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六月も半ばを過ぎ、全国的に梅雨入りしたころ。連日降る雨と湿気に、萎える、と洋は食堂の机に突っ伏していた。
「洋、もしかして体調良くない?」
「んー? 何となくなー」
ハッキリとしない天気と蒸し暑さで、早くも夏バテのような症状が出ていた洋は、突っ伏したまま直樹を見る。
いつものメンバーで昼食を食べていたものの、哲也は学生課から呼び出しを受けて今は三人だ。
隣に座る白川が遠慮がちにこちらを覗いてくる。
「お大事にね。ひ、一人暮らしだから、ちょっと心配……」
音楽フェスに行ってから、白川とはちゃんと視線が合うようになった。ただ、長い時間見ていることは苦手なようで、こちらがじっと見つめると気まずそうに顔を逸らしてしまうけれど。
「え、篠崎くんどうしたの? 元気ないじゃん」
通りすがりに声をかけてきたのは、一緒に花見に行ったえみだ。洋は起き上がると笑顔を見せる。
「梅雨ってだるいよね」
「あーわかる、湿気嫌だよねー。……あ、そうだ、ちょっと相談があったんだけど、話、いい?」
「もちろん。どうしたの?」
軽いノリのえみに洋も軽く答えた。彼女は笑顔で「あっちで話そ」と言ってくれる。離れた席を指したえみに、洋も笑顔で「オッケー」と立ち上がる。二人で移動して対面に座ると、洋はどうしたの? という視線をえみに向けた。
「あのさ、……相談っていうか、…………付き合って欲しいんだ」
「えっ?」
思わずえみの顔を見ると、彼女は照れたように笑って視線を落とす。
「なんかさ……篠崎くんといると楽しいし、いいな、好きだなって思うの」
「……」
青天の霹靂だった。まさか自分が告白をされるなんて思っていなかったからだ。思考が停止してしまい、動きも止まってしまう。
「……篠崎くん?」
「え、あっ? ごめんっ。まさかそういう話だとは思わず……っ」
名前を呼ばれてハッとし、それから急激に顔が熱くなるのを感じた。けれど、次の瞬間思い浮かんだ感情は、嬉しいというより、どうしよう、という戸惑いだ。
「そっか、驚かせてごめんね。でも、考えて欲しいな。返事はいつでもいいから」
そう言ったえみの眉が下がったのを見てしまい、気を遣わせてしまった、と思う。洋は慌てて手を振った。
「あ、いや、嬉しいよ。……ありがとう」
笑顔でそう言うと、えみも笑ってくれたのでホッとする。
「けど、少し考えてもいいかな?」
「うんわかった。……ありがと、話はこれだけだから行くね」
洋のハッキリしない態度に、えみは嫌な顔もせずにそう言って、すぐに席を立って去っていく。その姿が見えなくなるまで見送って、机に突っ伏した。
肺の空気がなくなるまで息を吐く。
(……まじか)
まさかこのタイミングで、と洋は思う。これが、白川への恋心を自覚する前だったら、速攻で二つ返事をしていたのに、とまた、ため息をついた。
けれど、えみに告白された瞬間、洋はあることを考えていたのだ。
白川とどうこうなるのは絶望的だから、えみと付き合うのはありなのかもしれない、と。付き合っているうちに好きになるかもしれないし、やはり「お付き合い」というもの自体に興味がある。でも、そんな考えで彼女と付き合うのは失礼じゃないか、とも思った。
むくりと起き上がると、立ち上がってまた元の席に戻った。直樹も白川も、何があったのか聞きたそうな顔をしていたので苦笑する。
「告白された」
「「えっ」」
二人の声が揃う。しかしすぐに、直樹は何かに気付いたようだ。
「その割には、嬉しそうじゃないね?」
さすがに鋭い直樹には隠せない。洋は正直に話す。
「いや、気持ちはありがたいんだ、すごく。けど……」
気持ちを偽ったまま付き合っていいのか、と心の中で自問自答する。ずっと彼女が欲しいと思っていたのに、それがいざ叶うかもと思ったら、タイミングが悪すぎた。
「あ、あの……」
そこで白川が遠慮がちに声を上げる。
「俺は、応援する、よ。……どんなことがあっても」
