【短編読切り】慰められる媚薬の夜

大竹あやめ

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 気が付くと、セルジオは建物の壁を背に路上に座り込んでいた。

 顔を上げるとそこはやはり屋外だ。小さなバーも、とろけるような甘いマスクのネロもいない。そして自分が酒臭い。

 しまった、酩酊するあまり変な夢でも見たか、とため息をつく。

 人通りが無いとはいえ、こんなところで寝てしまうとは、と自分の状況を確認すると、視界の端に靴が見えた。

「きみ、大丈夫?」

 聞き覚えのある声。セルジオは顔を上げる。

 ダークブラウンの髪と瞳。スッキリとした顔立ち──間違いなく、ネロだ。

「……あれ? 僕の言葉分かるかな? こんな所で寝てると危ないよ?」

 今の今まで夢で会っていた、ネロだと呆然としていると、彼は戸惑ったように眉を下げる。それもどこか甘い大人の色気が漂っていて、セルジオはどちらが夢なのか、と呟いた。

「ん? きみ、相当酔ってる?」

 そばにしゃがんだ彼は、本当に夢の中のネロと瓜二つだった。優しく顔にかかっていた髪をどかされて、キュッと胸が締め付けられる。

 立てる? と聞かれてセルジオは頷いた。彼の手を借り立ち上がると、ふらついたので肩を借りる。

「もう……どれだけ飲んだの? きみみたいな可愛い子が、こんな所で寝ていたら襲われちゃうよ?」

 夢の中のネロと同じ口調で話す彼。もしかして、あれは予知夢だったのか? とセルジオが考えていると、彼はクスッと笑った。

「何がきみをそんなに酔わせたのかな?」

 良ければ教えてくれる? と言われ、セルジオは一緒にフラフラと歩きながら話した。恋人にフラれたこと、彼は結婚する道を選んだこと、そしてそれに告白されるまで気付かなかったこと、悔しくてやけ酒したことまで全部話した。

「……そう。辛かったね」

 彼はしっかりセルジオを支えながら歩いている。身体の柔らかさや大きさ、全部が本当に夢の中のネロと同じで、セルジオは思わず彼を抱きしめた。

 おっと、とセルジオを抱きとめた彼は、無言で抱きつくセルジオの頭を撫でる。背の高い彼の胸に額を当てていると、不意に上から声がした。

「きみ、名前は?」

「……セルジオ」

「セルジオ。良かったら家においで」

 ここだと人に見られるし、家なら思う存分抱きしめてあげられるから、と彼は言う。

 彼の言う抱きしめるというのは、言葉通り抱きしめるだけではないだろう。けれど、媚薬が残っているかのように、セルジオの身体は熱くなった。

 思わず彼を見上げると、彼はやはり微笑んでいた。そして、何かに気付いたように、あ、と声を上げる。

「僕はネロ。家はここから近いよ?」

 どうする? と問われ、セルジオは即答でついて行くと返した。

「ふふ、失恋につけ込んでるみたいでドキドキするな」

 笑ったネロはどこか楽しそうだ。セルジオも嬉しくなって、再びフラフラと二人で歩き出す。

 セルジオは、ここまで完璧な予知夢なんてあるだろうか、と不思議に思った。けれど夢の中で好きになりかけていた相手に、現実で会えた偶然を考えると、悪くはない、と思う。


 そして二人はネロの家で、気が済むまでベッドで語り合った。


 二人の交際が始まったのは、その後の話だ。



(終)
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