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第1章

112 十月十日、真夜中

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大人しく待つこと約一時間。
異変はない。グリーディアントが近寄って来る気配もない。

安心して帰ろうとして、はたと気がついた。

帰りの方角が分からないのだ。
学校で天測は習っているが、まだ初歩の初歩。昼間の方角のみ、太陽と時刻での判断方法しか習っていない。
現在は夜中の十二時前後だろう。月も出ていないため太陽の方向すら推測できない。焦るカース。しかも焦りは余計な消耗を生む。

季節は秋、夜明けまでは長い。
いかにカースと言えど魔力はつのだろうか。
だからと言って地上に降りる訳にはいかない。大量に湧いて出る虫を全て防ぐことなどできるはずがない。

それよりは上空で待機している方が安全だろう。カースはどう判断するのだろうか?




「やばい……どうしよう……」

カースは判断がつかない。そのため現状維持を選んでいる。
空中で心を落ち着かせていれば魔力の消耗も少なくて済むだろう。しかしカースは平静ではいられない。
火球や光源を使わなければ、わずかな星明かりしかない。カースは星を見ていた。

「オディ兄大丈夫かな。うぶっ……」

右腕のないオディロンの姿を思い出し吐き気を催した。あんな間近で近しい人間が死にかけているのを見てしまったのだ。
もしあの場で母親が右腕のことを言わなければ、カースはベレンガリアをどうしていたのだろうか。



ようやく少し冷静になったカースはひとまず高度を上げ呼吸を整える。

「朝を待つしかないか……」

太陽が登れば方角が分かる。おそらく魔力は持つ、空腹も我慢できる。
だが秋の夜中は肌寒い。しかも服装は自宅用の薄着。
さらに、いつもはとっくに寝ている時間のためかなり眠い。
だが絶対に眠るわけにはいかない。カースの孤独な戦いは続く。




一方クタナツでは。

「ふう、繋がったわ。これで一安心ね。よかったわ。」

「よかった。これでオディロンは助かるな。しかし問題はカースか……」

「そうね。夜に、しかも城門を通らず外に出てしまったわ。でもそんなことはいいの、無事に帰って来てくれれば……」

「そうだな。ベレンガリア嬢から事情を聞きたいが彼女も重傷だ。無事に帰ってきてくれるのを待つしかない。すまない兄貴、せっかく来てくれたのに。」

「いや、構わんさ。それよりカース君だが大体の場所さえ分かれば迎えに行ってもいいが……」

「フェルナンド様……ありがとうございます。でもグリードグラス草原としか分かってませんし、この子達もまだまだ目を覚まさないでしょう……」

「そうでしょうな。これでは行きようがない……イザベル様の魔力探査でも無理だろうか?」

「ええ、もちろんやってみたけど無理ですわ。私の魔力探査なんてせいぜい半径数キロルですし。いくらカースの魔力が膨大でも……」

「こうなったら行くしかないでしょうな。グリードグラス草原手前まで進み、その辺りを捜索するか……」

「よし、じゃあ俺と兄貴で行こう! 城門は何とかする!」

「やめておけ。私一人で十分だ。それに正直に事情を話してしまうとカース君の罪になる。今なら隠し通せるからな。」

「そうだわ。マリーなら……何かいい方法を知っているかも……」

そこにタイミングよくマリーが現れた。

「ようやくキアラお嬢様がお眠りになられましたので、居ても立っても居られず来てしまいました。何かお力になれることはありますでしょうか?」

三人は事情を説明する。

「なるほど。了解いたしました。残念ながら私の魔力探査でも不可能です。しかし一つ考えが浮かびました。
もしカース坊ちゃんが戻って来ない理由が帰りの方角を見失ったからだとするならば、北の城門外から空に魔法でも撃ち上げてはいかがでしょうか。」

「なるほど。カースのことだ、魔物にやられて瀕死とは考えにくい。むしろ天測の習熟が甘くて帰れないと考えた方が自然だな。
まだ用が済んでないとも考えられるが、夜明けまで一時間に一回ぐらいやってみるのもアリだな。」

「さすがだ。闇雲に行くよりよほどいい。では私とマリーで城壁外へ出る。そこから北に向かいながら魔法を撃ち上げると。」

「それがよろしいかと。奥様はいち早くお帰りください。キアラお嬢様が起きてしまうかも知れませんので。」

「そうね。ありがとうマリー。頼むわね。」

そしてフェルナンド、マリーの二人は最寄りの城壁に向かって走り出す。

夜明けまで残り六時間。
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