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第1章

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先生が来てからもう三ヶ月。
兄上達は木刀を持って稽古をしている。
しかし私は時々狼ごっこには参加させてもらえるが、木刀を使った稽古には参加させてもらえない。
そもそも木刀を握らせてもらえない。

まあ狼ごっこができるならそれでいいのだが。
友達とも遊んでいるし、ゴースト退治ハントや缶蹴りも嗜んでいる。

ちなみに缶蹴りはここではゴブ抜きと呼ばれている。
ゴブリンを出し抜いて囚われの仲間を救出する、そんな意味だ。

今にして思えばこれら子供の遊びは戦士を育てるためのカリキュラムなのだろうか。

狼ごっこで身体能力を養い、
ゴースト退治で注意力を養い、
ゴブ抜きで隠密性を養う。
意外と頭も使うし。

生き残る術が詰まっているように思える。
考え過ぎだろうか。

まあ私としては楽しいから関係ないのだが。
今後は『色鬼』や『だるまさんがころんだ』にあたる遊びもしたいものだ。

さて私の魔力事情だが、だいぶ上達したように思う。
髪の毛ほどだった魔力はようやく素麺ぐらいの太さになってきた。
スピードもヨチヨチ歩きぐらいにはなってきた。
ただ、このペースでは一年でクリアすることは無理そうだ。
私としてはこのままでも全然構わないのだが、母上を驚かせ、喜ばせたいという気持ちがあるにはある。

どうしたものか?





今日は先生が来る日だ。

先生と母上が並んで庭にやってきた。
「さあ君達、今日は久々に狼ごっこを楽しもう。今回は少し趣向を変えて私も逃げる側だ。イザベル様、お願いします。」

「はいフェルナンド様。
さあみんな、今日の狼ごっこはお母さんが召喚する狼ちゃんから逃げてもらうの。
小さい狼ちゃんだから怖くないわよ。」

そう言って母上は何か呪文を詠唱している。
すると次の瞬間、私達の目の前に黒毛の狼が座っていた。
座っている状態なら高さは私より低い。
凛々しい顔をしている。

「この子はノワール狼の子供でクロちゃんよ。かわいいでしょう?
この子がみんなを追いかけるからいつも通り逃げてみてね。
ちなみに追いつかれそうになったら木刀で攻撃してもいいし、うまく防御してもいいわよ。
身体にさえ触れられなければいいの。
もちろんフェルナンド様は攻撃禁止ですわよ。」

なるほど本当の狼ごっこか。
私の身体能力じゃあどうせ逃げ切れない。
何か作戦を考えないと…

「それじゃあ行くわよ。はい逃げて!」

クロちゃんは速かった。
止まったと思ってからの加速や、方向転換が鋭い。
最高速はたぶん兄上と同じぐらい。
つまり兄上は広い所をどこまでも走り続ければ逃げられる計算だが……

そんな私の考えを見透かすかのようにクロちゃんは兄上に向かっていった。

もちろん兄上は逃げる。
差は縮まらない。
しかしここは庭だ。どこまでも逃げられるものではない。
どこかで方向転換しなければならない。
兄上は壁際で足を止め、クロちゃんを迎え撃つ作戦のようだ。
一方クロちゃんは足を止めずそのまま兄上に突っ込んでいく。
そこでクロちゃんの頭を目掛けて兄上は木刀を振る! やったか?


もちろんやってない。
木刀が当たる瞬間、クロちゃんは一瞬足を止め、木刀を振り切った兄上に頭から突っ込んでいった。

加速・減速が自在すぎる……
子供でこのレベルとは……
やはり狼は恐ろしい……

さあ、残り三人。
次は私に狙いを定めたようだ。
大好きな狼ごっこで手抜きはしない。
全力で逃げてやる。

しかし普通に逃げてもすぐ追いつかれる。
そこで母上だ。
母上はいかにも貴族のご婦人といった長く幅広のスカートを履いている。
あの中に隠れれば召喚された身としては手出しができないのでは?

あと三歩、ギリギリ間に合うか……
母上のスカートをめくり中に逃げ込む。
さあどうだ、それでも突っ込んでくるのか?
一応両手を胸の前にクロスして防御体制だけはとっておく。

来ない……作戦は成功かと思った瞬間私は外にいた。
母上は私から十歩は離れた所にいる。
一体何が起こったのか?
そんなことを考える間もなく私はクロちゃんに頭突きを食らってしまった。

私は動いてない、つまり母上が動いたのか?

オディロン兄もその後すぐに捕まったようだ。

「さすがカースちゃん! 目の付け所がいいのね。
クロちゃんは私の召喚獣、正確にはその子供だから召喚主である私には攻撃できないの。
それに気付いて私のスカートに隠れるなんてえらいわ。
でもスカートの中で防御体制をとってたでしょ?
攻撃が来ないとするなら防御をする意味はないの。
それよりも位置を固定することが重要だったのよ。
つまり私の足にしがみつけばよかったの。
そしたら短距離転移で逃げる私にピッタリ着いて来れたのよ?
惜しかったわよ。やっぱりカースちゃんは天才ね。」

短距離転移?
ワープ的ならやつか?
そんなことまでできるのか…

それにしても、やはり召喚獣というものは召喚主には攻撃できないものなのか。
しかしこの作戦はもう使えそうにないな。

「さあ、一回戦終了だ。まだまだのようだね。
じゃあ最高点は私ってことで、ペイチの実はいただくよ。うん、甘くて美味しいな。
さあ、要領は分かったね? こんな感じで十回戦までいくからね。」

「「「押忍!」」」

先生が混ざってんだから勝てるわけないだろ。
あーあ美味しそうだなぁ。

五回戦からはノワール狼が二匹に増えた。
ハード過ぎる……
でもやっぱり狼ごっこは面白い。
どうもクロちゃん達は頭突きしかしないらしい。
本気なら噛みつきとか爪で攻撃してくるんだろう、助かった。
やはり兄上だけはクロちゃん達も手加減なしでガンガンぶつかっていくようだ。
受験生は大変だ。
私は騎士学校なんか絶対行かないぞ。

ちなみに先生はその場から動かず、上半身と片足のみを動かして避けていた……




実技試験まで残り三ヶ月を切ったある日の修行風景である。
ちなみに短距離転移を事前の準備なしに発動すると、魔力の消耗が恐ろしいことになる。
それはイザベルと言えど例外ではない。
ではなぜそこまでして離れたのか?
スカートの中に何か見られてはまずい物でもあったのか?
それを知るものはアラン以外にいない……
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