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英たちがきた店は、前に木村と二人で来た寿司屋だった。しかも気後れしているのは英だけで、月成も高島も遠慮なく食べている。
「ほら、英くん、イクラ好きだっただろう? どうぞ」
「あ、ありがとうございます……」
遠慮する英に気を使ってか、隣に座る木村は英の皿が空く度に次々と寄越してくる。
(だから、空気が重いんですけど)
英をさらに遠慮がちにしてしまうのは、はす向かいに座る月成の機嫌がすこぶる悪いからだ。黙々と、しかもこれでもかと食べる姿は怖い。
「イカをお持ちしました」
大将が自ら運んできたイカは、「こっち」と月成が無愛想に受け取る。そしてそのうちの一貫を英の皿に寄越した。
「たんぽぽ、これ食え」
「ど、どうも……」
受け取ったものの、英はイカが苦手だった。どうしたものかと迷った挙句、好き嫌いはよくないよな、と食べようとすると、「あれ、英くんイカ苦手じゃなかったっけ?」と木村が口を挟んでくる。
「この前一緒に来たとき言ってたよね」と本人すら忘れていた会話を持ち出してきて、その瞬間、月成の眉間に皺が寄ったのを見てしまった英は、どうにか取り繕えないかと言葉を探す。
「あ、でも食べられないってことでもないので……」
「そう?」
木村は立場的に月成を立てないといけない英に気付いたようだ。それ以上は何も言わず、箸を進める。
「ところで、今日は何のために集まったの? 私はいない方が良いかしら」
一通り食べて満足したらしい高島が、本来の目的を促した。
「そうだな、帰れ」
「いや、いてくれても構わないよ」
それに対して月成と木村は、正反対の答えを言う。英は大人げない二人に苦笑するしかない。
「……どちらにしろ私には関係なさそうだから帰るわ。ご馳走様でした。じゃあね、英くん」
「あ、はい。お疲れ様でした」
ひらひらと手を振って去っていく高島は、三十代なのに少女の様で可愛いな、と英は思う。見られる仕事をしているせいか、後姿も綺麗だ。
「何見惚れてんだ」
不機嫌な声にハッとして声の主を見ると、頬杖を付いた月成は顎を上げる。
「人の事見てる余裕があったら、今日の稽古の反省をしろ」
稽古中はあまりお咎めなかったが、やはり月成なりに思うところはあったようだ。素直に「すみません」と謝ると、彼は面白くなさそうに鼻を鳴らす。
「まぁまぁ、稽古は始まったばかりだし、何とでもなるよ。ね?」
木村はいつもの微笑みでフォローしてくれるが、英はそれを情けない気持ちで受け止めていた。
今回のキャストに限らず、この舞台でのみ仕事をしている役者は少ない。他の舞台での客演に呼ばれていたり、若手の指導もしていたりする。それも、自分の歌唱やダンスのレッスンの合間にだ。みんな、自分の技術の向上を目指しながら、仕事をこなしている。
「あらら、余計凹ませちゃったみたいだね」
英の様子を見た木村が苦笑する。
「放っとけ。いいかたんぽぽ、今回はお前に構ってる暇はないんだ。フォローされて甘やかされてる場合じゃないぞ」
(……そんなの分かってる)
言われなくても、それは頭では理解している。しかし、今回の舞台は初めから何故かやる気が起きないのだ。何かしらの方法を見つけて、自分を奮い立たせるほかない。
俯いたまま黙ってしまうと、木村が「いつもの英くんらしくないね」と肩を叩かれる。
「ちょっと二人で話、しようか。光洋は先に帰ってくれるかい?」
「おい、その必要はねぇ」
「光洋、社長命令だよ?」
にっこり笑って席を立った木村はカードで会計を済ませると、戸惑う英を店の外へと連れて行く。
残された月成は、面白くなさそうに舌打ちをした。
「ほら、英くん、イクラ好きだっただろう? どうぞ」
「あ、ありがとうございます……」
遠慮する英に気を使ってか、隣に座る木村は英の皿が空く度に次々と寄越してくる。
(だから、空気が重いんですけど)
英をさらに遠慮がちにしてしまうのは、はす向かいに座る月成の機嫌がすこぶる悪いからだ。黙々と、しかもこれでもかと食べる姿は怖い。
「イカをお持ちしました」
大将が自ら運んできたイカは、「こっち」と月成が無愛想に受け取る。そしてそのうちの一貫を英の皿に寄越した。
「たんぽぽ、これ食え」
「ど、どうも……」
受け取ったものの、英はイカが苦手だった。どうしたものかと迷った挙句、好き嫌いはよくないよな、と食べようとすると、「あれ、英くんイカ苦手じゃなかったっけ?」と木村が口を挟んでくる。
「この前一緒に来たとき言ってたよね」と本人すら忘れていた会話を持ち出してきて、その瞬間、月成の眉間に皺が寄ったのを見てしまった英は、どうにか取り繕えないかと言葉を探す。
「あ、でも食べられないってことでもないので……」
「そう?」
木村は立場的に月成を立てないといけない英に気付いたようだ。それ以上は何も言わず、箸を進める。
「ところで、今日は何のために集まったの? 私はいない方が良いかしら」
一通り食べて満足したらしい高島が、本来の目的を促した。
「そうだな、帰れ」
「いや、いてくれても構わないよ」
それに対して月成と木村は、正反対の答えを言う。英は大人げない二人に苦笑するしかない。
「……どちらにしろ私には関係なさそうだから帰るわ。ご馳走様でした。じゃあね、英くん」
「あ、はい。お疲れ様でした」
ひらひらと手を振って去っていく高島は、三十代なのに少女の様で可愛いな、と英は思う。見られる仕事をしているせいか、後姿も綺麗だ。
「何見惚れてんだ」
不機嫌な声にハッとして声の主を見ると、頬杖を付いた月成は顎を上げる。
「人の事見てる余裕があったら、今日の稽古の反省をしろ」
稽古中はあまりお咎めなかったが、やはり月成なりに思うところはあったようだ。素直に「すみません」と謝ると、彼は面白くなさそうに鼻を鳴らす。
「まぁまぁ、稽古は始まったばかりだし、何とでもなるよ。ね?」
木村はいつもの微笑みでフォローしてくれるが、英はそれを情けない気持ちで受け止めていた。
今回のキャストに限らず、この舞台でのみ仕事をしている役者は少ない。他の舞台での客演に呼ばれていたり、若手の指導もしていたりする。それも、自分の歌唱やダンスのレッスンの合間にだ。みんな、自分の技術の向上を目指しながら、仕事をこなしている。
「あらら、余計凹ませちゃったみたいだね」
英の様子を見た木村が苦笑する。
「放っとけ。いいかたんぽぽ、今回はお前に構ってる暇はないんだ。フォローされて甘やかされてる場合じゃないぞ」
(……そんなの分かってる)
言われなくても、それは頭では理解している。しかし、今回の舞台は初めから何故かやる気が起きないのだ。何かしらの方法を見つけて、自分を奮い立たせるほかない。
俯いたまま黙ってしまうと、木村が「いつもの英くんらしくないね」と肩を叩かれる。
「ちょっと二人で話、しようか。光洋は先に帰ってくれるかい?」
「おい、その必要はねぇ」
「光洋、社長命令だよ?」
にっこり笑って席を立った木村はカードで会計を済ませると、戸惑う英を店の外へと連れて行く。
残された月成は、面白くなさそうに舌打ちをした。
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