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数分後、英は黒塗りの有名なエンブレムがついた車に乗せられ、木村の運転で稽古場を後にする。
「で、光洋には何を言われたのかな?」
「あ、あのー、その話題はどうしても掘り下げなきゃダメですか?」
木村は普段から人当たりが良い。しかし、今は笑顔でそんなことを聞いてくるのが、月成の叱咤より怖かった。英の質問返しに、彼はうーん、と唸る。
「私は英くんを気に入ってるんだよ。それに光洋がケチをつけたとくれば、黙ってはいられない」
「ケチなんて、そんな……」
「とりあえず、今後英くんにきつく当たらないよう、私からも言っておく。だから、今まで通り頑張って。社長としても、今英くんを失うわけにはいかないし」
「ありがとうございます……」
そう言いながら、英は大人しくなった月成を想像した。しかし、想像つかなくて笑えてしまう。
舞台の上でさえ暴れまわっていた彼のことだ、きっと大人しくしていると息が詰まる性格なのだろう。
そうこうしているうちに目的地に着く。英は何でも良いと答えたが、店に入って分かったのは寿司屋だ。
「あ、あの……ここ、高いんじゃ……」
見るからに席数は少なく、カウンターにはその日仕入れたものしか入れないショーケースがある。
しかも、店の大将は木村の顔を見るなり、奥の個室を勧めたのだ。
「上司がおごるって言っているのに、金額の心配なんかするんじゃないよ。さ、どうぞ」
勧められるまま奥に座り、英は自分が上座に座ってしまったことに気付く。
「さ、これお品書き。好きなの頼んで」
そう言って渡されたメニューには金額は書いておらず、英はますます恐縮した。これでは完全に、英をゲスト扱いしている。
「ホントに良いんですか?」
「勿論。私は君と一緒にいるだけでも楽しいんだから」
英はメニューを見た。時々木村は英に対して、女性でも扱うような言葉を言う。勿論、女性ではないので言われても戸惑うだけなのだが、当の木村は気にした様子もない。
「じゃあ、イクラを」
「イクラが好きなのかい?」
英はうなずくと、木村は微笑んだ。それこそ、舞台の上でも映えるような、まぶしい笑顔だ。
それから英は緊張の中、普段友達に話すようなことを話してとせがまれ、何の面接だと思いながら、好きなもの、嫌いなもの、いろいろなことを話した。残念ながら寿司の味はそれのせいであまり分からなかったが、久しぶりに豪華な食事にありつけてすっきりしたようだ。
帰り、遠慮したのに寮の前まで送ってもらい、車を降りる。
「今日はありがとう。楽しかったよ」
礼を言うのはこちらの方なのに、と英は頭を下げた。
気付けば英ばかりが話していて、木村がいろいろ聞いてきたからだと、今更ながら気付く。
「……そうだ。もし良ければだけど、公演が終わった後でいいから、私の従弟のコンサートがあるんだ、一緒に聴きにいかないかい? クラシックも聴くって言ってたよね」
「あ、はい。是非」
「良かった。じゃあ、私は失礼するよ。早く休んで、明日も頑張ってね」
「今日はホントにありがとうございました」
黒塗りの車が角を曲がるまで見送り、英は息を吐いた。相手が社長とあって、緊張せずにはいられなかったので、ずいぶん気を張っていたみたいだ。
「おお、遅いお帰りで」
「……!」
嫌味な聞き覚えがある声に振り返ると、そこには背の高い影がいた。そのシルエットは紛れもなく月成だ。
「何ですか、こんな所で」
「いちゃ悪いか。寮の隣、俺の家だ。何だ、社長には猫なで声で甘えてたくせに、その態度の違いは」
英は寮の隣の建物を見た。寮と同じような洋館風の一軒家で、多分、こちらも社宅なのだろう。
「オレは相手と同じ態度を取っているだけです。では失礼しますおやすみなさい」
何でこんなところで居合わせるのか、自分の悪運を呪いながら早口で挨拶すると、相手の返事も待たずに寮へと逃げた。
