【完結】天使の愛は鬼を喰らう

大竹あやめ

文字の大きさ
6 / 44
契の指輪

6

しおりを挟む
「こんにちは。天野です」

 鷹使は依頼主の大野を見るなり、見たこともない笑顔で近付いて行った。

 大野は小柄な女性で、歳は見た目で八十代くらいだろうか。奥の畑で仕事をしていた彼女は鷹使を見るなり、よく来たねぇ、と立ち上がる。その足腰は年齢よりもずっとピンピンしていて、鷹使の元へ歩いてきた。

「お仕事の邪魔をしてすみません。お元気そうですね」

 緋嶺は笑顔で話す鷹使を横目で見て、コイツは誰だ、と寒気がした。緋嶺と話している時とのギャップがあり過ぎて、思わず笑いそうになる。

「あ、今日からアシスタントが入りました」

「鬼頭です。よろしくお願い致します」

 緋嶺も配達員の仕事で板についた、営業スマイルで自己紹介をする。その時鷹使が笑ったような気がしたけれど、無視をした。

 大野は皺のある顔をもっとしわくちゃにして笑うと、持っていたスコップで玄関を指した。

「中へお入り。お茶を出すからねぇ」

「おかまいなく。ご依頼の、電球交換はどちらの部屋ですか?」

 三人で家に入ると、中は広かった。大野に案内されるままついて行くと、彼女はキッチンの蛍光灯を指す。

「えるいーでぃーに換えると、長持ちするんだろ?」

 買ってきたから、と大野は机の上にある新品を指す。鷹使は、こちらも切れそうでしたからねぇ、と微笑んだ。すると大野は、あとアレ、と隣の部屋に置いてある新聞やら本やらを指した。

「アレは処分してくれ」

「分かりました。……緋嶺」

 重たいものを運ぶのは得意だ。緋嶺は鷹使の指示通り動き出す。すると、本に混ざって写真がある事に気付いた。写真どころか、古い卒業アルバムらしきものまである。

「……大野さん、これ……本当に捨てて良いんですか?」

 キッチンで鷹使が蛍光灯を交換する様子を見ていた大野に、緋嶺は尋ねた。すると彼女は苦笑する。

「……良いんだよ。息子のだから」

 緋嶺はそうですか、とそれらをまとめ始めた。その部屋には男物のジャンバーやズボンがカーテンレールにハンガーで掛けてあり、大きなテレビも置いてあった。キッチンからの位置的に、ここがリビングのようだけれど、野球のサインボールやタバコの箱とライター、まとめた新聞はスポーツ紙と、依頼主から想像つくような物は見当たらない。

 とりあえず、依頼だからと緋嶺はそれらを鷹使の車へ運んで行った。

 運び終わると、鷹使が玄関で緋嶺を待っていた。こっちだ、と言われてついて行くと、先程の部屋の玄関を挟んだ反対側の部屋へ通される。

 そこには先程見たよりも少し小さなテレビ、大野が着ていたジャンバー、座椅子にコタツがあり、コタツの上にはお煎餅とみかんとお茶が置いてあった。他にも家庭菜園の本や、スポーツ紙ではない新聞、孫かひ孫の写真が飾られており、ここが大野の普段生活しているスペースなんだな、と分かる。

