【完結】たんぽぽ!

大竹あやめ

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次の日、英の体調は点滴のおかげかすぐに良くなった。しかし、稽古に行ってみても英を迎えたのは「何しに来た」の辛辣な言葉だった。冷たく鋭い月成の視線に一瞬怯んだが、ここで諦めては一生月成作品には出られない、と確信し、意地でも残ることにする。

仕方なく英は端っこで稽古を見学をした。

「ちょっと! ここはあんたが来てくれないと困るんだけど!」

途中で、小井出がイライラしたように怒鳴った。別段おかしなところはなかったようだが、その一言でまたかよ、とキャストの士気が下がるのが分かった。

しばらく見ていて分かったが、これはこのメンバーの粗だ。小井出が何でも自分中心で走り、周りはそれに戸惑っている。信頼関係の状態が見えるようで、英はその様子を見守る。

「さっきは来るなって言ったじゃないですか」

「それくらい、臨機応変にできるでしょ? これだから素人は」

素人扱いされた若手はさすがに頭に来たのだろう、月成に助けを求める。

「監督! ずっとこんな調子じゃ、稽古も進みません、何とかしてください」

「……お前は、本番中に不測の事態が起きても、フォローできずにおろおろするだけだな」

月成の言葉は予想していた。助けを求めた役者は、悔しそうに唇を噛む。

しかし、それ以前の問題だと英は思わず口を挟んだ。

「でも、お互いの信頼関係がないのなら、アドリブも利きません。小井出さん、どうせアドリブを試すなら、周りの反応を見てからの方が良いんじゃないでしょうか」

さすがに今の言葉で小井出のプライドを傷つけてしまったようだ、「外野は黙ってろ!」と一喝される。

「おいたんぽぽ、余計な事するんじゃねぇ」

そしてやっぱり月成には睨まれ、不本意ながらも引きさがるしかなかった。

すると、今まで黙って見ていた笹井が口を開く。

「監督。やはりこの時点でキャストを変えるのは無茶な気がします。俺も正直英との方がやりやすいし……他のキャストもそう思っています」

英は嬉しかった。笹井の言葉を聞いて、みんながうなずいてくれたのだ。

「みんな……」

やはりこのメンバーで、月成作品を完成させたいという気持ちが、英の中に戻ってくる。

「……俺たちはそうは思ってないぜ」

ぽつりと冷たい声がして、みんなが一斉にそちらを見る。英は、やっぱり、と嫌な視線で見てくる彼らを見返した。初めから友好的ではない小井出の取り巻きは、今までも細かい嫌がらせをしてきている。

「こんなド素人を月成作品の主役にしなくても良いと思う」

「そうそう、遥の方が役に合ってるし、演技力は言うまでもないしね」

「大体お前、養成所の成績も最下位じゃねぇか」

取り巻きの最後の言葉に、稽古場がざわついた。知られたくないことをばらされ、カッと頬が熱くなる。

養成所での成績が悪かったのは事実だ。しかしそれは顔で成績を決めるという、悪評高い講師の付けたものだったが。それでも卒業時にはそれが成績になるし、自分が上手いとも思っていない。

「養成所の成績はあてにしないって、Aカンパニーではそうなってるはずだろ」

同期の笹井がフォローしてくれる。成績の話は、同期なら全員がお互いのことを知っているのだ。
そういう笹井も、下から数えて二番目だ。

月成は表情も変えず、事務的に告げる。

「…………シーン七十二、小井出との掛け合いが上手くいくまで通せ」

「監督!」

笹井が叫ぶ。何が何でも、月成は自分の意見を曲げる気はないようだ。

「聞こえなかったか? さっさとやれ!」

月成の機嫌が悪いのは誰が見ても明らかだった。だが、どうしてそこまで英を邪険にし、小井出を推すのか分からない。

結局その日、シーン七十二の成功は出なかった。
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