「で、光洋には何を言われたのかな?」
「あ、あのー、その話題はどうしても掘り下げなきゃダメですか?」
木村は普段から人当たりが良い。しかし、今は笑顔でそんなことを聞いてくるのが、月成の叱咤より怖かった。英の質問返しに、彼はうーん、と唸る。
「私は英くんを気に入ってるんだよ。それに光洋がケチをつけたとくれば、黙ってはいられない」
「ケチなんて、そんな……」
「とりあえず、今後英くんにきつく当たらないよう、私からも言っておく。だから、今まで通り頑張って。社長としても、今英くんを失うわけにはいかないし」
「ありがとうございます……」
そう言いながら、英は大人しくなった月成を想像した。しかし、想像つかなくて笑えてしまう。
舞台の上でさえ暴れまわっていた彼のことだ、きっと大人しくしていると息が詰まる性格なのだろう。
そうこうしているうちに目的地に着く。英は何でも良いと答えたが、店に入って分かったのは寿司屋だ。
「あ、あの……ここ、高いんじゃ……」
見るからに席数は少なく、カウンターにはその日仕入れたものしか入れないショーケースがある。
しかも、店の大将は木村の顔を見るなり、奥の個室を勧めたのだ。
「上司がおごるって言っているのに、金額の心配なんかするんじゃないよ。さ、どうぞ」
勧められるまま奥に座り、英は自分が上座に座ってしまったことに気付く。
「さ、これお品書き。好きなの頼んで」
そう言って渡されたメニューには金額は書いておらず、英はますます恐縮した。これでは完全に、英をゲスト扱いしている。
「ホントに良いんですか?」
「勿論。私は君と一緒にいるだけでも楽しいんだから」
英はメニューを見た。時々木村は英に対して、女性でも扱うような言葉を言う。勿論、女性ではないので言われても戸惑うだけなのだが、当の木村は気にした様子もない。
「じゃあ、イクラを」
「イクラが好きなのかい?」
英はうなずくと、木村は微笑んだ。それこそ、舞台の上でも映えるような、まぶしい笑顔だ。
それから英は緊張の中、普段友達に話すようなことを話してとせがまれ、何の面接だと思いながら、好きなもの、嫌いなもの、いろいろなことを話した。残念ながら寿司の味はそれのせいであまり分からなかったが、久しぶりに豪華な食事にありつけてすっきりしたようだ。
帰り、遠慮したのに寮の前まで送ってもらい、車を降りる。
「今日はありがとう。楽しかったよ」
礼を言うのはこちらの方なのに、と英は頭を下げた。
気付けば英ばかりが話していて、木村がいろいろ聞いてきたからだと、今更ながら気付く。
「……そうだ。もし良ければだけど、公演が終わった後でいいから、私の従弟のコンサートがあるんだ、一緒に聴きにいかないかい? クラシックも聴くって言ってたよね」
「あ、はい。是非」
「良かった。じゃあ、私は失礼するよ。早く休んで、明日も頑張ってね」
「今日はホントにありがとうございました」
黒塗りの車が角を曲がるまで見送り、英は息を吐いた。相手が社長とあって、緊張せずにはいられなかったので、ずいぶん気を張っていたみたいだ。
「おお、遅いお帰りで」
「……!」
嫌味な聞き覚えがある声に振り返ると、そこには背の高い影がいた。そのシルエットは紛れもなく月成だ。
「何ですか、こんな所で」
「いちゃ悪いか。寮の隣、俺の家だ。何だ、社長には猫なで声で甘えてたくせに、その態度の違いは」
英は寮の隣の建物を見た。寮と同じような洋館風の一軒家で、多分、こちらも社宅なのだろう。
「オレは相手と同じ態度を取っているだけです。では失礼しますおやすみなさい」
何でこんなところで居合わせるのか、自分の悪運を呪いながら早口で挨拶すると、相手の返事も待たずに寮へと逃げた。
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