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集合時間に稽古場へ行くと、そこには木村がいた。
役者が思い思いに柔軟体操や発声練習をしている中、木村と月成は険悪な雰囲気で何かを言い合っている。
「どうしてスタッフにも口止めした? 私を騙すつもりだったのか」
「蒲公を追い出したと知ったら、社長は今みたいに怒るじゃないか」
「当たり前だ。主人公は英くんでと、この間光洋も認めたじゃないか。何で今更」
やはり主役の配役のことらしい。英抜きで稽古をやっていたことが、木村の耳に入ったようだ。仲裁に入るべきかと迷っていると、笹井が声を掛けてきた。
「今がチャンスだ。俺からもお願いしに行く」
「……ありがとう」
英は笹井と二人で彼らのもとへ行き、頭を下げる。
「英を仲間に入れてください。お願いします」
「お願いします」
すると、他のキャストもスタッフも、周りに集まってきて頭を下げた。英はそれにびっくりして、「ありがとうございます」とみんなにお礼を言う。やはり小井出と取り巻きは端の方でこちらを睨んでいるが、圧倒的多数なので怖くはない。
「……私が、今までで人選を間違えたことはあったかな?」
木村は少し落ち着きを取り戻して月成に問いかけると、月成は小井出を見やる。
「お前は?」
「……」
小井出は、不機嫌そうにそっぽを向いた。それを見た月成はため息をつく。
「じゃ、俺は降りる」
「え……?」
みんなが何か言うより早く、月成は稽古場を出て行った。英は慌ててその後を追いかける。
「ちょっと監督!」
足の長い月成は、廊下をすたすたと歩いていくが、止まる気配がない。英は小走りでその後を追いかけ、懸命に声を掛ける。
「待ってください! 何でそうなるんですか!?」
英は月成の考えていることが少しも分からなかった。それは初めからそうだ、この人は、何を考えているのか読ませないところがある。
「監督!」
英は思い切って月成の腕を掴んだ。意外にも素直に、月成は足を止めて振り返る。
「お願いします、戻ってください。みんなも待ってます」
「後はスタッフが何とかしてくれんだろ」
「それでは月成作品の意味がない。お願いします」
英は月成の腕を掴んだ手に力を込めた。
見上げた位置にある月成の瞳は、まっすぐ英を見つめているが、その眼差しの温度は低い。
「前にも言ったように、誰一人欠けてもあの作品は完成しない。……お願いします、オレが気に入らないのは分かりますが、チャンスをください。オレ、監督に憧れてこの業界入って……オレ、オレ……」
何故か目頭が熱くなった。どう言ったら月成は心を動かしてくれるだろう、何て説得すれば良いんだろうと考えているうちに、混乱してきてしまったのだ。
「今は監督の作品にしか出たくありません。今のオレには監督が必要なんです。演技も監督が望むレベルより遥かに下かもしれませんが……とにかく、監督じゃなきゃ意味がないんですっ」
言っていることは自分も理解できていなかったが、熱意を伝えるのに必死だった。その間も動くことがなかった月成の表情は、はっきり言って怖くて足がすくむ。
ダメ押しで、もう一度頭を下げようと思った時だった。
「放せ」
短く言われた一言に、英は彼の腕を掴んだままだったことに気付いて放す。
月成は、長い息を吐いて髪を掻き上げた。そして舌打ちをする。
「……雑草が。覚悟はできてんだろうな」
忌々しげに英を見た月成は、腕を組んだ。
「はい! 監督の作品が好きなんです。それに出られるなら、努力は惜しみません」
「じゃ、交換条件だ」
その後出された条件に、英はやはり月成作品に出るには、そう簡単ではないのだ、と思い知った。
役者が思い思いに柔軟体操や発声練習をしている中、木村と月成は険悪な雰囲気で何かを言い合っている。
「どうしてスタッフにも口止めした? 私を騙すつもりだったのか」
「蒲公を追い出したと知ったら、社長は今みたいに怒るじゃないか」
「当たり前だ。主人公は英くんでと、この間光洋も認めたじゃないか。何で今更」
やはり主役の配役のことらしい。英抜きで稽古をやっていたことが、木村の耳に入ったようだ。仲裁に入るべきかと迷っていると、笹井が声を掛けてきた。
「今がチャンスだ。俺からもお願いしに行く」
「……ありがとう」
英は笹井と二人で彼らのもとへ行き、頭を下げる。
「英を仲間に入れてください。お願いします」
「お願いします」
すると、他のキャストもスタッフも、周りに集まってきて頭を下げた。英はそれにびっくりして、「ありがとうございます」とみんなにお礼を言う。やはり小井出と取り巻きは端の方でこちらを睨んでいるが、圧倒的多数なので怖くはない。
「……私が、今までで人選を間違えたことはあったかな?」
木村は少し落ち着きを取り戻して月成に問いかけると、月成は小井出を見やる。
「お前は?」
「……」
小井出は、不機嫌そうにそっぽを向いた。それを見た月成はため息をつく。
「じゃ、俺は降りる」
「え……?」
みんなが何か言うより早く、月成は稽古場を出て行った。英は慌ててその後を追いかける。
「ちょっと監督!」
足の長い月成は、廊下をすたすたと歩いていくが、止まる気配がない。英は小走りでその後を追いかけ、懸命に声を掛ける。
「待ってください! 何でそうなるんですか!?」
英は月成の考えていることが少しも分からなかった。それは初めからそうだ、この人は、何を考えているのか読ませないところがある。
「監督!」
英は思い切って月成の腕を掴んだ。意外にも素直に、月成は足を止めて振り返る。
「お願いします、戻ってください。みんなも待ってます」
「後はスタッフが何とかしてくれんだろ」
「それでは月成作品の意味がない。お願いします」
英は月成の腕を掴んだ手に力を込めた。
見上げた位置にある月成の瞳は、まっすぐ英を見つめているが、その眼差しの温度は低い。
「前にも言ったように、誰一人欠けてもあの作品は完成しない。……お願いします、オレが気に入らないのは分かりますが、チャンスをください。オレ、監督に憧れてこの業界入って……オレ、オレ……」
何故か目頭が熱くなった。どう言ったら月成は心を動かしてくれるだろう、何て説得すれば良いんだろうと考えているうちに、混乱してきてしまったのだ。
「今は監督の作品にしか出たくありません。今のオレには監督が必要なんです。演技も監督が望むレベルより遥かに下かもしれませんが……とにかく、監督じゃなきゃ意味がないんですっ」
言っていることは自分も理解できていなかったが、熱意を伝えるのに必死だった。その間も動くことがなかった月成の表情は、はっきり言って怖くて足がすくむ。
ダメ押しで、もう一度頭を下げようと思った時だった。
「放せ」
短く言われた一言に、英は彼の腕を掴んだままだったことに気付いて放す。
月成は、長い息を吐いて髪を掻き上げた。そして舌打ちをする。
「……雑草が。覚悟はできてんだろうな」
忌々しげに英を見た月成は、腕を組んだ。
「はい! 監督の作品が好きなんです。それに出られるなら、努力は惜しみません」
「じゃ、交換条件だ」
その後出された条件に、英はやはり月成作品に出るには、そう簡単ではないのだ、と思い知った。
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