 すると飾られた写真の横に、白い石がある事に気付いた。室内でも僅かな光を集めているのか、キラキラと光っている。緋嶺は妙にそれに惹かれて、思わず手に取った。

 緋嶺の手のひらの半分程の大きさの石は、綺麗と言うだけで他に何も無い。それをじっと見ていると、おい、と鷹使の咎める声がした。

「勝手に触るんじゃない」

「あ、すみませんっ」

 ちょうどカステラを持って来た大野に謝り、石を元に戻そうとした。けれど何故かその石は緋嶺の手をするりと抜け落ち、コタツの敷布団の上であっさりと割れてしまう。

「わっ、嘘っ? ごめんなさい!」

 慌ててその石を拾い集めると、大野は良いんだよ、とカステラをコタツに置いた。

「ひ孫が拾ってくれたんだ。何の変哲もない石ころだよ」

 子供は純粋だねぇ、と大野は笑う。しかし鷹使はこちらを咎める目で見ていた。緋嶺は首を竦める。

「それだったら、大切な物なんじゃないんですか?」

「また新しい、綺麗な物をくれるさ」

 動じていない大野に困った緋嶺は鷹使を見る。鷹使は深々と頭を下げ、大野に謝罪した。

 緋嶺は鷹使と共にコタツに入ると、大野がくれたカステラを頂く。ザラメが着いたカステラで、口の中でシャリシャリとした食感がして美味しい。

 ふと、緋嶺は飾られている写真を眺めた。年代順に並べてあるのか、孫が産まれ、ひ孫が産まれ、と人数が増えている。しかしある所で、いつも大野の隣りにいた男性がいなくなっているのだ。どの写真も立ち位置がみんな一緒で、見た目からしても大野の……。

 それに気付いた瞬間、緋嶺は立ち上がって鷹使の車へ向かう。鷹使は呼び止めたけれど、無視した。そして先程まとめた新聞や本をもう一度仕分け、写真とアルバムを取り出す。

(あの部屋は息子さんの部屋だ)

 多分いなくなってから、ずっとあのままなのだろう。きっといなくなる前は、大野の私物や写真もあの部屋にあったに違いない。

 緋嶺はそれらを抱えて戻ると、大野に差し出す。

「これは、やっぱり処分できません」

「……」

 しかし大野はため息をついてそっぽを向いてしまった。

 鷹使が口を開く。

「おい、それも依頼だ。勝手な真似をするな」

「本当に、捨てて良いんですか?」

 緋嶺は鷹使を無視して、改めて大野に尋ねる。大野は首を静かに振って、またため息をついた。

「親不孝者の息子なんざ、知らね」

「でも、帰ってくると思ってるから、あの部屋は空けてるんですよね?」

 でも、息子がいない現実を認められなくて、息子の面影を探してしまうのが辛くて見たくなくて、片付けられないでいた。何とか写真や新聞だけ集めたんじゃないのか、と緋嶺は考えたのだ。

 すると大野は両手で顔を覆った。

「山の様子を見に行ったきり、帰って来ないんだ。嫁も孫も、仕事するためにここを離れた……」

 大野の家の奥には、山に繋がる道があった。多分そこから出掛けて、未だに見つかっていないのだろう。

「……こりゃもう諦めなきゃと決めたのに、お前ってやつは……」

 大野は手を外して緋嶺を見る。そして皺々の手で緋嶺の持つアルバムをそっと撫でた。

「だからって、思い出まで捨てる必要無いですよ」

 見られるようになったら、見れば良いんです、と緋嶺は言うと、お前は良い子だね、と手を撫でられた。胸がきゅっと温かくなり、緋嶺は微笑む。

 緋嶺はその写真とアルバムを元の部屋に戻すと、鷹使が帰る支度をしていた。

「ではまた。来週に」

「ああ。今度は何が食べたい?」

 大野はそう言うと、鷹使はいつもお気遣いありがとうございます、と頭を下げる。

「鬼頭さんに聞こうかね。何が良い?」

「え、俺?」

 大野は微笑んで頷いた。しわくちゃの顔で笑うから可愛らしいと思って、緋嶺も笑う。

「鬼まんじゅうが良いです。好物なんで」



 鷹使は珍しく大笑いした。
しおりを挟む
感想 26

あなたにおすすめの小説

【完結】愛されたかった僕の人生

Kanade
BL
✯オメガバース 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。 今日も《夫》は帰らない。 《夫》には僕以外の『番』がいる。 ねぇ、どうしてなの? 一目惚れだって言ったじゃない。 愛してるって言ってくれたじゃないか。 ねぇ、僕はもう要らないの…? 独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。

