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第1章

217 レオポルドンとカリツォーニ

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時はカースがアジャーニ邸から出た後まで遡る。
カリッォーニはかなり動揺していた。

「アンスバッハ! どういうことだ! 殺し屋が捕まったら全てバレてしまうではないか!」

「坊っちゃま、ご心配には及びません。あの者が申した通り殺し屋は最低レベルです。つまり使い捨て、自白しようにも何も知り得ません」

「それとて分かるものか! 忠誠心の欠片も無い殺し屋風情だぞ! もっと腕の立つ者はいなかったのか! あ奴はピンピンしてたではないか!」

「ではランクの高い殺し屋を用意いたしましょう。安くても金貨十枚は必要ですがよろしいでしょうか?」

「構わん! 早くやれ!」

「お言葉ですが、明日以降にされた方がよいでしょう。今夜は動かずゆるりとされるべきかと。私は旦那様に報告に上がりますので、失礼いたします」

執事にそう諭されたものの落ち着いていられない。時を追うごとにに不安は増していった。
そして、執事の提言を無視して父の部下を走らせてしまった。それでも不安を拭い切れずに自分も代官府へと出向いた。
代官は小さな頃に遊んでもらった大好きな親戚のお兄さんだ。きっと自分の言うことを聞いてくれるに違いない。頭の中はその事でいっぱいだった。



一方そのような命令を受けた部下二人はすぐに出る訳にもいかず、せめてもの目眩しをするべくカリツォーニの出発を待ち裏門から出て行った。

やはり道中は尾行を警戒していたが、空から見られているなどと想像すらできないだろう。




そしてカリッォーニが訪れ、そして帰った後。代官府では副官に指示を出した代官が部下と話していた。

「可愛がっていた親戚の子供がここまで愚かとは……悲しくなるな。だが丁度いい。子供が殺し屋を雇えるはずがない。一家丸ごと捕らえよ。罪状はクタナツ貴族の殺人だ。」

「御意」

こうしてカリツォーニが家に帰るのと同じタイミングで騎士団が屋敷に踏み込んだ。少しでも抵抗するものは容赦なく切り捨てられた。
無傷で捕まったのはメイドと料理人合わせて十人にも満たなかった。腕に覚えのあるメイドもいたため反撃をしたらしく、やはり切り捨てられた。
立ち向かった護衛は数合の斬り合いの後、死亡。逃亡しようとした護衛は背中を斬られるか囲いを突破できずに捕まった。軽傷では済まなかった。
当主、キッシンジャー・ド・アジャーニは執事に守られながら逃亡を図ったが、執事が騎士に斬られたところで観念し捕まった。執事を斬った騎士もそれなりの傷を負った。
カリツォーニと弟、そして母は抵抗することなく捕まった。

ちなみに貴族への刃傷沙汰の場合、全て殺人として扱われるのが通例だ。殺人教唆も殺人未遂もない。親の罪が子供に、子供の罪が親に適用される連座は基本的にはない。しかしわずかでも関与が認められた場合には即座に連座となる。
今回は積極的な関与が認められた訳ではない。ただ代官はキッシンジャーを潰す切っ掛けが欲しかっただけなのだ。

おそらくキッシンジャーはただの鉄砲玉、本人は何も知らされずクタナツでしばらく遊んで来いとでも言われたのだろう。ヤコビ二派の重鎮によって。子供を見ても分かる通り典型的な盆暗貴族であるため厄介払いと揉め事の種、二つの目的で送り込まれたと見える。

代官としても火種は望むところ。蟻の一件もあるため敵対勢力に少しも容赦するつもりはない。ろくな証拠はないがキッシンジャーを捕らえた以上好きに証拠を作ることもできる。この男は火種である以上あちら側もそのぐらいは想定しているだろう。

代官に、クタナツにとってはここからが本当の戦いだ。
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