「……」
――なんだよそれ、と思った。
洋を応援するということは、白川はえみと付き合うことを勧めている、ということだ。どんなことがあっても味方でいてくれるのはありがたいけれど、今はその優しさが苦しい。
白川とは、やはりどう足掻いても友達以上にはなれないのだ。
洋は立ち上がる。
「……帰る」
「え、まだ午後もあるだろ?」
「調子悪い。帰る」
直樹が腕を掴もうとしてきたのでそれを払った。体調がすぐれないのは本当だし、一人になりたい。
「ちょっと待ってよ。一人で大丈夫?」
「大丈夫。……大丈夫だから一人にさせてくれ」
洋はトートバッグを肩にかけて行こうとすると、また腕を掴まれる。しつこいと思って掴んだ手の主を見ると、白川だった。
「あ、ご、ごめ……っ」
咄嗟の行動だったのか、彼は慌てて手を離す。洋は大人しく立ち止まると、白川は引いた手を宙に浮かせたまま、目を泳がせた。
「えと、……し、心配だから……」
単純にも洋は、白川にそう言われて嬉しくなる。けれどすぐに、これは友人以上の感情ではないことを思い出し、口の中が苦くなった。
それでも、事情は話せないから洋は苦笑するしかない。
「大丈夫、ありがと」
体調が悪いといっても、今は身体的な理由より精神的な理由が大きい。好きな人から望んでもいない応援をされることが、こんなに辛いことだとは思わなかった。
白川は洋が拒否したことで、それ以上言うのは諦めたのだろう、宙に浮いていた手を下ろす。
「……何かあったら、連絡、ちょうだい……」
「ん。じゃな」
洋は歩きだした。直樹も諦めたのか引き止められず、少しホッとする。
そして、今しがた自分の中で、えみからの告白に対する答えが、出てしまったことに気付いた。
(白川に応援されるのが嫌って……心狭いよな、俺)
そう、洋の中では、白川以外と付き合うことは、頭にないのだ。せっかく人生初の告白をされ、人生初の彼女ができると思ったのに、えみと付き合う自分が想像できない。
どうやって告白を断ろう? そう考えながら、洋は帰路についた。
「洋、もしかして体調良くない?」
「んー? 何となくなー」
ハッキリとしない天気と蒸し暑さで、早くも夏バテのような症状が出ていた洋は、突っ伏したまま直樹を見る。
いつものメンバーで昼食を食べていたものの、哲也は学生課から呼び出しを受けて今は三人だ。
隣に座る白川が遠慮がちにこちらを覗いてくる。
「お大事にね。ひ、一人暮らしだから、ちょっと心配……」
音楽フェスに行ってから、白川とはちゃんと視線が合うようになった。ただ、長い時間見ていることは苦手なようで、こちらがじっと見つめると気まずそうに顔を逸らしてしまうけれど。
「え、篠崎くんどうしたの? 元気ないじゃん」
通りすがりに声をかけてきたのは、一緒に花見に行ったえみだ。洋は起き上がると笑顔を見せる。
「梅雨ってだるいよね」
「あーわかる、湿気嫌だよねー。……あ、そうだ、ちょっと相談があったんだけど、話、いい?」
「もちろん。どうしたの?」
軽いノリのえみに洋も軽く答えた。彼女は笑顔で「あっちで話そ」と言ってくれる。離れた席を指したえみに、洋も笑顔で「オッケー」と立ち上がる。二人で移動して対面に座ると、洋はどうしたの? という視線をえみに向けた。
「あのさ、……相談っていうか、…………付き合って欲しいんだ」
「えっ?」
思わずえみの顔を見ると、彼女は照れたように笑って視線を落とす。
「なんかさ……篠崎くんといると楽しいし、いいな、好きだなって思うの」
「……」
青天の霹靂だった。まさか自分が告白をされるなんて思っていなかったからだ。思考が停止してしまい、動きも止まってしまう。
「……篠崎くん?」
「え、あっ? ごめんっ。まさかそういう話だとは思わず……っ」
名前を呼ばれてハッとし、それから急激に顔が熱くなるのを感じた。けれど、次の瞬間思い浮かんだ感情は、嬉しいというより、どうしよう、という戸惑いだ。
「そっか、驚かせてごめんね。でも、考えて欲しいな。返事はいつでもいいから」