【完結済】極上アルファを嵌めた俺の話

降魔 鬼灯
BL
 ピアニスト志望の悠理は子供の頃、仲の良かったアルファの東郷司にコンクールで敗北した。  両親を早くに亡くしその借金の返済が迫っている悠理にとって未成年最後のこのコンクールの賞金を得る事がラストチャンスだった。  しかし、司に敗北した悠理ははオメガ専用の娼館にいくより他なくなってしまう。  コンサート入賞者を招いたパーティーで司に想い人がいることを知った悠理は地味な自分がオメガだとバレていない事を利用して司を嵌めて慰謝料を奪おうと計画するが……。  

借金のカタで二十歳上の実業家に嫁いだΩ。鳥かごで一年過ごすだけの契約だったのに、氷の帝王と呼ばれた彼に激しく愛され、唯一無二の番になる

水凪しおん
BL
名家の次男として生まれたΩ(オメガ)の青年、藍沢伊織。彼はある日突然、家の負債の肩代わりとして、二十歳も年上のα(アルファ)である実業家、久遠征四郎の屋敷へと送られる。事実上の政略結婚。しかし伊織を待ち受けていたのは、愛のない契約だった。 「一年間、俺の『鳥』としてこの屋敷で静かに暮らせ。そうすれば君の家族は救おう」 過去に愛する番を亡くし心を凍てつかせた「氷の帝王」こと征四郎。伊織はただ美しい置物として鳥かごの中で生きることを強いられる。しかしその瞳の奥に宿る深い孤独に触れるうち、伊織の心には反発とは違う感情が芽生え始める。 ひたむきな優しさは、氷の心を溶かす陽だまりとなるか。 孤独なαと健気なΩが、偽りの契約から真実の愛を見出すまでの、切なくも美しいシンデレラストーリー。

望まれなかった代役婚ですが、投資で村を救っていたら旦那様に溺愛されました。

ivy
BL
⭐︎毎朝更新⭐︎ 兄の身代わりで望まれぬ結婚を押しつけられたライネル。 冷たく「帰れ」と言われても、帰る家なんてない! 仕方なく寂れた村をもらい受け、前世の記憶を活かして“投資”で村おこしに挑戦することに。 宝石をぽりぽり食べるマスコット少年や、クセの強い職人たちに囲まれて、にぎやかな日々が始まる。 一方、彼を追い出したはずの旦那様は、いつの間にかライネルのがんばりに心を奪われていき──? 「村おこしと恋愛、どっちも想定外!?」 コミカルだけど甘い、投資×BLラブコメディ。

勇者様への片思いを拗らせていた僕は勇者様から溺愛される

八朔バニラ
BL
蓮とリアムは共に孤児院育ちの幼馴染。 蓮とリアムは切磋琢磨しながら成長し、リアムは村の勇者として祭り上げられた。 リアムは勇者として村に入ってくる魔物退治をしていたが、だんだんと疲れが見えてきた。 ある日、蓮は何者かに誘拐されてしまい…… スパダリ勇者×ツンデレ陰陽師(忘却の術熟練者)

鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる

結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。 冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。 憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。 誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。 鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。

【完結】抱っこからはじまる恋

  *  ゆるゆ
BL
満員電車で、立ったまま寄りかかるように寝てしまった高校生の愛希を抱っこしてくれたのは、かっこいい社会人の真紀でした。接点なんて、まるでないふたりの、抱っこからはじまる、しあわせな恋のお話です。 ふたりの動画をつくりました! インスタ @yuruyu0 絵もあがります。 YouTube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます。 プロフのwebサイトから飛べるので、もしよかったら! 完結しました! おまけのお話を時々更新しています。 BLoveさまのコンテストに応募しているお話を倍以上の字数増量でお送りする、アルファポリスさま限定版です! 名前が  *   ゆるゆ  になりましたー! 中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!

〈完結〉【書籍化・取り下げ予定】「他に愛するひとがいる」と言った旦那様が溺愛してくるのですが、そういうのは不要です

ごろごろみかん。
恋愛
「私には、他に愛するひとがいます」 「では、契約結婚といたしましょう」 そうして今の夫と結婚したシドローネ。 夫は、シドローネより四つも年下の若き騎士だ。 彼には愛するひとがいる。 それを理解した上で政略結婚を結んだはずだったのだが、だんだん夫の様子が変わり始めて……?

処理中です...