感が近い。たまにいるな、こういう人。
「うん、えらいえらい。カナちゃん、もうすぐ戻ると思うから。」
「かなちゃん?」
「興梠加奈ちゃん。下の名前知らなかった?」
「知りませんでした。」
「んん、覚えてあげてね?」
「すいません…。」
と、謝ったものの下の名前聞いてたっけ?聞いてない気がするんだけど。
「あっ、秋月さん!」
奥から軍手をはめた興梠さんが出てくる
作業中だったのかな。
「じゃあ、わたしは作業に戻るねぇ。マコちゃん、宗助くん、またね。」
興梠さんに、「ちゃんと自己紹介しないとだめだよ?」と声をかけて作業に戻る櫻子さん。
軽そうな印象だったけど、しっかりした人なのかもしれない。
「外しててごめんなさい。来てくれたんですね。」
軍手を外しながら歩いてくる興梠さん。
「いや、大丈夫です。こっちこそ忙しい時にすいません。」
「ふふ、平気です。何事もなかったみたいで安心しました。あっ、甲斐さんですよね。私、職員の興梠です。よろしくお願いします。」
「あっ、はい、甲斐でしゅ。よろしくお願いします。」
真、噛んでる。
あと興梠さん、やっぱり苗字しか名乗ってないし。
「興梠さん、さっき櫻子さんに下の名前知らないこと突っ込まれました。」
「え?ああっ、言ってませんでした?」
「言ってないですよ。加奈さんなんですね。」
「かなさん…。んふふ、いいですね。」
なにか思いついたようにニヤリと笑う。
「これからは加奈さんって呼んでください。私も宗助くんって呼びますね。」
「わかりました。加奈さん。」
「ええ!?」
なぜか真が声を上げる。
「甲斐さんも真くんって呼んでいいですか?」
「えぁ…。はい、いいですけど…。」
なんか歯切れが悪いな。
「ふふっ。2人とも、これからもよろしくお願いします。じゃあ、ちょっと作業があるので…。」
「はい。頑張ってください。」
作業に戻る加奈さんを見送って、俺たちも外に出る。
「宗助くん。櫻子さんの胸、チラ見してたよね。」
「ええっ!?」
「ああいうの、すぐバレるから気をつけた方がいいよ?」
なんかツッコミがきつい。
さっさと車に乗り込む真に続いて俺も助手席に、シートを限界まで下げて乗り込む。
真には悪いけど、やっぱり軽自動車は狭いな…。


「じゃあ、宗助くん。また明日ね。」
「ああ、ありがとう。真。」
走り去っていく真の軽自動車。
角を曲がって見えなくなってから、上枠に頭をぶつけないように玄関をくぐる。
「ただいまー。」
パタパタと母さんの足音。なんだろう、日常に戻ってきた感じがして落ち着く。
「おかえりなさい。大丈夫だった?」
「うん、大丈夫。」
上がり框には上がらずにブーツの紐をほどいていく。服をなんとかしないと入らせてもらえない。
「それで、今日はどうだったの?」
ブーツから足を引き抜き、玄関の隅に並べる。
「うん。仲間ができたよ。」
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