そう言ったえみの眉が下がったのを見てしまい、気を遣わせてしまった、と思う。洋は慌てて手を振った。
「あ、いや、嬉しいよ。……ありがとう」
笑顔でそう言うと、えみも笑ってくれたのでホッとする。
「けど、少し考えてもいいかな?」
「うんわかった。……ありがと、話はこれだけだから行くね」
洋のハッキリしない態度に、えみは嫌な顔もせずにそう言って、すぐに席を立って去っていく。その姿が見えなくなるまで見送って、机に突っ伏した。
肺の空気がなくなるまで息を吐く。
(……まじか)
まさかこのタイミングで、と洋は思う。これが、白川への恋心を自覚する前だったら、速攻で二つ返事をしていたのに、とまた、ため息をついた。
けれど、えみに告白された瞬間、洋はあることを考えていたのだ。
白川とどうこうなるのは絶望的だから、えみと付き合うのはありなのかもしれない、と。付き合っているうちに好きになるかもしれないし、やはり「お付き合い」というもの自体に興味がある。でも、そんな考えで彼女と付き合うのは失礼じゃないか、とも思った。
むくりと起き上がると、立ち上がってまた元の席に戻った。直樹も白川も、何があったのか聞きたそうな顔をしていたので苦笑する。
「告白された」
「「えっ」」
二人の声が揃う。しかしすぐに、直樹は何かに気付いたようだ。
「その割には、嬉しそうじゃないね?」
さすがに鋭い直樹には隠せない。洋は正直に話す。
「いや、気持ちはありがたいんだ、すごく。けど……」
気持ちを偽ったまま付き合っていいのか、と心の中で自問自答する。ずっと彼女が欲しいと思っていたのに、それがいざ叶うかもと思ったら、タイミングが悪すぎた。
「あ、あの……」
そこで白川が遠慮がちに声を上げる。
「俺は、応援する、よ。……どんなことがあっても」
「……」
――なんだよそれ、と思った。
洋を応援するということは、白川はえみと付き合うことを勧めている、ということだ。どんなことがあっても味方でいてくれるのはありがたいけれど、今はその優しさが苦しい。
白川とは、やはりどう足掻いても友達以上にはなれないのだ。
洋は立ち上がる。
「……帰る」
「え、まだ午後もあるだろ?」
「調子悪い。帰る」
直樹が腕を掴もうとしてきたのでそれを払った。体調がすぐれないのは本当だし、一人になりたい。
「ちょっと待ってよ。一人で大丈夫?」
「大丈夫。……大丈夫だから一人にさせてくれ」
洋はトートバッグを肩にかけて行こうとすると、また腕を掴まれる。しつこいと思って掴んだ手の主を見ると、白川だった。
「あ、ご、ごめ……っ」
咄嗟の行動だったのか、彼は慌てて手を離す。洋は大人しく立ち止まると、白川は引いた手を宙に浮かせたまま、目を泳がせた。
「えと、……し、心配だから……」
単純にも洋は、白川にそう言われて嬉しくなる。けれどすぐに、これは友人以上の感情ではないことを思い出し、口の中が苦くなった。
それでも、事情は話せないから洋は苦笑するしかない。
「大丈夫、ありがと」
体調が悪いといっても、今は身体的な理由より精神的な理由が大きい。好きな人から望んでもいない応援をされることが、こんなに辛いことだとは思わなかった。
白川は洋が拒否したことで、それ以上言うのは諦めたのだろう、宙に浮いていた手を下ろす。
「……何かあったら、連絡、ちょうだい……」
「ん。じゃな」
洋は歩きだした。直樹も諦めたのか引き止められず、少しホッとする。
そして、今しがた自分の中で、えみからの告白に対する答えが、出てしまったことに気付いた。
(白川に応援されるのが嫌って……心狭いよな、俺)
そう、洋の中では、白川以外と付き合うことは、頭にないのだ。せっかく人生初の告白をされ、人生初の彼女ができると思ったのに、えみと付き合う自分が想像できない。
どうやって告白を断ろう? そう考えながら、洋は帰路についた。
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